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東街の冒険者ギルド


宿を出るとすでにマッカランが用意していた馬車が待機していた。


北の砦から乗ってきたものよりも少々小さいが、幌ではなくしっかりとした屋根の箱型の馬車で装飾などもあり豪華な見た目だった。


「こちらは送迎や移動用に使っているものでして。荷物を載せない分、小さ目ですが乗り心地は良いはずですよ」


マッカランに勧められて乗り込む。


「うわぁ、素敵です、素敵ですね、マッカランさん!」


馬車ということで揺れるような飾りはないものの、天井や壁などには花や蝶などが描かれている。


座席にも厚めの毛皮が敷かれており、移動の際に腰が痛くならないように配慮がなされていた。


定員は三人掛けが向かい合っての六人用だ。


ただし全員が大柄な男性の場合は四人で精いっぱいだろう。


「さて、出発しましょうか」


アリスが内装に関心している間にマッカランが御者に指示を出し、馬車が揺られ始める。


窓の景色がゆっくりと流れ始めて、東街へと進み始めた。


「『花の彩り亭』ではゆっくりお休みになられましたか?」


窓にへばりついて街の様子に夢中なアリスを微笑みながら眺め、マッカランがヒビキに問いかける。


昨晩のことは報告していないしする気もないヒビキは、無難な答えを返す。


「ええ。とても快適に過ごさせていただきました。しかし私たちはこのままあんな良いお部屋でお世話になり続けてもよいのですか?」


「そのお話は先日もしたはずです。私が勝手に期待して、勝手に先行投資して、もしかしたらそれを貸しと感じてもらえれば採算が合う、という皮算用をしているだけですから」


あくまで自分の意志でやっていて、慈善ではなく商売の一助としてやっているのだから感謝する必要はない。


そう遠回しに気を使ってくるマッカランにヒビキは頭を下げる。


「それでは冒険者になったらせいぜい頑張って期待に応えられるようにがんばりましょう」


「期待しておりますし、ヒビキさんであれば確実に活躍されるでしょう」


そんな歓談をしながら馬車に揺られ東街の区画に入る。


「がらりと雰囲気が変わりますね」


窓から見える景色が中心街よりも、色目からして鮮やかになっている。


「店の看板は目立つようになりますし、道行く人々の服装もやや活動的な方が多いですからね」


一目見て冒険者、という者の姿が多く、そんな彼らの服装は実に様々だ。


今のヒビキのような革装備の軽装なものから、昨夜西街でやりあった騎士のような厚い甲冑を身にまとった者。


馬車で一緒になったカルアのようなローブ姿の女性もちらほらと見かける。


「冒険者の方がいっぱいいますよ!」


「私たちももうすぐその仲間入りですよ」


ヒビキがアリスに笑いかけるとアリスも笑い返す。


そんな活気ある喧噪の中、街路を進む馬車はようやく大きな建物の前で停車した。


「さ、着きましたよ。お手をどうぞ」


停車するとすぐにマッカランが降車して、ヒビキ、アリス、の順に手をとって降車の補助をする。


「紳士ですね」


「か弱い女性をエスコートするのは当然です、というのも通りませんね。見目麗しい女性に触れられる少ない機会、という事で」


「私たちが大人の女性であればそれもいいのですが」


冗談を交わしあいヒビキが降り、アリスも手を借りお礼をいいながら降車した。


「では参りましょう。こちらが冒険者ギルドです」


二階建てでかなりの敷地を持ったその円形の建物は、ヒビキからすると大きな酒場といった印象を受けた。


正面の大きな扉は開け放たれており、中に入ると吹き抜けの広いロビーが二人を迎える。


入口から見て正面、一階奥にカウンターが並んでおり冒険者であろう者達がそれぞれで話し込んでいる。


中ほどのエリアにはいくつもの丸いテーブが並んでおり、飲み物や軽食をとっている者や、地図や書物を広げる者など。


特に人が多いのは左側の壁際で、そこには掲示板のようなものが並んでおり無数の紙片が張り付けられている。


アリスもそれにすぐに気づく。


「ヒビキ、ヒビキ、あれはもしかして……」


「ええ、あれこそクエストボード、というものではないかと」


「やっぱり!」


感極まるという感じでアリスはクエストボードを見入っている。


「ははは、アリスさん。まずは登録から参りましょう」


「はい、お願いします!」


マッカランはすれ違う何人かと軽く挨拶を交わしながら、ヒビキとアリスを引き連れてカウンターへと向かう。


「やっぱりお知り合いが多いですね」


「ここは特にそうですよ」


時折、その知り合いの目がヒビキたちに向かう。


周囲を見回してもヒビキほどの年少は見かけない。アリスほどであれば、ちらほらという具合だろうか。


ヒビキは意識して良い笑顔で軽く頭を下げて挨拶をすると、相手もつられるように軽く頭を下げる。


そんな中で一人の女性がマッカランに肩に手をかけた。


「マッーク! 帰ってきてたんだね!」


「……ああ、ええ、昨日戻りました」


「出物はあるかい? 」


「残念ながら貴女がお探しの品は。そもそも私、今回の遠出は補給物資の運送ですよ?」


「知ってるよ、ダメもとで聞いてんだよ」


「さようですか」


楽しそうに絡んできた女性は三十代半ばといったところだろうか。マッカランとは非常に仲が良さそうに見える。


対してマッカランは苦笑を隠そうともせず、首に回された腕を振り払うでもなく、はいはいと返事をしている。


「おや? おやおやおや? この子たちは?」


「彼女たちは私が仲良くさせて頂いている方たちで、今日は冒険者登録にやってきました」


マッカランはヒビキたちとの関係の説明の際、宿で誤解を招いたこともあってか、冒険者登録のつきそい、というあたりを強調する。


「ほーう? 年は若い、というか、かなり若いけど?」


「そうですね。将来性抜群という事です」


「ま、マックが言うんならなんかあるんだろうね。でも新米さんなんだろ」


「冒険者としてはそうなりますね」


「もったいぶってまぁ。いいさ、どのみちランクはケツからスタートなんだ。という事でお二人さん」


女性はヒビキとアリスに向かって腕を広げる。


「アタシは今ちょっと人手が欲しい。依頼は簡単な内容だから新米さんにとってはうってつけだ。そして新米さんなら有能でもランクとしては依頼料が安くあがる。とくればアタシとしては是非にお願いしたいし、今後ともよろしくされたい。あとはわかるね?」


この物言いにヒビキは彼女がマッカランと同じく商人だと察する。


マッカランが慌てたように。


「まだ彼女たちは登録も終えてませんよ」


「登録してからじゃ遅いんだよ、なんだいなんだいかわいい子を二人も独り占めしやがって。アタシもケツモチしたい!」


「また貴女はそういう汚い言葉使いを……」


「じゃあ、おケツモチとでも言えばいいのかい? ともかく、かわいい子ならアタシの趣味も理解してくれるだろうし、登録を終えたらぜひともアタシの依頼書に目を通しておくれよ!」


話はここまでといわんばかりに、女性商人が今にも駆けだしそうな雰囲気になる。


「おや、お急ぎですか?」


「実はお急ぎんなだよ! 卵の競売が南街であるんだ、今から走ればなんとか間に合う! じゃあね二人とも、約束だからね!」


そう言って女性商人は冒険者ギルドから風のように去っていた。


「……ええと、マック。あの方は?」


「……彼女は同業者です。名をクーラリッシュと言います。見ての通り変わってはいますが、悪い人ではありませんので」


マッカランは彼女が去った方向を見てため息をつく。


「彼女の依頼に関して興味があればまた改めて紹介いたしましょう。確かに新人さんの最初のクエストとしては悪くない選択肢でもありますし」


ヒビキもクーラリッシュという女性に興味を持ったこともあり、マッカランの提案にうなずく。


「さて。ではお二人とも。新規登録ですが……」


マッカランがそれなりに混雑しているカウンターを眺める。


ただし一か所だけ並んでいないカウンターがある。


「はぁ……仕方ありませんね……あの一番左側のカウンターへ参りましょう」


マッカランが指したのは誰も並んでいないカウンターで、座っているのは妙ににやついた表情を浮かべる大柄な中年男性だった。


カウンターの男性はマッカランが前に立つなり、こう言った。


「マッーク? とうとう年貢の納め時か? 確かに美人だが……幼女趣味だったとはな。こりゃ長いこと独り身だったはずだわ」


明らかにからかっている態度の中年男性に、マッカランは心底嫌そうな顔をする。


それを見て中年男性はさらに笑う。


「ハッハッハッ、悪い悪い。もう何度も言われてますってツラだな」


「ええ、まったくもってその通りですよ」


「で、このカウンターに立ってるって事はそっちのは新米さん、いや新米ちゃんか?」


「はい。こちらのアリスさんとヒビキさんをお願いしたい」


マッカランが脇により、アリスとヒビキがカウンターの前に立つ。


「アリスです、お願いします、おじ様!」


「ヒビキです。初めての事なのでお手数おかけしますが、よろしくお願いいたします」


「……うーん、と。ちっこいお嬢ちゃんが妹さん、なんだな?」


ヒビキはよく投げかけられる質問に笑顔で肯定する。


「で、後見と紹介はマッカラン、と。クーラリッシュがなんか叫んでたが、連名の方がいいのか?」


「いえ、私だけで。すれ違った台風みたいなものですから」


「ほいよ」


中年男性はカウンターの中、手元で何かしらゴソゴソとしながらマッカランと話しを続ける。


「で? ……さんざんな目に会ったらしいな」


「耳が早いですね。実際よく生きて帰って来られましたよ。シトラスさんがいなかったらと思うと考えたくもありません」


「シトラスはあれで現役の頃から嗅覚が抜群だったからな。魔物と魔獣の接近に関してはまず外さないカンがある」


「迅速で的確な行動でした」


「で、そっちのお二人さんも居たんだよな?」


「ええ。そしてこちらも」


「……さらに北の砦のジジイの紹介状もある、と」


北の砦の偵察隊長が本当に書いてくれた紹介状を預かっていたマッカランがそれを渡す。


「即時発行に問題なしだな」


手元の作業の締めとばかりに、タン、タンと机を何かでたたく音がする。


そして立ち上がると、まずアリスに向かってこいこいと手招きする。


アリスがカウンターに一歩詰めると、目の前に親指ほどの大きさの楕円形の鉄板を手渡される。


「アリス。冒険者ギルドにようこそ。ギルドマスターとして今後の活躍を期待する」


「ギルドマスターさん!?」


アリスが素っ頓狂な声をあげて驚く。


「そうよ、俺がギルドマスターさんだよ!」


「一番偉い人!?」


「おうさ!」


「握手! 握手したいです!」


「おうよ!」


感動を隠さないまま、アリスは中年男性のギルドマスターと握手をしてぶんぶんとつないだ手を振っていた。


「マック、ありがとうございます」


ヒビキはこのサプライズがマッカランの気を利かせた悪戯心だと察して礼を言う。


「いえ。どうにもこういった事がお好きなようでしたので」


「まったくその通りです」


ヒビキの番が来ると、同様に手招きをされる。


「ヒビキ、冒険者ギルドにようこそ。手練れと聞いている。期待している」


アリスと同じく小さな鉄板を受け取る。前世の記憶からいうとドックタグというものに似ていた。


「これで二人とも冒険者だ。その鉄板はウチの所属の証明書でもあるし、依頼受注の際に必要になる。無くすなよ? あと依頼の受注やらなんやらはオレが説明するよりそいつに聞いた方が早いだろう」


視線を向けられたマッカランがお任せをと言いつつ、軽く頭を下げる。


「……お手間をとらせました。わざわざ出てきてくれていたんでしょう?」


「ま、俺も噂の美人姉妹ってヤツに興味はあったし。それにダチが命からがら帰ってきたんだ。死に損なったツラくらい見とかないとな!」


なんだかんだで心配をしてくれていたんだろうと、マッカランは口の悪い友人に心の中で感謝をする。あえて言葉にはしない。


三人はそれぞれギルドマスターと握手をしてカウンターから離れると、ヒビキたちはクエストボードの方へと向かった。




***




そしてギルドマスターは視線を隣に並んでいるカウンターへ向ける。


いくつかあるカウンターの中で最も早く仕事をこなす受付嬢に向かってつぶやく。


「今回はどうかねぇ……真面目すぎるってのも損だよなぁ」


と、自分の座るカウンターに堂々と休憩中の札を置き、しばしこの後の展開を眺める事とした。


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