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クエストの受注


その受付嬢の視線は常にカウンターの正面を向いて微動だにしない。


客が来れば要件を聞き、簡潔に内容をまとめ、迅速に必要な処理をする。


他にあるカウンターよりも明らかに仕事をこなす量は多く、それでいて正確だ。


そして客が要件を終えると、また次の客を待つ間、受付嬢は姿勢を正し前を向いて待機している。


無駄口を叩かない勤務態度とややキツ目ながらも美しい容貌からデキる女オーラというものが強く漂っている。


あくまでパッと見は。


いや、通常であればデキる女というのは間違いない。


「あー、今回もダメかねぇ」


付き合いの長いギルドマスターは、ため息まじりに肩をすくめる。


受付嬢はいつもであれば待機中も微動だにしない。


しかし今はただ緊張で固まっているだけだ。仕事の質は変わらないが、この後いろいろと残念な事になるのは間違いない。


「……ヒュー……コヒュー……」


受付嬢の胸の上下が激しくなってきたし、頬も紅潮し始めたのを見てギルドマスターはこりゃあマズいとばかりに、彼女にお茶の差し入れをしてやるべく席を立つ。


受付嬢の視線はある一点を凝視している。


ある一点、ある人物。


その人物がギルドに入ってきたとき、受付嬢は目を疑った。


その両隣に見目麗しくも若い、いや幼いといも言える女性を二人も連れていたのだ。


ギルドマスターからそういった内容の話は事前に聞いていたが、かわいい、美人、という前情報があってなお、驚くほどに美しい姉妹だった。


だがしかし。


そんな二人に対しても紳士然と対応している彼は、やはり一流の商人なのだと再認識する。


決して幼さの残る妖艶さにたぶらかされて、その冒険者姉妹の後見を申し出たわけではないのだ。さすがだ、素晴らしい。


などと、生真面目な表情で、悪く言えば仏頂面でカウンターから三人を見つめている。凝視していると言ってもいい。


手に握っていたハンカチに力がこもる。


念のため、自分の身だしなみを確認する。制服にシワや汚れはないか。


昨日、慌てて理髪店に行き、たまには冒険しようとしたもののやはり断念し、毛先だけでもとそろえた髪型は乱れていないか。


それらを終えて視線をマッカランに戻す。三人はいまだボードの前で和気あいあいと話し込んでいた。


そうしてつい本音が漏れる。


「なぜ私は彼の横に立っていないのでしょうか。なぜ今日もこんな小汚いカウンターで仕事をしているのでしょうか」


「それはお前さんが冒険者ギルドの受付嬢勤続五年目の従業員だからだ。小汚ねぇのは老朽化してるからだよ、悪かったな」


ギルドマスターが受付嬢の後ろから暖かい飲み物を差し出した。


「……聞こえましたか?」


「そんな、あっやっべぇ、みったいな顔しなくてもいい。もう何回も聞いてるし聞き飽きた。それよりちったぁ落ち着け。ほれ」


湯気の立つカップを受け取りつつも受付嬢は怪訝な顔をする。


「なぜこんな差し入れを? 私を口説くおつもりですか」


「いや、オレぁ既婚者だが」


「浮気や不倫は最低ですよ。しかもお立場を使って無理強いとは最悪です」


「……妄想はなはだしいな。飲みモン差し入れただけで上司を犯罪者扱いだ」


やれやれと肩をすくめながらも、自分のために用意したカップに口をつける。


受付嬢も怪訝な顔をしながらも、せっかくですのでいただきます、と口をつける。


ハーブの香りがいくぶんか緊張をやわらげ、受付嬢の顔の紅潮が少しだけ引いていく。本人に自覚はないが、荒くなっていた呼吸も穏やかになっている。


「マックはいいヤツだ。そして一流だ。一流ってのいい仕事をするヤツに惹かれる。そしてお前さんはウチで最も仕事ができる受付だ」


ポンポンと肩を叩き、ギルドマスターは自分が座っていたカウンターへ戻っていった。


「……」


叩かれた肩を払い、結局あの人は何をしにきたのだろうかと受付嬢は疑問を浮かべる。


そして再び、マッカランへと視線を戻すのだった。


そんな視線が向けられているのも気づかず、マッカランはヒビキとアリスを様々な紙が張り出されたボードの前へと案内していた。


しばらくの間、三人は話し合いながら色々と検討しているようでもあったが、マッカランが最後に勧めた依頼書を姉妹の姉らしき女が手にする。


そして三人はカウンターに顔を向けた。


マッカランが視線をさ迷わせたのも一瞬、手の空いていた受付嬢を見つめるやいなや。


微笑んだ。


「……」


三秒ほど時が飛んだ受付嬢は、すぐに正気に戻り軽く頭を下げる。


その間にも三人はこちらへと向かってきており、視線を戻した時にはすでに三人は受付嬢の前に立っていた。


「砦への支援物資運送、ご苦労様でした……おかえりなさい、マッカランさん」


(言えた。今回は噛まずに言えた!)


と内心で受付嬢がガッツポーズをするものの、当然それには気づかないマッカランはいつものようなにこやかな態度であいさつを返す。


「ご無沙汰しております。昨日戻ってきました」


「……危ない目に遇ったと伺っていますが……お、おケガ、などはありませんか?」


「ありがとうございます。シトラスさんやカルアさん、あとこちらの方々のおかげでなんとか無事に帰ってこられました」


自然な流れでマッカランは二人の姉妹を紹介する。


「こちらが姉のアリスさん。こちらが妹のヒビキさん。さきほど新規登録をして、こちらの依頼書が初めての仕事となります」


アリスが依頼書を受付嬢に差し出す。


「アリスです! 初めまして! よろしくお願いします!」


姉と紹介された女性が緊張と期待に胸をふくらませ、興奮でうわずる声で挨拶をする美女に受付嬢は軽く頭を下げる。


「ヒビキです。色々とご面倒をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


対してまだ幼さが残る妹の方はしっかりとした声と態度で挨拶を投げかけてくる。


自分の胸に名札はつけているが名乗られたならば名乗り返さねばならない。


「初めまして。依頼受付を担当するエステートです。よろしくお願いいたします」


受付嬢が意識したわけではないが、声から柔らかさがなくなり、事務仕事然とした態度で対応する。


マッカランはそんな彼女をこう評した。


「お二人ともラッキーでしたね。エステートさんはとても仕事のできる方でいつもカウンターは混んでいるんですよ」


「一流の商人の方からお世辞とは言え、そう言って頂けるのはくすぐったいですね」


「お世辞ではありませんよ。私だけではない、冒険者の方々や商売敵たちも同様の意見でしょう。だからエステートさんのカウンターはいつも混んでいる。それが証拠ですよ」


「ありがとうござます」


エステートは極めてデキる女のような態度を意識するものの、やはり声が柔らかくなる。


アリスは、そうなんですね! と感心し、ヒビキは、ああそういう事、と小さく漏らしながら二人の関係を察した。


「では早速ですが依頼書を拝見します」


「はい、お願いします!」


アリスから受け取った依頼書を確認したエステートは、その内容に眉をひそめる。


マッカランに視線を向けると、それでお願いします、と微笑みながら返されてしまう。


「魔草の採取ですか……新米の方の記念すべき初仕事としてはあまりお勧めしませんが。お二人はこちらでよろしいのですか?」


「それがいいです!」


「はい、大丈夫です」


受ける当人達が良いというのであればエステートに否はない。


無理な仕事ではあれば止めもするが、そういう依頼ではない。


加えて依頼主はさきほど慌ただしくも何事か言葉を交わしていた女商人のクーラリッシュであるし、それも関係があるのだろう。


「それでは依頼書に受諾印をいたします。どちらか代表の方で結構ですのでさきほどギルドマスターから受け取った所属証明判をお貸しください」


アリスとヒビキがどうしようと顔を見合わせたのも一瞬、アリスが自分の証明判を胸元から取り出した。


「……お年の割に……」


エステートから怨嗟と憧憬を含んだ呟きは誰の耳にも届くことなく、アリスの証明判を受け取る。


エステートは証明判を青いインクをひたし、依頼書に載せると小さな木のコテでそれを押し付ける。


名前の彫られた証明判が、その名を依頼書に写しこむ。


「こちらの依頼の期間は本日を含めて十日間です。期間内に依頼品を指定の場所にお持ちいただければ完遂となります。今回は私どものところへお持ちいただければ結構です」


依頼書の確認を三人とともにするエステート。


「注意点として、完遂、もしくはキャンセルをされないまま十日が過ぎればこの依頼書は再度張り出しとなりますのでお気を付けください。それではご武運を」


定型文ともいえる説明を姉妹にしながらエステートはチラチラとマッカランを見る。


姉妹の後ろに控えていたマッカランはそれに気づく事なく、ギルド内の知り合いや同業者などに会釈を交わしたりしていた。


「それでは早速、いきましょう!」


「ええ。張り切っていきましょうか」


アリスの元気な声に呼応してヒビキも嬉しそうな顔で同意した。


「では、必要なモノを調達しに参りましょう。良い雑貨屋が近くにありますから案内いたします」


姉妹は先立って歩き始め、マッカランもそれについて歩きだす。


エステートは表情こそ変わらないものの、内心では名残惜しさを溢れさせていた。


しかし何も言えない。


去っていく背中をぼんやりと眺める。


「あ、エステートさん」


ふいにマッカランがエステートに声をかける。


「ひ、ひゃい」


「髪、少しお切りになったんですね。とてもお似合いですよ。では、また」


エステートが何か言う前にマッカランはすでにギルドから出て行ってしまった姉妹を追いかけるべく走っていった。




***




「ありゃあ、今日は仕事にならんな」


ギルドマスターはハーブティーを差し入れた後も自分のカウンターから様子をうかがっていた。


言葉もあまり詰まらせず、なかなかいい雰囲気だったとは思うが、最後のアレは会心の一撃だ。


「しゃあないな」


自分のカウンターに置いてある『休憩中』の札を手にとり、再びエステートのカウンターまでやってくると硬直している彼女の机にそれを置いた。


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