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城下町を巡る田舎者


「それではお部屋にご案内いたしますね」


若い女性の従業員が、ヒビキとアリスの案内をする。


二人が案内されたのは、中央のスロープ付きの階段を登り、左に曲がったの最奥の部屋だった。


「もとは四人部屋ではありますが、お二人でお使い頂くよう申し付けられております。御用の際にはテーブル上のベルを軽く振っていただければ、すぐに参ります」


広く日差しの入り込む部屋。


中央にある花で飾られた丸テーブルには、赤いリボンが結ばれた銀色のベルが置いてある。


「これを?」


小さなベルだ。とても部屋の外や階下まで届くとは思えないものである。


「はい、魔法が付与されたもので、そちらを振れば対になるベルが共鳴いたします。対のベルは我々共の控え室にございますので」


「なるほど。ではその際はよろしくお願いします」


インターホンのようなものらしい。


「はぁ、そんな便利ものがあるんですね。私も一つ欲しいです!」


アリスがそれを聞いて、しげしげと眺めている。


ヒビキは魔王城では四六時中、自分か他の誰かが常に近くで控えていたアリスには必要ないだろうと思う。


「高価なものと聞いておりますし、そもそも数が市場に出ていないそうですよ」


従業員がそんな説明を足してくれる。


そんな部屋をあてがってくれたマッカランは、よほど自分達をかっているのだなとヒビキは再認識する。


「他に何か御用がなければ、私は控えに戻らせていただきますが」


「そうですね。体を拭く湯をいただけますか?」


「後ほど、すぐにお持ちいたします」


「あとは……」


アリスの様子をうかがうヒビキ。


「アリス、そろそろ夕方ですが食事はどうしますか? 外で? こちらで?」


「ええと、えっと……ヒビキにおまかせします」


外に食べに行くか、宿でとるか、その二択、どちらも捨てがたかったアリスはヒビキに選択を投げる。


「ではこちらに運んでいただくことは?」


「承りました。お時間はどうされますか?」


再びアリスを見ると自分のお腹をさすり、すぐにでも、という顔をしている。


「ではすぐに。メニューはおまかせいたしますが、少し多目でお願いします」


「ではそのようにいたしますので、少々お待ちくださいませ」


お辞儀を一つ残して退室した従業員。


「どんなメニューでしょうか! わくわくしますね!」


「まぁ、ともかく湯を待ってから着替えましょうか。ずいぶんと汚れていますし」


「シャワーやサウナはありませんか?」


やはりの体の汚れが気になるらしく、サッパリ落としたいという気持ちはあるのだろう。


「どうでしょうかね。その辺りはまた明日、マッカランさんに聞いてみましょう」


その後、運ばれてきた湯でアリスを洗ってやり、カバンから取り出した夜着に着替えさせる。


程なくして運ばれてきた食事は、肉中心でかなりボリュームのあるメニューであったが、アリスはすべてをたいらげた。


「大胆な味付けと組み合わせでした! とても美味しかったです!」


スープ無し、野菜無し、あるのはパンと肉と量、という若い冒険者向けのメニューだったが、それが斬新だったらしい。


腹もふくれ、旅の疲れもあったアリスは久方ぶりの柔らかいベッドに転がると、すぐに寝息を立て始めてしまった。


「……そこそこ長い道のりでしたしね。今夜はゆっくりと休んでもらうとしまして」


ヒビキはようやくスタート地点にやってきたなと、窓の外を確認する。


すでに日は沈み、月と星が街を照らしている。


街路には魔法の街灯が立ち並び、まるで以前の世界の繁華街のごとくきらめいている。


飯と酒を頼む人々の姿も多くあり、都会の夜という雰囲気だ。


「さて、ではアリス。大人しく寝ていてくださいね」


ヒビキは音を立てることなく部屋を出る。


部屋を出て階段を降り、一階のラウンジに出るとさきほどの女性従業員がロビーのカウンターに立っていた。


「お出かけですか?」


「ええ、連れはもう休んでいますので、もし私を探して外に出てきたら部屋で待っているように伝えて下さい」


「かしこまりました。それでヒビキ様はどちらへ?」


「田舎から出てきましたし、少し都会のこの街を見て回ろうかと。参考までに治安の良くない場所というのはありますか?」


「そうですね。この城下町は他と比べるまでもなく治安は良く、時にこのあたりの中心街は深夜でも安全ですが……西街あたりはやや不安が残るところですので、若い女性がお一人で出向くのはおすすめできません」


「わかりました。西ですね」


ヒビキは礼を言い、宿から出る。


「中心街がここで、四方に展開された街があり、北からやってきたから……


ヒビキは自分達が入ってきた北の門の方向を見て、ぐるぐると体を回転させると。


「西はあっちか」


と、迷い無く歩き始めた。


明日は冒険者登録というビッグイベントがあり、そちらの司会進行はマッカランにまかせるつもりだ。


今夜の偵察はいつかの為のロケハンである。


「……かといって、さっきも言われたけど若い女一人で出歩く街というものもないなら、ちょっと不自然かな」


西の街は治安の悪さもあって、若い女性は出歩かないという。で、あれば。


ヒビキは酔っ払いの喧騒で溢れる表通りから、少し陰になった裏通りへ入る。


「周りに人影は無し」


周囲に人がいないのを確認すると、手鏡を取り出して顔を揉む。


「アリスの妹フェイスをスロット2に記録。スロット1を呼び出し」


ホムンクルスの機能のうちである外観設定。


現状の姿を保存していつでも呼び出せるように、わかりやすい自己暗示をかけておく。


実際はスロットなどというものはないが、あくまで自分がわかりやすいように声に出して確認しているだけだ。


ではスロット1には何が記録されているかというと。


「……ふむ。見ていなかったのはせいぜい数日ながら、自分の顔というのはやっぱり落ち着くもんだ」


アリスの妹になる前の顔、デフォルトヒビキフェイスである。


「黒髪はやっぱり目立つだろうし、髪は茶色にしとくか……目も茶色でいいだろ」


適当な色で髪と瞳を変化させておく。髪もやや長髪にして首の後ろで紐で束ねる。


身長もやや高め、185センチほどに設定。厚い筋肉質というより、やや細身の俊敏そうな体系に変えて行く。


最初は簡単な変装で済ませるつもりが、それなりに時間をかけた傑作となった。


「……うーん、いかにもクールでニヒルなシーフ系」


デフォルトヒビキフェイスにあった、お人好し感の柔らかい雰囲気は霧散し、鏡の中には頬の刀傷のある若い男の顔があった。


目つきも悪く、軽く微笑めば口元には底意地の悪そうな笑いが浮かぶ。


「悪くない。ニヒルシーフでスロット3に登録」


元々、男女で共用できる服と装備だったため服装は問題ない。


「けど、できれば身を隠すマントっぽいのが欲しいな。シーフらしく」


ヒビキはそのまま表通りへと舞い戻り、装備品を売る店を探しつつ、西へと向かった。


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