酒場での祝着
うやむやというか、現代日本人の感覚よろしく、流れに身をまかせてしまったヒビキは歓喜と喧騒のるつぼと化している酒場の中で杯を傾けていた。
二人を運び込み、ウエイトレスに席を勧められ、座った丸テーブル。イスはヒビキのもの含めて三脚の小さめのテーブル席。
空いている二脚のイスには、赤ら顔の酔っ払いたちが入れ替わり立ち代り、めでてぇめでてぇおめでたいと連呼しつつ、乾杯して回っていたのだが。
今は、スキンヘッドの親分とシトラスが当然のような顔で座っている。
金を取った取らないという誤解から始まったケンカの最中であったが、気絶から醒めた酔っ払い親父が金貨はほっぺ傷のあんちゃんが祝儀でくれようとしたものだと証言。
スキンヘッドの親分は信じられないという顔をするものの、素面の親父も同意。
その真否を求められたヒビキも不承不承認めた。
「すまなかったぁ! オレの早とちりだ! 人を見た目で判断するなんて、オレは最低野郎だ!」
途端、スキンヘッドが艶やかな頭を深く下げて詫びを入れる。
ヒビキとしては、今の自分の顔はそういう目で見られる為に作ったものであって、実に目的通りであるのだが、いかんせん行動が伴っていなかった。
その為、絡まなくてもいいケンカを吹っかけ、思惑通り絡んでくれたスキンヘッドに頭を下げさせる結果となっている。
「こちらも悪かった。堅いブーツならばと貫通させるつもりはなく、けん制程度のものではあったが刃を向けた事を謝罪する」
シトラスも本気ではなかったものの、ナイフを投げつけた事を謝罪してきた。
こうも実直誠実に謝られては、ヒビキとしてもこれ以上イチャモンをつけてケンカ再開、という雰囲気でもないなと観念する。
そして、宴会の席にだらだらと居続けるハメとなっていた。
「で、兄ちゃん、名前は? この街には何をしにきたんだ?」
スキンヘッドの口から、酒臭い息とともに問いかけが放たれる。
「名前は……そうだな、スカーとでも呼んでくれ。何をしに来たかと言われれば、主の為に一仕事といったところだ」
「露骨に偽名だな……しかし、ふむ、主がいるのか?」
シトラスが意外そうに目を細める。
「これでも忠義の士のつもりでね。と、言ったら信じるかい?」
シトラスがふむ、と考え込むがスキンヘッドがタンとヒザを叩いてうなずく。
「兄ちゃん、ツラとセリフは荒っぽいが見知らぬとっつぁんに祝儀でポンと金貨を出せる気持ちのいい男だ。オレは信じるぞ!」
金貨を祝儀に出したというのがよほど感じ入ったのか、スキンヘッドのヒビキへ好感度がずいぶんと上がっている。
「よしてくれ。オレは係わり合いになりたくなくて、金を恵んでやってとっとと立ち去りたかっただけだ」
言葉に棘を飾るものの、ヒビキとしては逃げたい一心でお金を置いていこうとした、それは事実だ。
「聞いたかシトラス。こういうヤツがまだいるんだな。祝儀は出す、感謝はいらん、あげくすぐに立ち去ろうなんて、まぁ格好いいじゃねぇか!」
バンバンと背中を叩いてくるスキンヘッド。
「なぁ、スカーよ。この街にどれくらいいるのかは知らんが、後見になってくれる商人なんかのアテはあるのか?」
「あるわけないだろ、着たばかりだ。それに商人なんぞの世話にならなくても金はある」
「金か。まぁそうなんだろうが、何か目的や成したい仕事があるなら、商人とのツテは必要だぞ」
さきほどヒビキが主の為に一仕事と言った事を言っているのだろう。
「だが、これもなんかの縁だ。オレのトコに来るなら部屋も仕事も紹介してやるし、何か必要なものがあれば仕事の見返りに用立ててやる。一応、この西街では顔役なんだ」
スキンヘッドがニヤリと笑って、手を差し出してくる。
「はっ、なにさせられるんだかな」
ヒビキはその握手を無視して肩をすくめた。
「気が向いたらでいいさ。その気になったら尋ねて来い。日中はたいていここにいるし、道はそのあたりのヤツに聞けばいい。誰でも知ってる」
スキンヘッドが名刺のようなものを渡してくる。
「紹介状みたいなもんだ。それがないと会うだけでもなんだかんだ手続きがいるからな。なくすなよ」
「へいへい、親玉ともなると面倒事が多いな」
「……」
返事が返ってこない為、視線を向ければスキンヘッドは丸テーブルにつっぷしていた。
「おい? おーい?」
揺すってみるヒビキ。
「フゴ……ブゴゴコッ……」
気持ち良さそうなうめき声は発せられたが、理解できる言葉は返ってこなかった。
ヒビキはシトラスへ問いかける。
「さっきまで喋ってたのに、一気に潰れたな」
「彼はいつもそうだ。限界直前まで潰れる兆候がないが、突如、糸が切れたように酔いつぶれる」
「付き添いは大変だな。しかしこの親分、やたらとオレに構うが何でだ?」
イビキをかいて机につっぷした光る後頭部を眺めながら、ヒビキはシトラスに問いかける。
「ふむ。スカーよ、お前の行動は彼の男気の琴線に触れるところがあったしな」
「そんなんで悪党の親玉がつとまるのかねぇ。アンタも悪党の一味なんだろ?」
さりげなくヒビキはシトラスの素性を探ろうとする。
ヒビキとしては信頼できる冒険者と思っていたシトラスの素性を明かしておきたい。
場合によっては、今後アリスに近づけさせたくないからだ。
シトラスは、ふむ、と考え込み。
「皮肉や冗談でそう言われる事はあるが、面と向かってそう言われると……やはり少々心外ではあるな。特に彼は見た目こそ荒くれ者だが、彼を慕う者、頼るもの、愛するもの、この西街には多くいる」
「ってことは……良い悪人?」
ヒビキの中ではかつて見た映画に出てくるような、義理人情に厚いヤクザのようなものかと想像する。
ただ、ヤクザという概念を上手く説明できる自信がなく、良い悪人、などという表現になってしまった。
「やはり誤解というか、どこかで何かを吹き込まれたか? 彼は悪人ではないよ。立派な人格者で、勤勉な役人だ」
「……や、くに、ん?」
ついつい口調がおかしくなるヒビキ。
スキンヘッドの容貌から、おそらく最もかけはなれた職業は、神父、役人、医者、あたりだろうか。
しかしシトラスはその三つの一つ、役人と言った。
「彼はこの首都に四人しかいないギルドマスター、その一人だよ」




