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クエストの選択


マッカランに案内され、ヒビキとアリスはクエストボードの前に立つ。


張り出された依頼書をマッカランが流し見る。


「ざっと見た感じでは、緊急性の高いものはありませんね」


「そうみたいですね!」


同じくアリスも視線をせわしなく動かし、だいたいの内容を把握しつつ同意した。


「……」


ヒビキがこの世界にやってきて感じた違和感がこれだった。


言葉と文字が日本語。


である。


ファンタジーだから……では片付かない。むしろファンタジーだからこそ謎な現象だ。


ヒビキはまず自分の体がホムンクルス、つまり人工物である事からそういった機能が備わっているのかと尋ねる。


つまり、母国語が現地語に自動変換されているのか、だ。


製作者である魔王夫妻や技術者からの答えはノー。


むしろ、さらに謎が深まる疑問が返ってきた。


母国語とは? 現地語とは?


という疑問だった。


最初はその質問の意図すらヒビキは理解できなかったが、長い時間話し合った結果わかった事は一つ。


この世界には、文字と言葉は一種類しかないという事。


よって母国語や現地語という概念すらなかったのだ。


ある程度の崩れとして方言などはあるようだが、外国語というものは存在しない。


つまり、ある程度の教育を受けたものであれば意思疎通が可能という事だった。


ここまではいい。まだ理解できる。だがそうなるとまた一つ疑問が浮かぶ。


ヒビキがこの世界でも使っている、少なくとも自分はそう認識している日本語というものは由来がある。


かつての世界の言葉であり、それは不変ではなく、時代によっても大きく変化していったものだ。


だがこの世界に残された古い文献から近代書まですべてが近代日本語のように認識している。


これらの様々な矛盾をすべて肯定するならば、たまたま飛ばされた異世界は、たまたまヒビキが生きた時代の日本語と全く同じ言語と文字を生み出して、はるか昔から変化させる事なく今に至るまで全種族が使っている、という事になる。


無理がある。


ヒビキがこの疑問に思い立ってから、しばらくの間はその謎を解くべく魔王城の図書館や、知恵と知識の豊富な老賢者達を訪ねて回った。


結果、何の成果もえられず、ただ事実として世界に言語は一つ、という事実の再認識をするに至った。


それでもなお探求を続けるのが真理の学徒というものだが、ヒビキは何の成果も得られず憔悴していた、というと格好をつけすぎであり、実際は飽きていた。


もう言葉が通じる、文字も一緒、便利便利と、自分を楽な方に納得させたのはずいぶんと昔の話だった。


こういう背景もあって、魔族の深窓の姫君であっても、人間の街で刊行されている書物を楽しめるわけである。


「……まぁ、いずれそんな謎も解ける日が来るかもしれませんね」


クエストボードを見つつ、昔を思い出して独白するヒビキの顔をアリスが覗き込む。


「ヒビキ、どうしました?」


「いえ。さて色々と依頼はありますがどれにしましょうか。アリスは良いものがありますか?」


独り言をかき消すように、ヒビキがアリスにたずねる。


アリスはアレもいいコレもいいと誘惑の多すぎる選択に迷っていた。


そこへマッカランが助け舟を出す。


「アリスさん。もしよろしければ先ほどの商人、クーラリッシュのお話にのりませんか?」


「クーラリッシュさん……ああ、さっきの女の人の!」


「さきほどの快活な女性商人の方ですか」


アリスとヒビキはマッカランに親しげに話しかけ自分たちにも声をかけて去っていた女性商人の顔を思い起こす。


「ええ。こちらの束がそうですね」


マッカランが指さしたその依頼書には区分けとして採取、対象として魔草、とある。


何枚か重ねて打ち付けられた束となった依頼書のタイトルはすべて同じで『とにかく量が欲しい、ヒマ人どもよろしく!(採取/魔草)』とあった。


「魔草ですかー?」


アリスが確認のためマッカランを見る。


「ええ。彼女は扱う商材の性質上、常に魔草と魔水を必要としています。ダンジョンに頻繁に潜る冒険者ならばついでに、アリスさん方のような新人さんであれば序盤のメインクエストにと需要の高い依頼ですね」


「この同じ内容の依頼書がたくさん釘で縫い付けられて張られているのはなぜですか?」


ヒビキが問うと、マッカランはああ、と同じ依頼書を眺めて答える。


「依頼を受諾する場合ここから剥ぎ取りカウンターに預けますからね。彼女のように数が必要な依頼の場合はこうして出しておくが多いですよ。もちろん普通に一枚張り出すよりは料金がかかりますけどね」


「普通は一枚ですか」


「場合によりけりですが、採取などの数を要するものは束張りが多いです。討伐依頼、護衛依頼、輸送依頼などは、混乱を防ぐために一枚張りが基本です」


「なるほど」


「一枚張りの場合は証明判を押印された後、再度張り出されるので誰が受けている途中なのかがわかります。ほら、この依頼書などは冒険者の方が受諾中ですね」


マッカランが指さした依頼書は『求ム商隊護衛(経験者優遇)拘束予定十日間』とタイトルがあり、以下に細かい内容が載っている。そして依頼書の最下部の余白に誰かの証明証が押印されていた。


「これはさきほどお二人が受け取った鉄板にインクをつけて捺したものです」


「おお、これが!」


「なるほど、身分証明書でもあり、受諾印でもあるんですね」


「ええ。ですからなくさないように。色々とトラブルのもとにもなりますから」


「では我々がクーラリッシュさんの採取依頼を受ければ、押印されたものがここに戻ってくると?」


「いえ。束張りはカウンターで保管されるだけです。通常の採取依頼であれば、あえて開示する情報ではありませんからね」


明らかにアリスががっかりした雰囲気になる。確かにこのボードに自分の名前が押印された依頼書が張り出されると、冒険者になったという雰囲気が出る。


「……開示されるべき情報という事ですか?」


ヒビキがさきほどのマッカランの言葉にひっかかり、疑問を口にする。


「ええ。誰がどういった危険な依頼を受けているのか。仲間や友人が今どこで何をしているのか。そういった情報は仕事先での相互補助のキッカケにもなりますから」


「ああ、なるほど」


依頼は違えど目的地が同じ場所なら旅路を同行したり、仕事中にヘルプが必要になった時の連絡を取るためなど、色々と役立つらしい。


「依頼人が受諾者を秘匿したい場合とかはどうするんですか?」


ヒビキの疑問にマッカランは、例外なく名前は公表されます、と言って、さらに付け足す。


「そういうワケありの場合は酒場依頼で募集するか、個人間で契約するかですね」


ヒビキは昨晩『スカー』としてふるまっていた時に、シトラスから聞いた依頼方法だろう。


「酒場依頼は当人同士で話がつきますから簡単です。正式なギルドを介する依頼の場合と違って、張り出す料金、書面形式の決まり、掲示条件や期間などが無いため様々な内容があります」


なるほど、確かにギルドを通した依頼の手続きは、年寄りが面倒くさがりそうだとヒビキは納得する。


「ギルドを介さない為、トラブルもよく起きます。まっとうな冒険者稼業を送るのであればお勧めは致しませんね」


マッカランは自分は酒場依頼は利用しませんと誇らしく胸を張っていた。商人としての矜持に関わるのだろうか。


「ヒビキ、ヒビキ、では、せっかくですしその依頼を受けてみましょう!」


それまでジッと説明を聞いていたアリスが、よし! と拳を握る。


「クーラリッシュさんの魔草採取ですか?」


「ええ! やはり駆け出しの最初は採取クエストと相場が決まっています!」


「アリスがそういうのであればそうしましょう」


「そうですね。ヒビキさんが実力者である事は同行した私もよく存じ上げていますが、最初はこうした手続きを覚えるという意味でも、他の商人との伝手を作るという意味でもこちらはお勧めと思います」


商売敵の依頼を受けるという事に抵抗はないのかとヒビキがマッカランに小さく尋ねる。


「彼女とは商圏も商材も重なっておりませんから。むしろ私が後程彼女に恩を売れるので。商人たるもの売るものは形あるものばかりではありませんよ」


と、マッカラカンはおかしそうに笑う。どうやらクーラリッシュという良い友人関係でもあるらしい。


「ではさっそくその依頼の受諾といきましょうか……さて」


マッカランは壁際に並ぶいくつかのカウンターを眺め、そのうちの一つが空いていることを確認すると微笑む。


「あちらのカウンターに行きましょう」


指をさした先のカウンターにはちょうど人が並んでいない。


依頼書を手にしたアリスがまず軽やかに駆け出し、ヒビキが続き、マッカランも追う。


そうして三人がカウンターの前に立つと、受付嬢が軽く頭を下げる。


「砦への支援物資運送、ご苦労様でした……おかえりなさい、マッカランさん」


受付嬢はマッカラカンの姿を認めるとねぎらいと帰還の挨拶をかける。


「ご無沙汰しております。昨日戻ってきました」


マッカランも頭を下げ、挨拶を返す。


「……危ない目に遇ったと伺っていますが……お、おケガ、などはありませんか?」


「ありがとうございます。シトラスさんやカルアさん、あとこちらの方々のおかげでなんとか無事に帰ってこられました」


ヒビキはそのやりを見て、なんとなく予感するものがあるものの、言葉にするのは野暮だろうと沈黙。


その後、アリスが依頼書を渡して受諾印を押してもらう。


ちなみに新人向けの依頼ではないという事を言っていたが、マッカランにその理由を聞くと地味だから、というものだった。


新人冒険者というのは華やかな活躍に憧れる者が多いため、最初に採取を選ぶと現実と理想のギャップに心が少し枯れるらしい。


さらに言うと、酒場の宴会などで最初に受けた依頼の話というのは鉄板ネタであり、そこで採取依頼というのが恥ずかしいという風潮もあるそうだ。


そういった理由であればヒビキにとってまったく問題ではない。アリスの心が地味な採取依頼で少し枯れたとしても、それはそれで良い思い出になるだろう。


なんにせよ、ようやく冒険者としてクエストを受諾。


アリスのテンションはそのプルプルと小刻みに震える全身が物語っている。


そうしてカウンターでの受諾が終わり、マッカランが二人に仕事に必要な物を調達するため雑貨屋へ向かおうと提案する。


先ほどと同じくアリスを先頭にヒビキが続き、マッカランが追う。


その去り際。


「髪、少しお切りになったんですね。とてもお似合いですよ。では、また」


と、言い残したのを聞いたヒビキは、ああこの人天然女ったらし属性だったかと心の中のマッカランの人物評に付け加えた。


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