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案内されるお一人様


前世ではマンガかドラマでしか見たことのないセリフを、まさか異世界で自分が使うことになるとは。


巻き舌で威圧感を出すようにして、相手をにらみつつセリフを吐き出す。


ぶつかられた男はヒビキを見るなり頭をさげた。


「ああ、こらゃぁどうも、申しわれない」


ヒビキ以上の巻き舌、というより、ろれつが回っていない口調で謝罪する。


「あ、うん、いいえ、こちらこそ」


期待していないリアクションにヒビキも素で応えてしまう。


すると店の中から、その男の仲間らしき者が出てくる。


「おい、アンタ!」


お仲間はヒビキを見るなり駆け寄ってくる。


仲間思いな友人が、今度こそケンカを吹っかけてくるかと思いきや。


「すまないな、なんか迷惑をかけたか! コイツの娘な、明日結婚するってんでな、みんなして深酒しすぎたんだ! 素面なのはオレだけなんだよ!」


「ああ、それはその……おめでとうございます?」


「おお、ありがとうよ、ありあとうよ!」


最初にぶつかられた男がヒビキの祝辞に礼を返す。


「アンタも呑まないか! 祝ってくれる人数は多いほうがいい、なぁに代金はコイツ持ちだ!」


「そうら。アンタものんれいってくれえ! 娘の話を聞いていってくれや!」


これは長くなると察知したヒビキは、すぐに退散の構えをとる。


「いえ、その、私は用事がありますので」


「そう言わず、一杯だけでも、な、な、な!」


「そうらそうら、にはいでも、たくさんでも、いっぱいだ!」


酔っ払いと素面の二人組みに、酒場へ誘い込まれそうになるヒビキは抵抗する。


「すみません、本当に用事があるので……ああ、そうだ!」


ヒビキはさきほど店主から釣りとしてもらったサイフ代わりの革袋から金貨を取り出す。


「宴会に参加はできませんが、私からのお祝いです。お納めください」


「お、すまないな……って、こりゃあ金貨じゃないか!」


「きんか! きんかなんてとんでもねぇ、とんでもねえ話だ! いただけねえよ!」


ヒビキが差し出した金貨を、二人がかりで押し返そうとする酔っ払いと素面の二人組み。


店先の段差で、押し合い、譲り合い、差し出しあいで、三人が絡まった結果。


「おおう!」


酔っ払いが派手に転倒し頭を打って気絶。


「おいおい、大丈夫か? おわっ」


手を差し出した素面も、バランスを崩して後ろへ転倒して気絶。


「……えっと」


金貨を持った手を宙に浮かしたまま、ヒビキがどうすればいいのかと辺りを見回していたところ。


「おい、兄ちゃんか? このあたりでケンカを売り撒いてウロついてたってのは?」


後ろからかかった太い声に振り返ると、いかにも悪党のボスですといったスキンヘッドで筋骨隆々の男がこちらをにらんでいた。


スキンヘッドの後ろには一人、仲間もいる。


「その金、そいつのか? ……娘が結婚するってんでな、金を用意してるとは聞いていたが……まさかそんな金を取り上げるクソみたいなヤツがここらにまだいるとはな」


スキンヘッドの頭の中で、ヒビキは乱暴を働き、大金を巻き上げた悪者となったようだ。


だが、あえて勘違いを正しはしない。


今、地面に転がっているような人のいい二人組みのオッサンたちではなく、こういうのを待っていたのだから。


「はぁ? この金がこのオッサンのものだって証拠でもあるのか? そもそも、アンタはなんなんだ、急にしゃしゃり出てきて……アンタこそ、この金が目的か?」


いや、正しはしたが、正す気はない。


せっかく悪党のボスっぽうのがてできたのだから、このチャンスを不意にするのはもったいない。


「……オレの顔を知らんとは。よそ者か」


「お友達が多いのが自慢か? 仲良しグループのお誘いってんなら生憎だ。ご遠慮させてもらうさ」


ヒビキはチンピラっぽいセリフがスラスラ出てくる自分に驚きつつも、こういうのもいいよね、と楽しんでいた。


「ふむ。なかなか活きがいいな」


スキンヘッドの仲間はヒビキの知った顔だった。


「……アンタもそこのハゲのお友達かい?」


「ふむ。ま、そんな所だ。世話になっているからな」


シトラスの意外な一面にヒビキは少しだけ困惑しつつも、表情には出さないように注意する。


「それで? ハゲとそのオトモダチが何の御用だ?」


スキンヘッドの男が軽く首をならしながらヒビキをにらみつけて口を開く。


「お茶にでも誘いに来たと思うかい?」


「オレはそれでも構わんぞ。なんなら歌でも歌えよ、拍手くらいはしてやるさ」


シラトスが無言のまま手にしていたナイフをヒビキへ投げつけた。


狙いは右足の甲。


ヒビキは右足をすばやく後ろに引き、不敵に笑う。


「おいおい、いきなりかよ……って、おいおい!」


スキンヘッドの拳がヒビキの顔面に迫っていた。


それを首を横そらしてかわし、カウンターのようにして拳を返す。


が、スキンヘッドもそれを同じようにして回避すると、互いに距離をとった。


「ゴロツキにしてはいい動きだ」


「髪がない分、そっちのが身軽かもな」


「ほざけ」


再び殴りかかってくるスキンヘッド、その動きに合わせてシトラスが石つぶてを投擲してくる。


ナイフではないのは、誤ってスキンヘッドが負傷しないようにだろう。


ヒビキが加減してまだ手を出していないとは言え、三人がそれぞれ激しく動きつつも誰も負傷しないという膠着状態になったところで。


「おお、なんだなんら!」


不意に目を覚ました酔っ払いが急に起き上がった。


「うお、あぶねぇ!」


三人はその近くで争っており、起き上がった酔っ払いにぶつかりそうになったスキンヘッドがそれをよけようと無理やりに体をひねる。


しかし大きくバランスを崩し、まだ気絶したままの素面の方へと倒れこんだ。


「ぐへっ! うぼあ!」


素面は思い切りその腹にスキンヘッドの頭突きを受けて、盛大に胃の中のものを吐いた。


「汚ねぇ噴水だな……」


シトラスが眉をしかめる。


「うおっ、あぶなっ! うげ!」


スキンヘッドと殴り合いをしていたヒビキは、その吐瀉物を必死に回避したものの、よけた先には別の客が吐いた汚物が溜まっていた場所であり、結局は盛大にブーツを汚していた。


「おーい、どうしたー、ってなんだこりゃあ!」


「とっつぁん、大丈夫か、おい、そこの! そうそう、ほっぺにキズのあんちゃん! 手伝ってくれや!」


「ごめんなさいね、この親父さんね、娘さんが結婚するってんで。呑むわ、泣くわ、笑うわで、もうてんやわんやなのよ」


騒ぎを聞きつけてきた酒場のマスターやウエイトレス、友人であろう客達がそれぞれの介抱をする。


勢いに負けたヒビキは、再び気を失った酔っ払いの親父と素面の親父の二人組みを左右に抱えて店内へ運び込む。


すぐに退散しようとするものの、二人を同時に運んだのがウエイトレスの目に留まった。


「あら、お兄さん、見かけは細いのに力あるのねぇ。ささ、せっかくだし飲んでいってよ。お酌するわ、マスター、お一人様ごあんなーい!」


結局、ヒビキは酒場に留められて宴会に参加となった。


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