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王城、その中庭を抜けて


三人は跳ね橋を渡り開かれた城門をへと向かう。


「落とし格子に殺人孔、あの城壁の上のツィンネの凹凸……どれもこれも素晴らしいですわ!」


人間の城ではオーソドックスな造りともいえる特徴をその目で見て、アリスはいつ以上に興奮している。


特にツィンネと呼ばれる城の上部の凹凸で防護された屋上回廊は、いかにも城、といった見どころだろう。


「ははは。ですが実際にここまで攻め込まれた過去はありませんのでご安心を」


マッカランが傷一つない城壁を誇らしそうに眺める。


「王城が攻め込まれるとなれば国の一大事です。これからもそうならない日々が続くことを皆が願っていますよ」


そんな話をしながら城内に足を踏み込む。


門をくぐると広大な中庭となる。


そこからレンガ舗装された一本道の先奥に王の住む巨大な居城がある。


四方には物見の塔や倉庫、建設中の教会らしきものなど様々な建築物があり、マッカランはそのうちの一つ、赤い屋根の二階建ての建物を指さした。


「あちらが冒険者ギルドの出張所です。簡易の宿屋も兼ねていますが、城内という事で宿泊には特別な許可が必要です。たいていはまず許可がでません」


ですので日が暮れて閉門される前に用事をすませましょうと、やや早足でマッカランが先導を始める。


中庭には多くの人間が働いていた。


警護に当たっている騎士もそれなりの数であり、中庭を飾る美しい花壇や木々の手入れの為の造園に関わる者たち。


メイドらしき姿の女性や商人らしき者達は色々な物を抱えて走り回っており、貨車を引く馬車も建物の間を行き来している。


見た目は荘厳な王城であるが、目の前の後継は慌ただしい工場の敷地内という雰囲気をヒビキは抱いた。


「物の出入りというか、人が多いんですね」


「そうですね。昔は関係者以外が立ち入ることはできませんでしたが。王のおわす奥の居城以外は出入りが多くなりました」


「危険人物が出入りしたりはしないのですか?」


「まぁ……どうでしょう。可能性としてはあるかもしれませんが現実的には考えられませんね。この城には勇者様やそのお仲間の方々もいらっしゃいますし。特に今は巫女様もいらっしゃいますから警護も厳しくなっています」


「勇者様に巫女さんですか!」


話を横で聞いていたアリスがその単語に反応する。


「ええ。勇者と呼ばれる英雄は何名かいらっしゃいますが、この国で勇者と聞いて思い浮かべるのは、まずその方です。蒼き灼熱のアザァ様です」


「蒼き、灼熱……」


ネーミングセンス的にアリスの中で、アリかナシかの判断がされているであろう事をヒビキは容易に思いつく。


ちなみにヒビキとしてはちょっと恥ずかしいが、時代的にはアリなんだろうと推測する。マッカランも誇らしそうに話している。


「アリですね、かなりアリです!」


ツボだったらしい。


「はあ。ええと?」


マッカランが頭の上にハテナマークを浮かべているが、ヒビキはあえて話をそらす。


「マック。それでこちらの冒険者ギルドの出張所には何をしにきたんですか?」


「ああ、そうですね。顔つなぎの挨拶みたいなものです。登録したばかりの新人さんがこちらで依頼を受けることはないのですが。優秀な人材があればこちらにも登録するようにと国からも推奨されておりまして」


どうも何かを隠しているというか、説明が足りない部分があるように感じるヒビキであるが、特に問い詰めずについてゆく。


これまでの付き合いで自分たちを騙すという事はないだろうし、これでもし逆に今までの善意が演技で実は悪徳商人だった、というのであれば感心する。


商人としての厳しさは持っているのだと思うが、人間としてみると善人というかお人よしなんだろうと、ヒビキはマッカランをそう評価している。


やがて赤い屋根の建物に到着すると、開かれたままの観音開きのドアから中へ入る。


そこは東街のギルドとはまったく別の空間で、雑多な喧噪は一切ない静かな場所だった。


カウンターもなく、依頼を張り出す掲示板すらない。


置かれているのは大きめ丸テーブルとそれを囲む五脚のイスのセット。それが五セットほどほどよいスペースを空けて配置されていた。


壁際に控えていた受付の制服らしい衣装の女性の一人が三人の姿をみとめると、スッと近づいて来る。


「スペイサイドさん。昨日から続けてですね。何かありましたか?」


「ええ。本日は有望な冒険者の方の登録をお願いしようかと思いまして」


小さな宝石をいくつかあしらった腕章をしているその受付嬢は、ちらりとヒビキとアリスに目をやり小声でマッカランにたずねる。


「こちらの方々は昨晩の報告書にあった方々ですか?」


「ええ。巫女様の神託の件もありますし」


「勤勉で協力的な商会には王宮もいつも感謝しております……初めまして、私が本日の受付をさせて頂きます。皆さま、お席にどうぞ!」


小声でのやりとりの後、ヒビキとアリスに向かって笑顔で挨拶をする受付嬢。


ヒビキの耳にはそのやりとりがしっかりと聞こえている。


(巫女の神託? まぁ、おばあ様が世間を騒がせたからうさんくさい予言でも流れてるのかね)


恐怖が形になったような存在が自分たちの頭の上を通り過ぎれば、日ごろは信じない神様にだって手を合わせるのが人間というものだ。


インチキくさい宗教などが、これ幸いと神託と銘打ってビジネスに励んでいるのかとヒビキは予想する。


丸テーブルに三人が着席し、その対面に受付嬢が座り書類を差し出す。


「この出張所では、東街のギルドと同じく依頼を発注していますが受注は致しません。また発注は王宮からのものとなりますので、受注の際は責任と覚悟をもってあたってください」


「つまり我々商人や冒険者の方が仲間を集って依頼を出すという事はできないんですね」


ヒビキが確認し、受付嬢が首肯する。


「また受注に関しては、一定の保証金、もしくは連帯保証人が必要となります。国の貴重品や機密情報を預ける事もありますので、それらの紛失の際には補填する事が条件となります」


「こちらは後見とさせて頂いている私が一切を受け持ちますので。ですから、何か依頼を受ける場合は私にご相談ください」


マッカランがヒビキとアリスに説明し、ヒビキが得心する。


「逆にマックが受けたい仕事があれば、私たちに相談する、という事ですね」


「……頭の回転が早い方は話も早いのですが、なかなかどうして、誤解を招きかねないというか」


マッカランがしどろもどろとなるが、ヒビキはそれが当然という態度で話を進める。


「私たちは冒険者として。マックは商人として。互いの利が重なるのであればよいお話だと思いますよ。誤解など生まれません」


「全く。降参です。本当に素晴らしい商業感覚をお持ちだ」


そんなやりとりを見ていた受付嬢も、お年に似合わずシッカリされていますね、と感心していた。


「それでは登録の手続きを進めましょうか。こちらが誓約書、こちらが登録書、こちらが後見人の保証書です」


誓約書には、さきほどの保証などの話が形式ばって書かれている。機密や貴重品を紛失したら弁償しろという旨だ。


登録書は名前とギルド証明書を押印するのみの簡素な内容。


後見人の保証書はマッカランの名前の下に、その責を負う相手としてヒビキとアリスの名前と、これまたギルド証明書の押印をする欄がある。


いつの時代も、世界が変わっても契約書類というのは面倒だなとヒビキが書き込み押印していく。


一方でアリスは楽しそうに署名し、インクで指を汚しながら証明書のプレートで押印していく。


「はい、結構です。これで登録は完了しました。今後のご活躍を期待しております。スペイサイドさん、本日は依頼を確認されますか?」


「そう、ですね。せっかくですから拝見するだけでも。こちらのお二人にも説明したいですし」


「わかりました。依頼書をお持ちしますのでこちらでお待ちください」


受付嬢は出来上がった書類を再度確認したのち、それらを抱えて立ち上がる。


近くに控えていた別の制服姿の女性、こちらは腕章はない、に何かを指示して共に奥の部屋へと消えていく。


後に残ったのはテーブルに座っているヒビキたち三人、壁際に待機している別の受付嬢が数人。護衛であろう騎士が二人、椅子に腰かけている。


「ええと。本当に誤解はありませんか?」


どうにもマッカランはさまほどのやりとりが気になっているらしく、ヒビキに確認する。


「ええ。ここにはお金を賭けてでも受けるに値する仕事があり、初対面の時にお話しされた個人的な依頼というのもここにあるのではないかなと」


「全くその通りです……国からの依頼というのは金銭的に儲けは少ないものの、その付加価値は非常に大きいものがあります。しかもここの仕事は酒場依頼やギルド依頼のように張り出されることがない為、情報の共有による相互協力は期待できませんが、利益の占有というものが可能です」


初めて商人らしいシビアなせりふ回しをし始めたマッカランにヒビキはうなずき、先をうながす。


「ですが闇雲に依頼を受けるわけではありません。冒険者と商人。失敗は互いに大きいリスクがあります。依頼内容を精査し、互いの承諾の上で依頼を受けるのが理想です」


マッカランはあくまで信用関係が大事だと主張する。


「これからどんな内容の依頼があるのかを確認していただければ、安易に受けられるものではないとわかります。ですので本当に今日はご案内だけです」


ほどほどの緊張感に満ちた会話の外で、アリスだけは視線を建物の中に這わせていた。


どうにも違和感を感じる。


よく知った何かが近づいてい来る感覚だが、よく知ったそのものではない別物。


「なんでしょうか……うーん」


そのよくわからないモノはやがてアリスと同じく、入口から入ってきた。


「ああ、おばーちゃんの香りに似ているんですね!」


アリスが納得した視線を向けた先には一人の青年が立っていた。


途端、室内にいた受付嬢が深いお辞儀をし、椅子に掛けていた騎士が立ち上がり、大きく響く音で胸の紋章を叩き礼をする。


何事かとマッカランも視線を入口に向ける。


「……勇者様!」


そこには蒼き灼熱、アザァの姿があった。


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