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王城、その跳ね橋にて


皆を乗せた馬車は昼に来た道とは別の道を通って花の彩亭へと一度戻っていく。


馬車の流れと安全面から街の中の馬車道は一定方向の循環道路となっている為だ。


「色々と考えられていますね」


「そうですね。昔はそういった決まり事も少なく、色々と雑多でしたが。ガイラクス王が冠位されてから、様々な試みが行われています」


さきほどの金策通りも王城からの提案が発端で、各ギルドの調整のうえで催されるようになったらしい。


ヒビキはまだ見ぬこの人間の国の王を想像する。


フリーマッケット。駅前のロータリーのような発着所。そして一方通行による循環道路。


今は記憶もおぼろげになってきたが、まるでかつて自分が暮らしていた国のようではないか、と。


王、もしくはその近辺に自分のような転生者がいるのかもしれないな、とぼんやりと考える。


だがわざわざ接触しようとも思わない。人間同士であれば相互協力関係というのもあったかもしれないが、自分は魔族であるのだから。


「ヒビキ? どうしました?」


肩を寄せてきたアリスが小さな声でヒビキを心配そうにその顔色をうかがう。


「いえ、少し考え事を」


「ふふふ、この街は刺激的ですから。私も色々と考えさせられます」


アリスがいつものようなほがらかな笑みではなく、馬車の外に流れる景色を見守るような微笑みを浮かべる。


「こんなにも栄えて。こんなにも頑張って。こんなにもたくさん増えて」


アリスが人間の城下町に感動している。


のではない、とヒビキは察する。


「弱弱しい人間も集まれば、こんなに大きな街を作れるのですからね」


その微笑みに邪気はない。ただ本当にそう思って感心しているだけだ。


「……そうですね」


彼女は魔族の姫であり、人間とは決定的に違う存在である事をヒビキは時折こうして思い知るのだ。




***




そうして馬車が行き着いた先は跳ね橋の前の検問所だった。


「お城!」


マッカランの補助で馬車を降りたアリスがまず大きな声でその存在に気付く。


そこは王城へと続く大きな跳ね橋だった。深い堀で囲まれた王城はこの跳ね橋を通る以外に入ることはできない。


跳ね橋前の検問所では出入りを待っている数人の者たちがおり、警護を固める騎士たちも見受けられる。


「マック。中央街のギルドとはもしかしてここに?」


「そうですヒビキさん。正確には出張所なんですが、城内にあるんですよ。ですので出入りには許可を持っている者か、その付き添いで四人までという規定があります」


「四人ですか」


言外にその人数に理由があるのかと問うヒビキにマッカランは、そのパーティー編成の最大人数だからですよ、という返答をする。


馬車は専用の駐車スペースに誘導され、三人は歩いて検問所へ向かう。


さほど待つ人数は多くなく、ゆっくりとだが列は進んでいく。


「ところでこんな格好で大丈夫ですか?」


「ええ、それは大丈夫です。どなたかと会うわけでもありませんし、城内に入るといっても本当にすぐそこまでですからね。逆に一見して冒険者という方が警戒されませんよ。要件が明らかですしね」


「そういうものなんですね」


そうは言われても女性であるアリスは気になるのか、服のシワなどを気にしてのばしたりしている。


ヒビキはアリスの服についた汚れを軽く払ってやりながら、列が行き着くのを待った。


やがて検問の順番が回ってくる。


胸に紋章が刻まれた鎧姿の騎士の二人組がマッカランを認めて軽く手をあげる。


「スペイサイド商会か。いつも砦の補給任務では世話になっているな。礼を言う」


「いえいえ、仕事ですよ」


「ふ、ワリにあわんと商人たちからは酒の肴のネタとしては好評らしいじゃないか……って、今日は連れがいるのか」


「ええ。さきほど登録をすませたばかりの方々です。ちなみに今回のスライム報告の際にも同行されていましたが、未登録であった為報告書には記載していません」


「ほう、例の報告書か。実際よく生き延びたな、スペイサイド商会に、そちらの、ん?」


騎士が首をかしげる。


兜を取り、さらに目を細めてアリスを見る。


アリスはそのぶしつけな視線を受けて、ニコリと笑い、ごきげんようと返す。


「あ、ああ。ごきげんよう」


ヒビキはすでにその正体について覚えがあるが、初対面らしくアリスに続けて初めましてと挨拶をする。


「相棒、どうした?」


別の者の検閲を行っていたもう一人の騎士がこちらの手続きが滞っているのを見て寄ってくるなり声をあげた。


「おや、昨日のお嬢さんか」


それを聞いて、そうだった、ともう一人の騎士が納得していた。


アリスもそれで思い出したようで、花のような笑顔になり挨拶をする。


「この前の騎士さんですね、ごきげんよう!」


「お……コホン、ごきげんようお嬢さん。スペイサイド商会の知り合いだったか」


いかにも駆け出しという身なりに反してスカートを軽くつつまむ礼をされて面食らうものの、騎士も拳を鎧の紋章に当てて左足を軽く引いて礼を返す。


「お知り合いでしたか?」


いつの間にという疑問も当然だなとヒビキがフォローする。


「アリスが昨晩少し街を案内していただいたようでして」


「昨晩ですか?」


アリスは、はい! と短く肯定し、そこに後ろめたさは一切なし。


騎士たち二人はやや苦笑しながらも楽しそうな顔で顛末を話す。


「ああ、少々道に不案内だったようでな、楽しい時間を過ごさせてもらったよ。ただ不審者にも出会ってな。怖い思いをさせて申し訳なかった」


「二人して手玉にとられた。手加減すらされていた感がある」


マッカランが驚きながら、そんな不祥事を軽々と話されて反応にも困る。


「あちらさんに殺気はなかったしな。あれだけの手練れでチンケな物取りでもあるまいし……そうなるとまぁ、あまり深くはつっこまん方がよかろう」


「お偉いさんの子飼いまではこちらも把握できん。あっちもこっちも隠し事が多いだろうからな。お嬢さんは巻き込んですまなかった」


騎士たちの話の断片からヒビキは推測する。


「……そうですか」


ようは上層部の醜聞を探り出す斥候のような存在だと考えられてるらしい。


職工ギルドでは主の為に働いていると話しているし、整合性も悪くない。


ならばその設定で行こうと、心のメモ帳のスカーの設定欄に書き加えておく。


「あの頬傷男。いい度胸だったよ。逃げずにわざわざちょっかいをかけてきたくらいだからな。盗賊のような風体ではあったが、あの身のこなしは相当な教育と訓練を受けているはずだ」


「つまり元々は裕福な出自か、それに属する家来。それがこれみよがしに紋章を殴りつけてくるくらいだからな。少なくとも忠義の士ではあるまい。怨恨持ちで借金か懲役か別の理由で飼われているのか」


よくある話だなと朗らかに笑う騎士の二人。


「そ、そうですか、そんな事が」


会話を続けていくと次々に聞きたくない内輪話が広がっていく。


マッカランとしては余計な事に首をつっこみたくないが、貴族階級の騎士たちというのは悪い意味でこういった暗い話に慣れすぎていて何気なく漏らしてしまう。


「あの、それで入城に関してですが……」


「ああ、すまなかった。スペイサイド商会に疑義はない。同行者は身分証明書を出してくれるか」


アリスがふくよかな胸の中から革紐で下げていた冒険者証を取り出す。


二人の騎士が同時に視線を外したのは、同じ男として尊敬できるとヒビキは思う。


自分も証明書を胸から取り出すが、ヒビキの時は特に視線はそらされなかった。


二人分の身分証にインクをつけ、入城記帳書らしきものにペンタペンとそれを押され、布でぬぐわれて返却された。


「お嬢さん達。これから城内で何かしでかせばそれは後見であるスペイサイドにも罪科が及ぶ。くれぐれも自重するように」


そこだけはしっかりと言い含める騎士の二人。


「ではな。もしまた街で会ったら、今度はお手柔らかに頼むよ……よし、次の者ッ!」


しかしすぐに表情を柔らかく崩し、騎士の二人は次の入城者の検閲にはいった。


マッカランは色々と知りたくなかった情報を抱えながら、アリスを見る。


「直属の騎士様方に顔を覚えてもらうというのは中々できない縁です。アリスさんは運が良いのですね」


「ええと、はい!」


だが騎士たちの会話と反応が気になるマッカラン。


「それでアリスさん、昨晩の事ですが少し詳しく……」


「マック。それは後で私から。とりあえず進みましょう。ここにいると邪魔になってしまいます」


「あ、ああ、そうですね。では参りましょう」


そうして三人は検問所を抜け、跳ね橋を進む。


王城の門は大きく開かれており、少し赤みががった太陽とともに三人を迎えた。


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