店先で暴れる無法者
中心街ではあまり見ない人相の悪い男に、道行く人々は距離をあける。
西街にいそうな風体の男は、夜も営業している小さな防具屋に入ると目に付いた黒いマントを物色している。
そのうちの一つを身に着けると、姿見で全身を確認している。
「何か……不具合がございますか?」
防具屋の店主が試着をしている客に、おそるおそる問いかける。
風体で言えば無法者、といった雰囲気しかない。
茶色の長髪を首の後ろで無造作に束ね、薄笑いを貼り付けた三十路の男。
特に右頬を横に走る切創が目を引く。
そんな輩には早々に消えて欲しいものの、今の所は問題を起こしていない客を追い払うことはできない。
だが、帰ってきた答えは店主を驚かせた。
「いえ、品質を確かめているのではなく、今の私に似合うかどうかを確認しているだけですのでお気になさらず」
容貌に似合わず、丁寧な言葉で返って来た答えに店主は驚きつつも、疑問に思う。
今の私? とは?
まるでその姿が自分の者ではないかのような言葉だったが、深くは考えない。
客の素性を探って良い結果になったことなど一度もないからだ。
だが、この胡散臭い格好の男が歓迎せざる客でもないと判断した店主は商魂たくましく、別の話題を振る。
「そちらのお品、お客様によくお似合いかと思います。加えて、こういったものもございますがいかがですか?」
店主が取り出したのは、黒い革の指貫グローブだった。
「魔狼の皮をなめした逸品でございます」
「……いかにも、私に似合いそうな手袋ですね」
「左様でございますとも」
店主から受け取った男はニヒルな微笑みを貼り付けたまま、グローブをはめる。
「マントとお色目がそろっておりますし、スマートなお客様がお召しになられたその姿、まるで黒豹のごときシルエットでございますね!」
店主の舌にも油が回る。
男もまんざらではないらしく、その手で拳を作ったり広げたりしている。
「それでは、こちらも頂いていきましょう」
「ありがとうございます! マントとグローブ、あわせまして……」
それなりの値段を提示する店主。
さすがにやや緊張気味に伝えたものの、男は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
これは手持ちが足りない顔だなと店主は察するが、別段ふっかけているわけではない。
もともとマントだけでも売れれば良いし、グローブは少し欲を出しただけだ。
だがずいぶんと気に入っているようだし、まけろとか、ツケておけ、と言われると少々厄介かと、接客スマイルを崩すことなく店主が客の言葉を待っていると。
「申し訳ないのですが、持ち合わせがないのです。代わりに、こういったものでは売っていただけませんか?」
男は懐から小さな革袋を取り出す。
そこに指を差しいれて何かをつまみ出すと店主が座るカウンターへと転がした。
「……これは、見事な」
「小粒ですが、なかなかのものでしょう」
店主がマジマジと見つめるそれは、赤い透明の石がはめられた指輪だった。
美しくカットされた石と、精緻な装飾が彫られた金のリング。
雑に換金したところで、かなりの高値である事は間違いない。
「……これは、そのどういったルートで?」
盗品でなければ、の話だが。
「……?」
一瞬、それがどういう意味かわからなかったのか、男は首をかしげ。
すぐに、ああ、と笑って。
「盗品などではないですよ。とは言え、それを信じてくださいというだけでは信じられないかもしれませんが。今、私はこんな姿ですが、それなりの家に仕える者でしてね」
「さ、さようですか。その家のお名前などは……?」
「……私、あまりおしゃべりは好きな方ではないんです」
「し、失礼しました!」
やはり客の素性を探っても良い事などない。店主はつい好奇心に負けて口に出た言葉をあわてて取り消す。
「ですが、仮にこちらの指輪でお支払いいただくとしても、その、ずいぶんとお値段の釣り合いがとりませんでして」
「言ったでしょう。持ち合わせがないんですよ。できれば、釣りとしていくばくかの貨幣を頂ければと思いまして」
「さ、さようですか、なるほど、さようなご事情ですか……お釣りといたしましては、ううん……」
「そうですね。あまり噂にされても困りますし、口止め料を差し引いてもらって、ほどほどの額で結構ですよ」
店主は考える。
この指輪、自分が見る限り本物の石だろう。
そう、本物の魔石。
魔水、魔木、魔草など、ダンジョンに在ったそれらに魔力が宿ったものの一つだ。
本物の魔石を代価として支払われれぱ、釣りに金貨を出しても余裕で大もうけだ。
だが万が一、魔石でなかったら?
男は魔石などと一言も言っていない。よって、もし魔石でなくとも詐欺ではない。
そして何かしらの理由で、口止め料を取ってもいいと言っている。
あやしい。
だが諦めるのは惜しい。
本物であったら、この商機を逃したことを一生後悔すると確信している。
買い取った後、どこかで鑑定した後に鑑定書とともに店に並べれば、店としても商人としても箔がつく。
店主は覚悟を決める。
「かしこまりした。こちらの指輪、私の見立ててでは……」
そこからマントとグローブの代金を引いて、店主は男に高級宿でも十日は泊まれるほどの大金を出した。
ここで値切って万一にも男がマントとグローブを返すといわれては元も子もないので、適正価格から口止め料を引いた額を男に提示する。
「ふむ、そのあたりですか」
男は提示された金額に驚くことも、また不満を述べることもなく、うなずいていた。
「では、その額で結構です。よい取引でした」
男が握手を求め、店主がそれを応えた。
そしてマントとグローブを身につけ、店主にもらった革袋に銀貨と金貨をつめこむと、男は店を出て行った。
店主は、額に浮いていた汗をぬぐい、手元に残った指輪を見る。
「偽物だったら、母ちゃんにブン殴られるなぁ」
妻にはまだ話せないなと、いつ鑑定に持って行くか考える店主だった。
***
何気なく入った小さな防具屋で、思いの他、良い掘り出し物を見つけたヒビキは上機嫌だった。
加えて、換金用のアクセサリを売却して貨幣を手に入れる手間も省けた。
さっきの防具商人が適正価格で取引したどうかに興味はない。
それほど貴重ではないアクセサリで、それなりの金額が手に入れば充分だ。
ヒビキは自分の手を見る。
「指貫グローブ。いいね、懐かしくも痛々しい若き日の頃の思い出」
別にビジュアル目的で作られたグローブではなく、完全に作業用に作られたグローブであるが、どうしてもヒビキの場合は前世でのイメージが先行する。
「黒豹とか店主も言っちゃって。ああ、この顔の時の名前、考えてなかったなぁ。どうしよ」
調子にのって、右頬に傷跡までつけてしまったコレは、完全に無法者フェイスだ。
ならばスカーフェイス、略してスカーとでも名乗ろうと思うが、パンサーも捨てがたい。
などと考えつつ、どれほど歩いただろうか。
気づけばヒビキは西街へと足を踏み入れていた。
西街と言っても、区画がそうだからといった急に様変わりするわけではない。
奥へいくほどに、次第に明かりが減っていき、喧騒より怒号が多くなり、床に汚物が目立つようになって行く。
「うーん」
ヒビキはそんな西街を徘徊するように歩く。
暗がりでたむろしている、人相の悪い男達がヒビキを見る。
ヒビキはそれを、わざとにやけた表情で見返す。
だが、そうすると相手が目をそらす。
思った以上に、今のヒビキの顔は威圧感があったのだ。
ヒビキとしては、ケンカ、トラブル、どんと来いくらいの勢いで、西街の治安の悪さのロケハンに来ている。
しかし実際、ケンカを売られるどころか、にらみ合いすら発生しない。
ならばもっと荒れていそうな所はどこだろうかと考える。
すぐに視界に入ったそこへと向かう。
酒場だ。
今も酔っ払いが店先で吐いたり転んだりして騒いでいる。
これ幸いにとヒビキは酒場の店先へと近寄り、酔ってよろめていた男にわざとぶつかった。
「おいぃ、どこに目ぇつけてんだぁ?」
ヒビキは小悪党をイメージしたセリフを吐きつつ、絡まれ待ちから、絡みに行く側へと回ることにした。