己を知らぬ姉妹に勇者は、笑う
アリスが座って茶を楽しみ、その後ろにヒビキが給仕として控え、勇者はしどろもどろと話し相手をする。
そんな光景をマッカランは隣のテーブルで顔色を蒼白にしつつも何もできずにいた。
受付嬢たちも遠巻きにそのテーブルを囲むだけで何もできない。
当の勇者が「構いませんから、大丈夫ですから、皆さんはいつものようにお仕事を」と、しいて言えば何もするなと命じているのだから。
「物語でしか勇者様を知らないのです。本物にお会いできてとても嬉しいです!」
アリスに大人物を相手にして会話をしているという緊張は一切ない。
むしろ内容的には侮辱しているようにもとらえられる。
だがアザァはほがらかな笑顔で答えた。
「ええ。一応は国に認められた本物ですよ。物語の勇者ほどカッコよくはありませんけど」
「そうですか? 挿絵の勇者様は絵師が女性の方が多いせいか中性的な絵柄が多いのですが。アザァさんは、優しさの中に強さがあるという感じで素敵ですよ!」
「そ、そうですか? いやぁ。その、ありがとうございます」
アザァがそれまで誰も見たことのないような、はにかんだ笑顔になる。
それを見た受付嬢たちがざわめくが、ヒビキは調子に乗った勇者が面白くないので灸をすえる。
「女性を気遣う事ができない点、楽しませるほどの話術がないという点を減点しても、見てくれだけはそれなりにアリでしょうか」
「す、すみません……」
ヒビキのキツい言葉にもアザァは参ったなと眉を下げるが笑顔はそのままだった。
マッカランの顔色は蒼白を通り越して土気色であるが、三人は構わず会話を続ける。
「勇者様はどうしてこちらへ?」
「ええ。勅命で北へ。発見報告のあったスライムの討伐に向かうのですが、同方向についでの案件がないかと思いまして」
「勅命……という事は王様の命令ですね!」
「ええ、そうですね。ガイラクス王の命令です」
「カッコイイです! やっぱりこう赤いフカフカ絨毯に跪いて、命に代えてもッ! とやるのですか?」
「うーんと……」
今日の実際のやりとりとしては、口にモノを入れたままの王が投げやりな口調で報告書を投げ渡してきて、夕食までには帰ってこいよぐらいのノリで命ぜられた。
しかしアザァとしては目の前の美女の幻想を無碍にする理由はない。
「え、ええ。もちろんです。勅命とあらば命に代えてもなすべきものですから」
「やはり勇者というのはカッコいいですね! ちょっと実際にやってもらえませんか?」
「は?」
勇者。
「は?」
マッカラン。
「は?」
受付嬢達。
それぞれの疑問符が重なり合う。
「私が王様役をやるので、どんな感じか見せていただけないかなと」
「ええと。ボク、いえ私がアリスさんに跪いて、という事ですか?」
「はい!」
はいじゃないが。
ヒビキ以外のすべての者が思った瞬間、そのヒビキがアリスの肩を叩く。
「アリス。さすがにそれはダメです」
いざとなれば力づくでどうとでもなるからという理由でアリスの好きなようにさせていたが、コレはさすがに後が面倒そうだ。
すでに不敬罪やらなんやらで捕まってもおかしくないとは思うが、勇者アザァが思いのほか話の分かる人物だった為、ヒビキも悪乗りがすぎた。
そろそろ軌道修正をして、アリス本来の目的である冒険者ライフに舵を戻すべきだろう。
「勇者様、失礼しました。姉はどうにも奔放すぎて、好ましい人物相手にはすぐに無理なお願いをしてしまうのです」
とっさに口から出たにしては良い言い訳だと自賛する。
勇者は自分に、そしてそれ以上にアリスに対して異性としての好感を抱いている感触がある。
それだけの地位にいれば女などより取り見取りであろうというのに、妙にウブな雰囲気もある。
好ましいとお世辞でも言っておけば、波風も立たないだろう。
「……」
しかし勇者は答えない。
さすがに怒らせたかとマッカランに助け舟を求めて視線を向ければ、彼はすでに白目となってイスにもたれかかって気絶していた。
孤立無援かとヒビキが打開策を思案し始めたところで、アザァが唐突にイスから立ちあがる。
「忠誠を誓うためにヒザをつくわけにはいかないんですけれど……」
「……?」
立ち上がったアザァがイスに座るアリスの横に立つ。
アザァは他のテーブルに飾られていた花瓶から一輪の白い花を手に取る。
そしてヒザをついてアリスへとそれを差し出した。
「美しい女性に出会えた記念に」
「……まぁ!」
アザァが差し出した白い花は、アザァの流した魔力によって下から次第に蒼く染まっていく。
アリスが受け取った時、そこには蒼く染まった美しい花があった。
「ありがとうございます! ステキです!」
「喜んでいただけてなによりです」
はしゃぐアリス、受けか良く緊張が解けた様子のアザァ。それを見たヒビキがため息とともに。
「80点」
と告げた。
「ヒビキ、台無しです。私的には100点かつイケメン補正でプラス20点の合計120点でした!」
「いまいち気が利かないのと、セリフを噛みそうなくらいに緊張していなければ90点でしたよ。残りの10点は気障なのは彼のキャラではありません」
楽し気に盛り上がる二人の会話内容にアザァは苦笑しながらも、心底から楽しそうにその光景を眺めていた。
「ヒビキさんは厳しいですね。ですがおしゃる通り、今のは知人に教えてもらった女性へのアプローチです。ボク、いえ私には確かに荷が勝ちすぎました」
「素直ですね。プラス2点で82点です」
「ヒビキは厳しすぎます! イケメンで素直系勇者ですよ! プラス10点で150点です!」
「アリスが甘いんです。あと足し算おかしいですよ」
勇者はそんな会話を笑顔で聞きながら、自分もまた質問をする。
「私はそういうわけでここに来た訳ですが、アリスさん達はどうしてここへ?」
「はい! ええと。さきほど冒険者登録をあっちの街でやってきまして! そうしてマッカランさんが、じゃあこちらにも行っておきましょうと言われまして!」
だいたいの流れを理解したという顔のアザァに、ヒビキが補足する。
「マックいわく、こちらの出張所にも顔を出しておいた方がいいといわれまして。いずれマックの要望でここのお世話になるかもしれません」
健全な冒険者と商人の関係を説明されたアザァは、スペイサイド商会が新人相手にそこまでするあたり、やはり本物の実力者なのだろうと再認識する。
「こんな可愛らしい方が魔眼使いとは」
実際に見るまでは信じがたいものだったが、実際に見てみると余計に信じがたい為、つい口に出てしまった。
「私の事ですか? 耳が早いんですね。そうやってナンパ相手を探しているんですか?」
「あ、いえいえ、そうではなく。ええと有望な新人さんほど情報があがってくるようになっているんですよ。こうして出会えてお話できのたは運がいいなぁと思っただけでして、決してやましいことは何もありませんから」
「冗談です」
「え?」
「冗談ですよ。失礼しました。勇者様とあろう方がそんな事をするはずがありませんから。ともかく私たちがここに来たのはマックに誘われて。そんな理由です」
「あ、そうでしたか。当のスペイサイド商会さんは……気絶されていますね」
「彼と出会ってまだ間もないですが、気絶したお顔はもう二回目ですね」
一度目は死への恐怖だったが、心労的には今日の気絶の方が辛そうだ。
「一度目はスライムの時に?」
「はい。ああ、それもご存じで?」
「ええ。彼を見たとき詳しい話を聞けるかと思ったのですがこの状態では……お二人にその時の様子をうかがっても?」
ヒビキは考える、フリをしてアリスを見る。
アリスはその時にグロテスクなシーンで気絶していた為、説明できない。
「ヒビキが説明してあげてください。私はちょっとその時、気を失ってしまったので……」
明らかにしょんぼりムードになってしまったアリスに、気の利かないと評されたアザァがハッとなって頭を下げる。
「失礼しました。アリスさんには怖いことを思い出させてしまったようです。やはりボクは気が利かない80点の男ですね……」
勘違いしたアザァに対してヒビキはちょうどいいかと、話を終わらせる事にした。
「ではこの話はここまでという事で。私たちはマックが起きるのをここで待ちます。勇者様はスライム討伐にこれから向かわれるのですか?」
「そうですね。ここにはついでの案件確認をしにきただけで、外には馬も用意していますし。アリスさん達はこれから、というか今後どうされるんですか?」
アザァは二人の今後について尋ねる。言外にまた会えるかな、というお誘いだったが、ヒビキは気づかないふりで、そしてアリスは気づかないままに。
「私たちはクーラーさんのお仕事で魔草を探しに行きます!」
「マックの知人の商人であるクーラリッシュさんの依頼を初仕事としてみようかと。明日以降ですが」
「魔草ですか。地味と言われる仕事ですが、大変な仕事でもあります。頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
アザァが席を立つと、腕章をつけた受付嬢が何枚かの依頼書を持ってきた。
「ああ、このあたりならついでに片づけてきますよ」
アザァが白銀色の冒険者証を受付に渡す。
それをうやうやしてく受け取った受付嬢が、判として使い依頼書に押印していく。
そして丁寧に、実に丁寧にインクを拭い去ったそれをアザァへと返す。
「では私はこれで。美しき姉妹にご武運を」
「ありがとうございます! カッコいいです!」
「ありがとうございます。恰好つけすぎです」
最後にまた笑って、アザァは出張所から出て行く。その際、受付嬢達に言い含める。
「皆さん、彼女たちに詰め寄ったりしないでくださいね。私は気にしていませんし、本当に楽しいひと時を過ごせましたから。どこにも誰にも報告は不要です」
と、言い残し、出張所から出て行った。
思う所だらけであった受付嬢達だが、アザァがそういうのであれば従う他はない。
むしろ勇者の知人か友人扱いとした方がよいのではないかという判断さえ求められる。
結局、マッカランが目覚めるまで、二人の姉妹にはお茶や菓子などで受付嬢達はもてなした。
マッカランが目覚めたのは、アリスが二杯目のお茶を飲みほしたころであった。




