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酒場での終着



「ギルドマスター?」


ヒビキは信じられないものを見るような目で、うめき声を漏らして輝く後頭部を見る。


「そうだ。西街にある職工ギルド。彼はその責任者だ」


「職工……職人という事か。冒険者では、ないと?」


「そうだ。彼自身も刃物の製造と研磨を生業としているが、その温厚な性格から人望もあってな。断りきれずにギルドマスターなどという役に収まっている」


「道理でいい体をしているわけだ」


冒険者ギルドのキルドマスターと言われても納得できる体つきではあるが、職人と言われてもやはり納得の体格でもある。


そもそも失礼を承知で言うと、全うな人間であるという事が一番ビジュアル的に落ち着かないのだが事実であるならばそういうものと納得するしかない。


彼自身も言っていたように、人を見かけで判断してはいけないという事だ。


「オレは職人から依頼を受けて素材などを買い付ける商人の護衛などを主に請け負っている。実は今日、この街に帰ってきたばかりでな。その仕事の完了報告で彼と会っていたんだ」


「ほう、ご苦労な事だな。大変な仕事か?」


「危険もない事はない。特に今回は瀬戸際だったが」


シトラスが何かに思い当たるように眉をしかめる。


おそらくスライムの事でも考えているのだろうとヒビキは予想する。


「野に居る腕のいい冒険者志願の若者と出会える幸運もある」


「……ほーう」


「本当は、その志願者の事を彼に報告するつもりもあったんだが、これではな」


いまだイビキをかく、むしろ音量をあげはじめたスキンヘッドの職工ギルドマスター。


「報告か。どういうつもりでだ? 冒険者志願なら職工ギルドは関係ないんじゃないのか?」


「冒険者ギルドに登録すれば冒険者となる。道理だし、知り合った若者もそう望んでいる。実は得意先である商人殿がその冒険者の後見すでにを買って出ているし、明日にでも冒険者ギルドへは登録に出向く」


「なら、余計に疑問だな。職工ギルドに登録すると冒険者にとって何かあるのか? ハゲマスターもオレを誘っていたが」


「……その呼び方はいい加減よせ。さっき受け取ったカードを見ろ」


ヒビキも自分で呼んでいて失礼であるなと思いながらも、自分の今のキャラ立てと勢いでやめるにやめられなくなっていた。


そこにシトラスが苦々しい声で苦言を投げかけてきたので、これ幸いとばかりにカードに目をやる。


「職工ギルドマスター。名をベンネヴィス、か」


「仕事絡みの連中からは親分やら親方やら呼ばれているがな。付き合いの長い職人連中からはベンとも呼ばれている」


「アンタは何て呼んでるんだ?」


「色々だ。個人的なつきあいもそれなりに長くはある。だが冒険者であるオレはベンとは呼ばない。職人同士での仲と縁があってこその呼び名だろう」


「義理堅いというか、面倒そうな考え方をしているな」


「性分でな。だがそれを他人に強いるつもりはない」


ヒビキはシトラスという男が同業者というもの対しては親密さを抱く一方で、他業者には距離を置くことで敬意を示しているように思えた。


実際、馬車で同行中、スライムという脅威を供にくぐりぬけた後のヒビキに対する態度は非常に好ましく友好的だった。


カルアに対しても砕けた雰囲気で接しているし、信頼関係も築かれているようにうかがえた。


だがマッカランに対しては雇用主と被雇用者という立場を堅持していたようだったし、商人殿と呼んでマッカランの名は呼んでいなかった。


「なら、オレもそれにならうか。じゃハゲ改め、この親分が仕切る職工ギルドに入るメリットは? オレはモノづくりなんてできんぞ」


「職工ギルドに登録すると酒場依頼での職人からの依頼が受けやすい。そうして顔をつなけば依頼もしやすくなる。酒場依頼というのはわかるか? 街の慣例のようなものだが」


「いや、よくは知らん」


「酒場の掲示板に依頼人が手書きで条件を張り出しておく。西街では当然ながら職人からの依頼が多いし、内容も素材絡みが多い。それを受けて良いと思った冒険者などが、直接報酬などを交渉する」


そこでヒビキはシトラスの言葉の矛盾というか、ちぐはぐな内容に疑問を抱く。


「……なぁ、疑問が一つある」


「なんだ」


「職工ギルドのマスターが誘っておいて、職工ギルドでは仕事の請け負いをしないのか?」


ヒビキのイメージとしては、ギルドがあればそこで受付のお嬢さんなどが依頼のやりとりをするものだ。


冒険者ギルドなどだと実力に見合った依頼を勧めてくれたりするイメージだ。


職工ギルドと言われると少し想像しにくいが、似たような感じではないだろうか。


「職工ギルドでももちろん仕事のやり取りはするんだが……」


シトラスがベンネヴィスの血色の良い後頭部を見ながら答える。


「皆が皆とは言わん……が、職人は書類関係をたいてい面倒くさがる。若い者はまだいいんだが、年配で腕のいい職人ほど昔の流儀をひっぱったりするからな。いわく、紙ぺら寄越してモノを頼むな、ツラ見せに来い、とな」


「ああ、なんとなく理解した」


「若い弟子を持つ職人であればそれらにやらせればいいんだが、そうでない職人もいる。そしてそういう職人の中にも腕が良い職人もいる」


「要するに年寄りが面倒くさがってギルドに顔を出さないと」


昔の流儀というあたり、昔はそういう書類がなかったのだろう。


かつての日本でも、そういった光景は多々あったなとヒビキは懐かしい記憶の中で共感する。


「そういう事だ。ギルドで仕事をしない分、手がすいている事もある。依頼料も気分で変わるから扱いにくい者も多いが……そういったトラブルもギルドマスターである彼が間に入ればある程度はな」


「正直、関わると面倒そうなんだがなぁ」


「だがさっきも言ったように急ぎの仕事を請けてくれたり、無理な注文もこなしてくれる事もある。職人との伝手というのは作ろうとしてもなかなか作れない。今回のように彼から直接の口ぞえで職工ギルドに誘われるというのは、最初からかなりの信用を得られる」


「ありがたい話なんだろが、やはり微妙な話にしか聞こえん……書類仕事が面倒とか、絶対に報酬とかでもめそうだ」


「……そういう事がまったくないとは言わん。だがそこは職人だがらな。何より信用を重視する。金銭絡みも約束した事は守る。だが良くも悪くも気分屋が多いのも事実だ」


聞けば聞くほど、まともな契約で仕事ができるのだろうかと不安になる。


だがヒビキとしては逆転の発想で、頑固者の職人からのクエストというのはアリスに紹介しても面白いかもしれないという思惑を抱き始めていた。


まともで王道なクエストは冒険者ギルドの窓口で紹介してもらえればいい。


だが、こういった厄介ごとがオプションでついてくるクエストこそ、アリスが望むような胸躍るドラマが生まれそうだ。


とりあえず、今のこの顔、スカーとしても職工ギルドと縁をつくっておき、折を見てその依頼の実態を把握をしておくのも損はない。


そうして職人からの依頼が面白そうであれば、後々、妹フェイスの時に、そ知らぬ顔で紹介してもらえばいい。


「……そうか、そうだな。ならば後日あらためて職工ギルドに顔を出すと伝えておいてくれ」


「ふむ? 一転してその気になったか」


シトラスがうかがうような視線をヒビキに向ける。


「もしかして主の為になるかもしれないしな。ま、その時は世話になるさ」


そうしてヒビキはようやく酒場を後にした。


ずいぶんと時間も経って、今はすでに深夜という時間帯。


「アリスは大人しく休んでいてくれるかな? おなか減って起きていたりしないだろうか」


宿の者には出て行こうとしたら、部屋で待っているように頼んである。


だが、もし起きて待っていたら、さぞ退屈しているだろう。


ヒビキは黒いマントをひるがえしながら、西街からアリスの居る中心街へと急いで戻るのだった。


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