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憧れの冒険者ギルド


昨晩、抜け出したことをほどほどに注意されたアリスは、その夜更かしもあって翌日の朝の起床が遅くなっていた。


「疲れもあるんでしょうけど……変な時間に寝てしまったのと、興奮しすぎて夜眠れなくなっただけですかね」


スロット2妹フェイスで朝の仕度をしているヒビキは、目覚めそうにない姉の寝顔を見てどうしたものかと少し悩む。


昨晩の話だ。


宿に戻り、勝手に抜け出したことへの軽いお小言をしていたヒビキだが、それを上の空で聞き流すアリス。


本人いわく『黒狼紳士』にはモデルがおり、昨夜はおそらくそのモデルに出会ったという事。


ヒビキと出会うほんの少しまでいたんですよ! と熱く語るアリス。


隠していた本の内容がすでに露見していた事に最初は羞恥があったが、どうもそれを上回る興奮だったらしい。


むしろバレてしまったなら、もう何も怖くないといわんばかりのトークをえんえんと続けられた。


一方、あのチンピラフェイスがアリスの中でえらく美化されている事にヒビキは戸惑う。


すぐにアレは自分ですと教えるつもりが、目に星とハートを輝かせたアリスを前にしてつい言い出すタイミングを逃してしまった。


その後、えんえんと『黒狼紳士』の魅力や、過去にあった辛い事件、恋人への決めセリフなどを解説された。


もちろん、モデルと本の中のキャラクターと同じはずはないと言う事はアリスも理解している。


だがヒビキは違う。


黙り通すと決めたからには『黒狼紳士』として振舞うことが、アリスの夢を壊さない事にもなる。


本当にモデルがいるかもしれないが、ならばそのモデル以上に『黒狼紳士』であることが望ましい。


なぜならそれがアリスの望みだから。


よってヒビキは街に出た際、なるべく本屋などによって『黒狼紳士』シリーズを入手し、読了して知識を蓄える必要が出てきた。


「……我ながらバカな事をしているなと認識はしているんですけどね」


アリスに優しくする事、それがこの世界に呼ばれた唯一の意味。


今でこそ強制力もなくなったが、ヒビキがこの世界にやってきた理由。


否も応もなく呼び出された自分がそんな律儀な生き方をする必要はないと思う。


もちろん自分の命など魔王の一存の元にあるというのは今でも変わっていない。


しかし魔王一族には良くしてもらっているし、なによりこの姉を家族として愛している事に変わりはないのだから。


すでにこの世界に来てからの方が、かつて自分が生まれた世界よりも長く生きている。


ふとかつての世界の事を思い出さないこともない。だが天涯孤独あった自分にすれば、憧れていた家族というものの輪に自分がいる今こそ、生きている喜びを見出している。


であれば、大切な姉の為に道化を演じるのもなかなか楽しいものだろうと、ヒビキは思う。


「あの顔を封印すれば、こんな事をしなくてもいいですけどね」


ただ、やっぱり面倒なことは面倒なのである。それとこれとは話が別というヤツだ。


スロット3のシーフフェイス『スカー』を使わなければそんな面倒をする必要はない。


だが思いがけず有用な人物との縁もできた。廃棄するには惜しい。


「まぁ、アレです。なるようになるし、なってしまえばなったなりになんとかなるでしょう」


刹那的楽観主義者特有の面倒事は未来の自分に押し付ける理論により、いつかやってくるだろう面倒事を心の隅においやってヒビキは時間を確認する。


壁に掛けられた時計は10時を示している。


「マッカランさんは正午すぎに迎えに来ると言っていましたし。どうしたものでしょうね」


ちなみに時間に関しては24時間に区切られている。


元の世界でもそうであったように、環境が似ていると、頭のいい人が考え付くことは似るのだろうかとヒビキは感心していた。


24時間制に関しては、かつての世界でも起源は大昔の天文学がどうという事を聞いたこともある。


この世界であっても、大昔の学者先生が何かしら同じような理由で導き出した計算なのだろう。


ヒビキにとってはどうでもいい事であり、今大事なの事はマッカランが来るまでに姉の仕度を整えるという事だ。


いつものカバンは宿において置く事にして、カバンの中から小さな肩掛けバックを取り出す。


その中に緊急用のポーションや小さな魔道具を放り込む。


着替えは国を出てきた時の一式を整えてある。


つまりヒビキが武道家でアリスがヒーラーだ。


アリスは茶色のワンピースに皮のベルト、皮のブーツと手袋、そして装飾のない木の杖。


ヒビキも草色のシャツの上に皮の胸当て、厚めの麻布のズボンにベルト、同様に皮のブーツと手袋をしている。


アリスが昨晩どこからか調達した古びた黒いマントに関しては、勝手に処分すると怒りそうだったので従業員に洗濯を頼んである。


ヒビキが購入した黒マントと革のグローブは、いつものカバンの奥底にしまっておいた。万が一アリスが見つけたら面倒な事になる。


装備や所持品を再度確認する。


あとはアリスを起こして着替えさせればいつでも出発ができる。


そんな時にドアがノックされた。


ヒビキがどうぞと声をかけると、女性従業員が黒いマントを持って部屋に入ってきた。


「し、失礼いたします。昨晩、お預かりした衣類をお持ちいたしました……」


「ああ、ありがとうございます」


ヒビキは洗濯してもらったマントを受け取る。


しかし女性従業員が退室する様子はない。


こちらを終始うかがうように視線をチラチラと向けている。


ヒビキは昨晩、アリスを留め置くようにとお願いしたものの、うまく抜け出されてしまったことに対しての後ろめたさかと察する。


それに関しては、騎士に同伴されて宿に戻ったとき、アリスの脱走に気づいていなかった男女の従業員が目をむいて驚き、平謝りされた。


ヒビキも直接アリスに強く言い含めたわけではなかったし、自分にも多くの手落ちがあったため、気にしないようにと謝罪を受け入れている。


というのに、女性従業員はそわそわと落ち着かない。


「……」


「……」


『あの』


二人が声をかけようと口を開いた言葉がぶる。


ヒビキと女性従業員がバツが悪そうにまた口をつぐむ。


このままではラチがあかないと、ヒビキが再度口を開く。


「あの、どうかされましたか?」


「……ええと、その」


口ごもりつつも、女性従業員が意を決したように疑問を口にした。


「昨夜戻られた際、そちらのお客様がおっしゃっていた事は本当でしょうか?」


「昨日アリスが言っていた事?」


何のことだろうかとヒビキは首をかしげる。


「……その……『黒狼紳士』に出会ったとおっしゃられていたように記憶しておりますが……」


「ああ」


確かに宿に戻ってもなお興奮がおさまらなかったアリス。


上気した声と顔で『黒狼紳士』に会えたと喜色を隠すことなく軽やかなステップで帰ってきた記憶がある。


「そのあたりを……もしよろしれば詳しく教えていただけないかと思いまして……ちなみにお客様ご自身はその時もご一緒でしたか?」


「……」


顔を真っ赤にしつつ控えめな態度で、ぐいぐいと距離をつめてくる女性従業員。


どうやらアリスと同好の士らしい。


魔族という圧倒的な存在と大地を供にしている脆弱な人間達。


そしてつい先日も黒竜という絶対的な脅威に脅かされたこの首都。


それでもなお、案外この世界は平和なのかもしれない


「残念ながら私は見ていないのです。姉が遭遇したという話ですから……そうですね、もうしばらくしたらマックと出かけてしまいますが、夕方には帰ってくると思います。夕食後にお茶でもご一緒にいかがですか? 姉にもそう伝えておきますから」


「本当ですか! ありがとうございます!」


ヒビキとしてはスルーでも良いのだが、同じ趣味の者同士の語らいというのは、なかなか機会を得られるものではないだろう。ヒビキにも己の過去に似たような経験を持つ。


アリスも喜ぶだろうしと、ヒビキは女性従業員にそう約束をして部屋の外まで彼女を見送った。


やがてアリスが思いまぶたを開け、着替えなどの準備をさせていると。


「おはようございます、マッカランです」


ノックと同時に、部屋の外からマッカランの声がかかった。


「お迎えにあがりましたが、準備などはお済みですか?」


ヒビキがドアを開けてマッカランを迎え入れる。


「こんにちはマック。今日はお世話になります」


ヒビキの頭を下げると、マッカランは笑顔で応える。


「今日()()お世話をさせていただきます。こちらこそよろしくお願いします」


微妙に違う言い回しにヒビキは笑う。絶対にこの縁を手放さないぞという強い意志を感じさせる。


無論、脅迫めいたものではなく、恩着せがましいわけでもなく、半ば冗談交じりだが、では残りの半分はというとやはり本気なのだろう。


「マッカランさん! おはようございます!」


「ええ、アリスさん。おはようございます。準備はお済みですか?」


日も半ばまで登っている時間のおはようございますという挨拶に笑顔で返すマッカラン。


「それでは参りましょうか。今日は登録だけの予定ですが、できれば両方の冒険者ギルドに回りたいと思っていますので」


「両方?」


ヒビキが疑問を返すと、マッカランはうなずく。


「はい、冒険者ギルドは二つあるんですよ。この中心街と東街に。まずは馬車で東街の冒険者ギルドへ参りましょう」




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