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己を知る盗賊達に勇者は、嗤う


出張所の外に用意させていた馬にまたがり、アザァは予定より色々とあって少し遅れて出発した。


当面の目的地はアリス達がスライムに遭遇したという街道沿いの場所である。


ただし受付嬢からついでの案件としていくつかの依頼を受けているのもあり、道々にそれらをこなしていく予定でもある。


どこにいるかもわからない相手の探索と討伐。しかも行って帰るだけで数日間を要する場所。


いつもであれば面倒な内容の話であり、お国の為、友人である王の為、自分の安定した暮らしの為、などなどの理由があってもやはり気分は曇る。


「あんな会話は初めてだったなぁ」


アリスとヒビキ。


アリスはまったく恐れなく自分に接していた。むしろ会ってみたかった有名人と会えた、ぐらいの気安さすらあったと思う。


ヒビキに関しては、こちらをからかっているのではないかというほどだった。


蒼き灼熱などと持て囃される裏で、その強さを恐れられる自分に対してだ。とても信じられなかった。


だがそれだけにアザァは、今、とても愉快な気持ちだった。


「さぁて、お仕事がんばりましょうかね」


軽やかな気持ちのまま馬は街を出て、国を抜け、街道をひた走る。


国を出るまでは勇者としての対面もあり、上等な衣服を着用していたが、今の馬上のアザァはどちらかというとみすぼらしい恰好だ。


三流ほどではないが、一流とは程遠い、そんな装備に身を包んでいる。


一人で旅をする程度に実力と自信があり、それなりに歴のありそうな雰囲気。


見るものが見れば、それなりに小金を持っていそうな獲物、である。


数度の休憩と野宿を繰り返し、三日ほどが経った頃。


あと半日も走ればスライムの目撃地点辺りに到着する。


スライムの行動速度からするとこの辺りも充分に活動圏内だが、近くにいるような魔力の痕跡は感じられなかった。


代わりにいくつかの気配を感じる。


スライムに襲われずいぶんと数を減らしてはいるだろうという報告もあったが、やはり全滅はしていなかったらしい。


討伐隊などと違って、魔物に襲われるというのは災害のようなものだ。


うまくやり過ごせば過ぎ去っていくし、食われた者は運がなかった。


だがそうして幸運にも拾った命を、今度は自分の意志で無駄遣いしようというのだから救えない。


アザァは近くの木に馬をつないで撫でてやる。軽く魔力を流し込んで疲れを労わってやると軽くいななき、撫でるアザァの手に頬をすり寄せた。


すでに辺りは赤い夕陽で染まっており、アザァは近くから木々集め火の準備をする。


街道から見える範囲の木陰に小さな穴を掘り、集めたそれらを投げ込んで火をともす。


馬に積んでいた荷物の中から飯盒のようなものを取り出し、水を注ぎ、乾燥させていた肉と野菜、調味料などを入れてスープを作る。


「うん、まぁ、おいしくないね」


固いパンをそのスープに浸しながら、いつもの感想が口から出る。


香りだけはそれなりだが、携帯食というのはどれもこれも美味しくはない。エネルギーの補給という面で塩分だけは多い。


味には不満ながらもほどほどに腹も満ち、木にもたれかかってくたびれた毛布をかぶる。


剣は少し自分から放しておき、馬からも死角になるような位置で眠る。多くの経験からこの配置が一番よく釣れる。


ほどなくして。


森の奥から葉と枝を踏む音が聞こえてくる。複数だ。


小声で何事かを話し合っているようだ。一人相手になかなかに慎重だかなとアザァは感心する。


隊長格はどいつだろうかと、耳に神経を集中する。


「剣士だと厄介だ。馬は放して、剣は蹴飛ばせ。そのあと俺が射る」


そうした後、足音は三つの方向に分かれる。


一つは馬の方向。一つは剣の方向、一つはその位置から動かず弓矢を用意する音。


弓矢の男が指示を出している。どうやら隊長格らしい。


一人の男が愛馬の綱を木から解き尻を軽く叩く。馬はこちらを気にしたように視線を向けつつも、少し離れたところまで歩いていく。


一人の男が剣、こちらはエサ用に用意した安物だが、これを蹴って茂みの奥へとやる。


次の瞬間、矢がアザァへと射られた。


正確に心臓を狙ったそれにアザァは感心しつつ、毛布の下の手で受け止める。


盗賊たちはうめき声も上げずに絶命したと思ったのだろう。


それぞれが潜ませていた身をあらわにして、アザァに近寄ってくる。


「運のない兄ちゃんだったな」


「俺らも魔物に襲われてな。不運な者同士、助け合わなきゃな」


一人が馬を呼び寄せ、そこに積んであった荷物をあさろうと手を出す。


一人は蹴り飛ばした剣を探し出して持ってくる。


最後に弓矢の男が遅れてやってきて、アザァをちらりと見ると驚愕する。


「てめぇ、生きて……ッ」


息も脈も確かめる事なく断言した野盗にアザァは舌打ちしつつ飛び起きる。


盗賊どもは獲物をしとめた後は調子よく舌が回る。これからの予定を話したりもするし、備考すればそのまま本拠地へとたどり着けることもある。


だがこうなったら仕方ない。


相手は三人と少ないのだ。どれかは生け捕りにして、ねぐらを聞き出す必要がある。


飛び起きたアザァは剣の鞘を持っていた盗賊に迫り、鞘を持たせたまま剣を抜く。


返す動きで馬の荷物をあさっていた男の両足、その腱だけを切る。


「うぐっ」


悲鳴とともに地に崩れ落ちる。小さな傷だというのに足が言う事をきかず、ただ這いつくばっている。


弓矢の隊長格が次の矢をたがえて放つ。


それをかわさずつかみ取ると、剣の鞘をもったまま状況を理解できず呆然としていた男の尻に深く突き刺す。


「あいってぇぇえ!」


残った隊長格は考えるそぶりすらなく背を見せて、森の奥へと走り出す。


「判断早いなぁ」


アザァは持っていた矢尻男が落とした鞘を拾うと、力いっぱい投げつけた。


魔力は込めていない為、良い音をして転倒した隊長格が死に至る事はないだろう。


そうしてアザァは三人の情報源を確保した。




***




男はそれまで大規模な盗賊団の頭だった。


だがねぐらに飢えたスライムが現れ、多くの間が食われた。


残ったのは十人ほど。


規模も小さくなった盗賊団は、それまでのように馬車などを狙わず、独り身の旅人へと獲物を変えた。


いずれ再建すると誓い、自ら弓矢を持ってコツコツと稼ぎを重ねてきた。


今夜もそこそこ金を持っていそうな獲物を見つけて、手際よく仕留めた。


そう思って近づいたら、獲物は生きていた。それどころかすぐさま逆撃してきた。


あっという間に手下の一人が地面に転がる。


すぐさま矢を放つが、信じられないことに手でつかみ取り、それをもう一人の部下の尻に突き刺した。


この時点で男は二射目を放つことを諦め、逃げの一手となるが。


背後から飛来した固い鞘が後頭部を直撃し、昏倒した。


次に目が覚めた時、盗賊の頭は獲物が寝ていた木に縛り付けられていた。


「あ、どうも。お目覚めですね。いやぁ、まさか頭に当たるとは。目が覚めるまでに準備しておきましたので」


盗賊の頭が目をさました時、二人の手下は妙な事になっていた。


どちらも両手両足を縛られ、さるぐつわで口をふさがれて転がされているのだが、尻に矢が刺さった手下はズボンが脱がされている。ぽっかりとした傷口からは今も血がにじんでいる。


「ボクは拷問というが苦手でして。貴方たち、ここいらを荒らしていた盗賊団ですよね? できればすぐに貴方たちのねぐらを教えてほしいんですけど。ちなみに以前のお頭というのはスライムから生き延びてますかね?」


頭はそれを聞いて目の前の男が国から依頼された冒険者と知る。さきほどの実力からしても相当な腕前だ。


さらにこの状況。逃げるのは不可能だろう。であれば残った手下たちの為にも口をつぐむくらいしかできない。


「それを聞いてどうする。一網打尽にして捕まえるつもりか?」


頭は一縷の望みをかけて問いかけたが、男は嗤った。


「冗談でしょう?」


「だと思ったよ」


これから男は自分たちの口を割らせるべく、痛めつけてくるだろう。


舌を噛むというのも考えたが、目の前の手下二人をおいてというわけにもいかず、ただ男の様子をうかがう。


「隊長格の貴方がお話してくれたら、すぐに殺してあげます。それまではこんな感じです」


男は尻の傷口を出したままの手下に何かしらの魔法をかけた。


すると。


「ンンン゛ン゛゛ン゛ン゛ン!!」


激しくのたうち回りながら、涙と涎をまき散らして悲鳴をあげる。


「な、なにをしたんだ!」


「魔力を流し込んだだけですよ。動きが活発になるようにね」


「傷口か? いや、動き?」


「ええ。そのへんにいる爪の先ほどのこんな小さな虫をお尻の傷口に何匹か詰めておきました。今は元気にお尻をかじってるんでしょうね」


男は指先につかまえているであろう小さな虫を頭に見せる。


「ちなみにもう一人の彼の足にもこれからこの虫がお邪魔します」


それを聞いたもう一人の男が絶叫する。


「あめっあめてぇぇ!」


「隊長さん次第ですよねー」


そういいながら、男は淡々と慣れた作業をこなすようにして、もう一人の手下のカカトの傷にそれぞれ虫を仕込んでいく。


「あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛゛゛゛あ゛!」


声にならない悲鳴が増えた。


自分とて獲物の口を割らせるために拷問などしたこともあるが、ここまで凄惨なのは初めてだった。


「ではお聞きします。頭は生きていますか? ねぐらはどこですか? 残りは何人いますか?」


答えても死ぬ。答えなければ悶えて死ぬ。答えられるはずのない問いに頭は唾を吐き捨て。


「趣味が悪りぃな。兄ちゃん、腕はたいしたもんだが、狂ってるぜ」


「失礼ですね。これでも国では勇者って呼ばれてるんですよ?」


瞬間、頭の顔が絶望に染まる。


国の英雄と言われた、蒼き灼熱、それがこの男だったのかと。


ならば、まだまだ序盤もいいところだ。


この男の拷問というのは仲間内から伝え聞いたことがあるが、口を割るまで絶対に死ねないのだ。


頭は何もかもを諦めて舌を噛む。


「あーあ。最悪ですよ、それ……」


勇者は頭の口をこじ開けて、血がしたたる舌へと虫をねじ込んだ。


すぐに虫を活性化させると、頭の意識は激痛で吹き飛んだ。


しばらくこのまま痛めつけた後、それぞれを治癒して、もう一度同じ質問をする。


それで答えなければ、また繰り返しだ。


できれば最初の一回で済ませたかった。


三人の盗賊が地面をのたうち回るさまを見てアザァはつぶやく。


「まだスライムを探さないといけないっていうのに、時間とらせてくれるなぁ」


早く帰って、またアリスとヒビキと会話を楽しみたい。


盗賊たちが自分を見る目で思い出す。


彼女たちだけが自分を恐れず、まっすぐに目を見てくれるのだから。


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