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老婆と孫達



「お父様達には内緒にしていましたが、ヒーラーになって冒険者のパーティーに参加してみたいのです!」


「知ってた」


「え?」


「なんでもありませんよ」


王妃に準備をしろと言われたが、何をどうすればいいかわからなかったアリスは、響が来るまでまだ見ぬ人間の街に思いを馳せてベッドで転がっていた。


そしてヒビキが部屋に入るなり飛び起きて詰めより自分の夢を熱く語る。


その内容はヒビキの予想に違うことなく百点満点で的中。内心やっぱり面倒だとは思いつつも、予想の範囲内である事には安堵した。ならば早速と具体案を形にしていく。


「具体的にはどうしたいんですか?」


「具体的? 具体的には、えっと、その……」


視線を宙にさまよわせて言いよどむアリスに響は単語を並べて行く。


「……自信過剰、されど仲間思いの剣士」


ピクリと反応して、驚いたようにこちらを見るアリス。


「暗い過去を持ったクールでニヒルなシーフ」


ピクピクッと反応するアリス。何か知っているのかとうかがう様子。


「人と魔、禁断の恋に落ちた天才魔法使い」


ピクピクピクッと震えつつも、真っ赤になって目をそらすアリス。


「そんな仲間を後方から癒す、異国からやってきた謎の美少女ヒーラー、アリエステル」


ゾクゾクゾクッと背筋をふるわせたアリスは自分の体を両手で抱きしめ、そのままポーっと恍惚の表情を浮かべた後、正気に返る。


「もう! ヒビキは意地悪です! お姉ちゃん怒りますよ!」


「はいはい、意地悪な弟ですいませんね。でもその意地悪な弟が同行しないと人間の街には行けませんから、ちゃんとこの弟の言う事を聞くように」


「わかっています!」


ぷんすか、という擬音を背景にしつつも、ヒビキには全部お見通しですね! と自分の理解者への賛辞も投げかけてくる。


親や兄達に趣味嗜好が知られるのは恥ずかしいが、双子のようにして育ったヒビキならばかまわない。むしろそこまで理解しているならば、準備にぬかりもないだろうと旅先への期待も上がってしまうアリスだった。


目的も再確認したし、それでは出発……と言うには、魔族が支配する土地と人間が暮らす街は遠く離れている。


まず雪と雷の降り止まぬ山々を超え、深く険しく森を抜け、さらに広大な砂漠を越えて、河に埋もれた森をかきわけ、再び山に登り……と、一応は陸続きながらも馬車などで気軽に行ける旅路ではない。


人間の街付近のダンジョンの最奥に配置してある召還陣により転移魔法も使えるのだが、消費される魔力も多く、さらに使い捨てとあっては非常時のみの使用とされているのも無理はない。


それでは非常時とは? ダンジョンの最奥、そこはつまりダンジョンをまかせられるほどの魔人が控えている場所。


人間たちにはダンジョンマスターとも呼ばれている屈強な配下達。そんな彼らの万一に備えての脱出手段として転移魔法は設置されている。前線指揮官の緊急脱出用というわけだ。


そして今回は姫とは言え、あくまで遊びの範疇だ。非常時とは到底言いがたい。魔王も溺愛する娘の為とは言え、魔族を統べる者として転移魔法は許可する事はなかった。


よって空路。飛竜の背中にカゴを乗せて遊覧飛行である。


荷物はさほど詰めないが、かさばらない高価な品々を軍資金として提供してもらっているので、路銀に困ることはないはずだ。


国宝級とまではいかずとも、魔力のこもったアクセサリは人間の街でどれほどの価値で取引されるか想像もつかない。


装備品に関しても安全の為、魔界産の一流品をと考えたがそれは見た目も性能も目立ちすぎる。


よって見た目は駆け出しが身に着けていそうな装備となった。


アリスは茶色のワンピースに皮のベルト、皮のブーツと手袋、そして装飾のない木の杖。


ヒビキも草色のシャツの上に皮の胸当て、厚めの麻布のズボンにベルト、同様に皮のブーツと手袋をしている。


服に関しては見た目のまま、何の変哲もないものだ。


ただしアリスの杖に関しては、ワケありで廃棄される寸前だったものを用意した。


ある意味でアリスでしか扱えないものであり、今回の状況において身分や正体を隠すという点では活躍してくれるはずだ。


「ヒビキ、これは素晴らしいです! まさしく駆け出しのヒーラーです!」


この装いにアリスのテンションは急上昇。 


今まではなんとなく半信半疑で、本当に人間の街に行かせてもらえるのだろうか? という疑問が完全に霧散したのだろう。


自分で願い出ておきながらも、やはりどこかで無理と言われるのではないかと勘ぐっていたようだ。


「あら、そういえばヒビキのジョブはなんですか?」


アリスと違ってヒビキは手ぶらだ。


「そうですね。剣士、シーフ、魔法使いは枠が埋まってますし?」


ぷいっと顔をそらすアリス。


「出自不明のヒーラー、そのおつきの武道家あたりで様子見をしましょうか」


「武道家! いいですね。ですがおつきとなると、その、怪しまれませんか?」


「ワケ有りムードが出ていいんじゃないですか? 冒険者とて皆が皆、清廉潔白というわけではないでしょうし。むしろそれっぽい過去を含ませておいたほうが自然かもしれませんよ?」


「……」


なにやら考え込むアリス。だが何らかの結論が出たのか、笑みを浮かべる。


「アリですね!」


アリだそうだ。


大方、ミステリアスな美少女ヒーラーというムードに酔っているのだろうが、反対されずに良かった。こんなあからさまにワケありっぽく活動すれば、少しカンのいい者ならすぐに気づくはずだ。


つまり金持ちボンボンのお嬢様が行楽気分で冒険者生活を体験したいとワガママを言って、護衛を兼ねた世話役の執事をつけたのだろう、と。


ヘタに怪しまれて、アリスがポロっと魔族と漏らしてしまう危険性を考えれば、珍奇か同情かの視線にさらされる方がマシだろう。


と、いうわけでヒビキは大き目の旅行カバンに当座の着替え、換金用の目立たない小物程度の装飾品を詰め込む。


一方、アリスは手ぶらであるが下手に荷物をまかせて紛失されるよりはとヒビキはあえて何も持たせない。伊達に長い付きあいではないのだ。




***




城の屋上、かつてヒビキが舞い落ちてきた召還陣が描かれていた場所には、王と王妃、三人の兄弟達が見送りに来ていた。


旅行カバンを持ったヒビキより先に屋上へ到着したアリスは、家族以外のとある人物を見て驚きつつも喜ぶ。


それは腰の曲がった小柄な老婆で、黒いフードから覗く顔はしわくちゃながらも優しい笑顔を浮かべていた。


「おばーちゃん!」


老婆を見るなり駆け寄るアリス。自分より小さな体を優しく抱きしめて甘える姿は昔から変わらない。


「おばーちゃんが送ってくれるの? お体は大丈夫?」


「ふふふ、アリスちゃんはいつも優しいわね。大丈夫よ、まだまだ娘達には負けませんから。ヒビキちゃんもご苦労様ね、しっかりアリスちゃんのお世話をしてあげてね」


「はい、微力を尽くす所存です」


ビジュアル的にも実年齢的にも年上のこの老婆には昔から大変世話になっている為、ヒビキは深く頭を下げる。ヒビキの中の序列としてはトップの存在だ。


王妃はあくまで好みの女性であるので、カッコよく接したいという態度である。もちろん王妃にも世話もなってはいる。しかし、元はと言えば彼らの都合で呼び出された自分としては雇用主と従業員という意識の方が高い。


つまりは美人上司が王妃であり、公私ともに世話をしてくれたのがお人好しで世話好き、たまに肉じゃがなどを差し入れてくれる下宿先の大家的存在、それがこの老婆である。


「先ほどもおっしゃられましたが、アリスと私をおばあ様が送っていただけるのですか?」


「ええ。初めてのアリスちゃんとヒビキちゃんの旅路だもの。他の誰にも譲れないわ。アリスちゃん、準備はいいかしら?」


「はい!」


もう待ちきれないという顔で手をあげて返事をするアリス。


「じゃあ、行きましょうかね」


老婆はそう言って、皆から少し離れると城の屋上の中央あたりへと進む。


そしてフードの被り部分を後ろへおろすと素顔が現れる。人の良い優しげな笑顔、その額には中ほどから折れた黒い角があった。


折れた角に魔力が勢いよくみなぎり始め、辺りには目もくらむほどの輝きを発する。


さらに輝きが増し、魔力が爆発したかのような風が舞い上がった一瞬の後、そこには巨大な翼を持った古竜がその巨躯を横たえていた。


この古き竜である老婆は、魔王と王妃の古き戦友でもあった。


アリスが生まれる遥か前に魔王たちと戦い、アリスが生まれる頃には魔王たちの戦友であり、アリスが生まれてからは、祖母のように可愛がっていた。


『さぁ、二人ともお乗りなさい』


竜の姿では言葉を発せ無いため、空気を魔力で震わせて言葉を宙からつむぐ。


「はーい!」


「お願いいたします」


アリスは慣れた巨躯をよじ登るようにして、ヒビキはカバンを抱えてホムンクルスの体による能力でその場から軽やかに跳躍。


二人が己の背に乗ったのを確認すると、球体の魔力膜が二人をつつむ。超高度を超高速で移動する二人が凍えないように、また落ちないようにするための措置だ。


『それでは行ってきますね』


老婆は見送りに来ている一族に告げて、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせる。


浮遊するかのようにその巨躯がゆっくりと浮かび上がり、ひときわ勢いよく羽ばたくと魔力をまとった暴風のごとき風を残して老婆は空高くへと舞い上がった。


魔力を帯びた突風から魔王は王妃をかばい、兄弟達は踏ん張る。


彼女にとってはただ飛び立っただけでこの力の余波である。老いたとはいえ竜、その中でも彼女こそが最強である事、いまだ健在である証拠だった。



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