クエストの準備
「次は雑貨屋ですか?」
「ええ雑貨です。ただ想像されているものとは少し違うかもしれませんが、東街で雑貨や消耗品となればそこです」
冒険者ギルドを出てヒビキがそう問うとマッカランはうなずく。
待たせていた馬車に再び乗り込み、三人はマッカランの話を聞きながら道中を進む。
ギルドから本当に少し進んだあたりで馬車が止まる。
外からは他の馬のいななきや雑踏、喧噪、そういったものが聞こえてくる。
「と、このあたりで降りましょう。ここからは馬車などは通行禁止ですから」
大通りであるが通行禁止の柵のある場所まで来るとマッカランは皆を下す。
降りた場所では同様にいくつもの馬車が待機していた。
街中だというの停留所のようになっているのは少々違和感がある。
「……駅前の有料駐車場みたいな?」
ヒビキが以前に見たような記憶を探ると、同様な雰囲気としては駅前ロータリーや近辺にある有料駐車場だ。
よく見れば御者から金を受け取って馬車の清掃や馬に水や飼葉を提供してる商人もいる。
「では参りましょう。こちらの柵から先が雑貨通り、通称『金策通り』ですよ」
通行止めの柵から先が喧噪の正体であり、その大通りの道の両端すべてを露天商が埋めていた。
「わあ!」
アリスがその賑やかさに声をあげる。
「ここから先は一日限りの許可を買った者たちが持ち込んだ品を即売する場所です」
「フリマかー、懐かしい」
「ん? 何かおっしゃいましたか?」
「いえ。ずいぶんと賑やかですね。いつもこうですか?」
さきほどの有料駐車場やロータリーを見てからずいぶんと昔の記憶を刺激されるなとヒビキは思いつつ、ごまかしてマッカランに問いかける。
「そうですね。一日許可証は朝から日暮れまで有効ですし、場所取りも早いもの順ですからね。朝一が一番込み合いますよ。昼もずいぶんと回って今は少し落ち着いているぐらいです」
「へえ、そうなんですね」
「朝から仕事にかかる冒険者などが急に必要になったものを買いに来ますし。逆に夕方となれば一仕事終えた冒険者相手に今度は買いが賑わいますね。今はそのちょうど合間ですから」
朝と夕、同じものでも値段が変わる面白い場所ですよとマッカランは笑う。
「金策通りと言われているのは駆け出しの商人でも新人の冒険者でもその値段差を把握していれば小銭を稼ぐ事はできるからです。足と目と耳を使いますし、その時々に需要の高い品を知る事はとても大切な修行にもなります。私も昔はここに通ったものです」
「ああ、なるほど。転売で利鞘を得るわけですね」
「ご理解が早い。まるでそういった経験があるかのようですね」
感心したマッカランが肯定する。
「今後、お二人が冒険者として活動するのであれば確実に通う事にんなる場所ですのでご案内しました」
確かに通りには多くの商人と、それ以上の数の冒険者らしき者たちで繁盛している。
「今回は採取依頼という事ですから、そうですね……小ぶりの網かご、撥水されたグローブとブーツくらいで大丈夫かと。ぬかるみに入る事もありますから」
「わかりました!」
「ではそのようにしましょう。アリス、行きましょうか」
マッカランのアドバイスに従い、通りに繰り出した二人は露天をひやかしながら進んでいき、マッカランは都度、二人の疑問に答えていく。
まずヒビキが興味を示したのは絨毯のようなものに無造作にちりばめられた小石だった。
「あれは何ですか? 石? 大小と色も様々ですが、宝石ですか?」
「あちらは魔石ですね。と言っても屑石ですからさほど値ははりません。魔石は発色の鮮やかさと大きさが全てです。あちらに並んでいるのは小さく色も鈍い。内包魔力量も微々たるものです」
「それでも売れると?」
「用途によりけりですから。屑石も数がまとまれば魔道具の燃料程度には使えたり、駆け出し彫金師が練習に使ったりできますから」
アリスが手をあげる。
「アレはなんでしょうか!」
アリスが指さしたのは積み上げられた枯れた草束だった。ただし色が全体的に青みかがっている
「今回のお二人が受けた依頼と同種のものですよ。魔草を採取して乾燥させたものですね。主に魔力を栄養素とする魔獣などの飼料に使われます」
「へえ! という事は今回の依頼主の方、ええと、クーラーリシュさんは何か魔獣を育てているんですか?」
「ええ。クーラリッシュの商材はそういった特殊な獣を含んだ動物全般です。そして数も多い。とにかく通常の飼料から魔草の飼料まで買い集めても足りていないほどですよ」
その言葉にひっかかりを覚えたヒビキがマッカランにたずねる。
「魔獣を?」
「……魔獣否定派ですか?」
マッカランが意外そうな顔で問い返す。その表情にはやや神経質というか緊張した面持ちを感じた。
あえてヒビキはそれに気づかないように、さも当然といった顔で言葉をつなげる。
「否定派? というか。私たちのところでは魔獣は害獣という扱いでしたし」
「ああ……ああ、そういう事ですか! 確かに魔獣は凶暴な性質ですが、制御できれば力の強い家畜ともなりますし。さすがに街中では運用を制限されていますが、開墾などの土木作業では活躍していますよ」
「そうなんですね。すみません、田舎から出てきたものでして」
「いえいえ! とんでもない、こちらこそ失礼しました」
マッカランは話題を変えたそうにしていた為、ヒビキは何を失礼と思ったかは問わずまた通りを進み始める。
やがて通りを流し見終わったころ。
二人はマッカランの勧め通り、あみ籠を二つと、やや使い古された革の手袋と長くつを買い求めていた。どちらも蝋と油が塗られていて水がしみこまないようになっている。
「本当にそれでいいんですか、アリス?」
「コレだからいいんですよ! ヒビキはわかっていませんね! ふふふ!」
本当であれば新品を使わせようとしていたヒビキであるが、アリスがかたくなに使い古しを希望した。
これが蝋や油を塗っていなければほおずりしそうなほどの喜びようだった。
「まぁ、アリスがそれでいいのなら。雰囲気も大事ですからね」
「わかっているじゃないですか! このちょっと穴があいている所とかとても可愛いです!」
空いた穴から水が染み込んだ時もその笑顔を浮かべていられるかどうかを楽しみにしつつ、ヒビキはそれらを大きめの麻袋につめこむ。この麻袋も同じく買い求めたものだ。
「あとは携帯食をどうするかですが?」
「そうですね、今回は軽く様子見という事でなるべく身軽でいきたいと思います」
ヒビキは不要と伝えるとマッカランもうなずく。
「ではさしあたっての準備も整いましたが……さすがに時間をかけすぎましたね」
真ん中ほどにあった日もやや傾いてきている。
「予定としては中心街のギルドにも寄りたかったのですが、そうなると採取に出かける頃には夕方近くなってしまいますね。お仕事の開始を明日に回しても大丈夫ですか?」
アリスが金策通りではしゃぎすぎた結果でもあるが、ヒビキは少し考える。
準備万端で遠足の準備を終えた子供に遠足の延期を伝えるのが心苦しいように、ヒビキもアリスにクエストは明日ね、というのも難しい。
だがマッカランが遠回しに優先して薦めてくる以上、中心街のギルドにも利便性があるのだろう。
「そうですね。では採取を明日からにして、中心街のギルドの方へ案内してもらってもよろしいですか?」
「はい、喜んで」
そこまで言ってからアリスの方をおそるおそる見る。
「……? どうかしましたかヒビキ?」
すでに馬車に乗り込もうとしてたアリスにヒビキは確認する。
「いえ。早く仕事に取り掛かりたかったかな、と」
「それはそうなんですが中心街のギルドというのも気になって仕方ありません。それにお仕事はヒビキと二人で行くものですが、マッカランさんにまた後日お時間をいただくもの悪いですし」
「ええ、その通りですね」
「では行きましょう。マッカランさん、お願いします!」
素早く乗り込み、窓からマッカランを急かす。
ヒビキとマッカランは笑って馬車に乗り込んだ。




