王城、その小さな円卓にて
勇者の来訪は予定になかったのか一同が驚きの表情を浮かべるも、すぐに整然とそれぞれの仕事を始める。
さきほどまでヒビキ達の相手をしていた腕章の女性がすぐに奥から戻ってくると、別のテーブルのイスを勇者のためにひく。
「ようこそアザァ様、こちらへどうぞ」
すぐに別の受付が飲み物と菓子をもってそのテーブルに並べる。
「あー、お構いなく。すぐに出ていきますので」
手をヒラヒラとさせつつ、勇者はヒビキの横のテーブルへすすむ。
イスに腰かけた動作の流れの中で、勇者は軽く頭を動かしてヒビキたちへ視線を向けた。
「イケメンですね!」
その勇者の視線のすぐ前に若い美女がいた。
アリスである。
誰が止める間もなく、アリスはアザァが横のテーブルにつこうとした時に立ち上がり、マジマジとその横顔を見ながらもぐりこむようにその顔を覗き込んでいた。
「……ど、どうも。お嬢さんも美人ですね。とても美人で、す」
美形だなんだと影で噂されているのは知っているし、曾祖父譲りとも言われる容貌は確かに自分でも整っているとは思う。
だがそれをこうして面と向かって、むしろ面を突き合わせて言われたのは初めだった為、アザァは面食らう。
さらに言うと、眼前の女性こそ驚くほどの美人だ。
美しい存在というものは生き物であれ作り物であれ迫力がある。
「アリスです!」
「あ、ええと。アザァです」
ぐいぐいと来る美女に押されながら、自己紹介を返す。
ようやくこの辺りで周囲が事態の展開を理解した。すぐに動いたのはマッカランだった。
「ア、アリスさん、失礼ですよ、こちらに戻ってきてください、勇者様、大変申し訳ございません、こちらの方は遠方よりこの街に来たばかりでして!」
マックの慌てようは見たことのないほどだったが、それを見てヒビキは感心する。
こんな状況でありながら無理に手を引いてテーブルが引きはがすことをしない。確かにみっともないほどの慌てぶりではあるが、まぎれもない紳士である。
「ヒビキさん、ヒビキさんもアリスさんをなんとか、え、あ、あの……?」
マッカランの慌てようも面白いし、アリスも勇者とやらとお話がしたそうだ。
周囲の受付嬢たちも慌ててはいるが直接何かを言ってくることもなく、というより何もできないようで状況を見守っているだけだ。
ならばとヒビキも立ち上がり、アリスのためにイスを引く。アザァの座るテーブルのイスをだ。
アリスは当然のようにそこへ座り。ニコニコと隣の勇者の顔を見ている。
「ヒ、ヒ、ヒビキさん?」
マッカランを無視して、ヒビキはアザァを見る。
「レディにイスを引くこともできませんか。この国の勇者様は」
「ひぃ」
マッカランがさらに面白い悲鳴を上げたのをやはり無視しつつ、ヒビキはアザァを見る。
「こ、これは、その失礼しました」
アザァは周囲が慌てる以上に困惑した表情でヒビキとアリスを交互に見る。
「わぁ、おいしそうなお菓子!」
アリスがテーブルに並べられている菓子を見る。
ヒビキがアザァを優しく無言で見つめる。
アザァはゴクリと生唾を飲み込みながら。
「ど、どうぞ。こちらの飲み物もよろしければ……」
「ありがとうございます!」
そこでふとヒビキは己の失敗に気付く。
夕方もすぎたこんな時間に間食しては、夕飯が入らなくなるのではないだろうかと。
***
アザァは勇者である。
今の立場となるまで、いろいろと面倒もあったが、おおざっぱに言えばかつての勇者の血筋と、その身に修めた技の冴えによって認められた。
要はコネと腕っぷしだ。
ただし、政治にかかわるつもりは毛頭ないため、王の懐刀として働いている。面倒な力仕事が担当だ。
その日も昼頃に呼び出されて顔を出せばガイラクス王は昼食中だった。
給仕以外が退室した玉座で何やら書類を見つつ、軽食をつまんでいる。
「お呼びですか」
「およひら」
「口の中のものを飲み込んでからどうぞ」
給仕が耳をふさぐ。自分は聞いていませんという意思表示だ。
ガイラクスとアザァは正式な謁見ではなく、大臣や貴族などがいない場合、実にくだけた会話をする。
そこには聞いてはいけない、聞きたくない、内容も多分にあるため同席した給仕やメイドなどはいつも胃痛になやまされている。
微妙な沈黙の中、ガイラクスの咀嚼音だけが二人の間にもっきゅもきゅと流れる。
王がそれを嚥下したのを見て、アザァが尋ねる。
「それで?」
「これだ」
ガイラクスが手にしていた書類を給仕に渡す。
それをアザァが受け取ると、スライムと遭遇したという報告書だった。
「スペイサイド商会の跡取りが数日前に北からの帰路で遭遇した。二匹いたそうだが、今は一匹だろう」
「これ、よく生還しましたね」
ざっと読んだが、接触したほどの超々近距離遭遇のようだ。
「昔から運が良いのか悪いのかわからん一族だな。今回も不運に陥ってから幸運をつかんで生き延びている」
「そうですね。ええと、そして遠方からの有望な冒険者候補ですか」
「姉妹らしい。姉の方の能力は未確認。妹の方は魔眼持ち。それも瞬時に発露するほどらしい」
別の報告書をガイラクスは給仕渡す、のを面倒に思い、アザァに投げ渡す。
「ああ、砦の隊長さんの報告書ですか」
彼いわく、自分よりも早く強い魔眼を持っているとの報告が詳細に書かれている。武器の類はなく肉弾戦を主とした武道家らしいというの情報もあった。
また姉妹と名乗っていたが家名は名乗らず。さらに妹は姉を主のように扱っているようにもうかがえると書かれていた。
「あいかわらずよく見てますね、あの方」
「で、スライムな。街道というのが厄介だ。他にお前が絶対に必要という仕事も案件も今はない。巫女も新しい夢はみておらんしな。今のうちちょっと行ってなんとかしてきてくれ」
「今からですか?」
「早い方がいいだろう」
うーん、とアザァは悩む。
出向くのはいい。スライム程度であればさほど苦労する相手でもない。
問題は数日前の情報という事であり、見つけるまでにどれほどの手間と時間がかかるかだ。
正直に言えば面倒くさい。だが行き来する商人たちや旅人たちを考えれば行くしかない。
「わかりました。行ってきます」
「なるべく早く帰って来いよ」
そうしてアザァは退室し、準備を整える。
早馬を駆れば商人の馬車の半分ほどで往復できるだろう。道具も必要最低限を用意してなるべく軽くする。
そのあたりを終える頃には夕方になりかかっていた。
さて出発するかというところで、その前に城内の冒険者ギルド出張所に寄ることにした。
北の方面で何か別の面倒な依頼や問題があるかもしれない。
後からコレもアレもと言われるより、ついでがあるならば一緒に片づけてこようかと受注書を確認する事にした。
そうして冒険者ギルド出張所に入ると、スペイサイド商会のマッカランの姿があった。
報告者から生の話が聞ける、これはツイてるかなとアザァが内心思いつつ、見慣れない同伴者の女性が二名いることに気付く。
あれはもしや報告書にあった姉妹だろうか。ついでに素性がわかるならば話もしてみたいと考える。
しかし自分は勇者。親しげに話しかけるのも、威圧的に話しかけるのも問題がある。
勇者などと呼ばれ、畏怖であったり恐怖であったりする対象というのを自分でも理解している為、あまり他人を意識して視線を向けるような事もしない。
よって、まずはあくまで自然に、目礼を兼ねる程度にチラリとさりげなく様子をうかがことにする。
ずいぶんと美人のようだった。正直緊張する。
ただでさえ人に恐れられている自分だ。初対面の美人にまで嫌われたくない。
そしてイスに腰かけた動きの中で自然に視線を向けた。
「イケメンですね!」
息が吹きかかるほど近くで美女が微笑んでいた。
勇者アザァとアリスの出会いの瞬間だった。




