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マッカランの道案内


ヒビキとアリスがマッカランに連れられて、しばらく歩く。


その間にもマッカランに挨拶をする者は多く、親しまれている人物だという事がよくわかる。


「マッカランさんは、お知り合いが多いですね」


ヒビキが言うとマッカランは、特定分野の方々に偏っていますがね、と笑う。


つまり商売相手である冒険者か、その関係者という事だろう。


「この街は共生関係により相互に利益が循環しています。冒険者無しでは我々の商売は成り立たず、我々がいなくては彼らの物資調達にも支障がある」


「冒険者を中心した商業都市という事ですか」


「……お年に似合わず、商人のような語り方をされますね」


「色々と仕込まれていますので」


とっさにそんな嘘をつくものの、ヒビキという存在がアリスの護衛という事を察しているだろうマッカランはそれを深く追求しない。


「おおむね、おっしゃるとおりです。だからといって商人同士も仲良くお手手つないで、というわけにはいきません。商材が異なればともかく、商売敵となればね」


「商人の多くは手駒になる冒険者を欲している理由ですか」


途端、マッカランは嫌そうな顔をする。


「これは誤解があります。少なくとも手駒という感情はどの商人も持ち合わせていません。悪徳とか強欲、そう言われる商人ですら冒険者には敬意を払います」


「商売敵の冒険者の妨害などは?」


「それこそありえませんね。そんな事を考えるならば、その商売敵が雇っている冒険者をどう引き抜くか、を考えるでしょう」


商人が冒険者に敵対するとなると、それは余程の事情がある時だろうとマッカランは言う。


「冒険者の仕事を邪魔するという事は必ず自分の商売に悪影響を及ぼします。冒険者の方々からすれば、雇い主が違うだけの仲間や同僚、時には戦友の邪魔をさせるという事ですから」


ヒビキは納得する。


商売人達は商売上の対立をしていても、冒険者達にその感覚はないと言うことだろう。


むろし今までの会話から、冒険者は同業と協力し尊重するような関係なのかもしれない。


「ですから商人達は平和的な方法、すなわち報酬や待遇など、よりよい条件を提示して優秀な冒険者を奪い合っています」


「でしたら、お金があればたくさんの優秀な冒険者を雇える、むしろ占有できるのでは?」


マッカランは首を横に振る。


「金額だけで雇い主を変える冒険者だけではないんですよ。冒険者は命がけの職業ですからね。義理や人情、恩義や貸し借り、そういった心情的な動機で動く冒険者は多い。優秀であればあるほど、そこに上りつくまでに世話になった商人もいるわけでして」


ヒビキが思っている以上に、この異世界は情緒に溢れているらしい。


「ですから、困っている冒険者がいれば即座に援助を申し出る。その時にはまだ頼りなくとも、いずれ成長してくれるまで援助する。商人の基本ですね」


青田刈りのごとく、援助の貸しを作り、恩義も売っておくという感覚なのだろうか。


「正直、最初はマッカランさんにお会いした時は、あまりに都合のいい話を持ってこられて胡散臭いとか、騙されているのか、と疑ったものですが」


「そんな余裕のある話ではないですね。私達にとっては死活問題に直結する部分ですから。特に今回は、ヒビキさんが魔眼の持ち主という前情報もありましたし、必死になるのも当然ですよ」


リクルートというのは、どの世界でも難しいようだ。


しかし、そんな助け合いが基本となっているような世界であると、酒場で暴れる冒険者などいないのではないかと不安になってしまう。


今も好奇心を道にばらまきながら、首がもげるような勢いで辺りを見回しながらついてくるアリス。


彼女が望むようなアクションが減ってしまうのではないだろうか。


やはり酒場で歩いている時に、先輩冒険者に足を突き出され、それを蹴っ飛ばしてケンカを買うというお約束が望めないかもしれない。


そんな事を考えながら進む道中で、必要な日常品や雑貨などはどうされますかとマッカランが問いかける。


ヒビキとしては必需品はカバンにそろえてあるし、屋根を確保しそこに案内してもらっている今、特に必要なものはない。


「後ほど自分達で物見遊山もかねてまわってみます」


「それも良いと思います。このあたりは治安も良いですし、城の兵士の方々や騎士の方も巡回もされています」


確かにちらほらと冒険者とは明らかに違う、統一された装備に身を包んだ兵士が、数人のグループでいる姿を見かける。


その効果もあるのか騒動などはないし、兵士が何やら街の人間の手助けをしている光景もあった。


「ああ、到着しました。こちらが私が色々援助をしている宿、『花の彩り亭』です」


二階建ての大きな石造りの宿屋は、城をデフォルメ化したようなデザインになっていた。


白い壁のそこかしこには、花のレリーフが掘り込まれ着色されている。


ヒビキの感覚でいうと、テーマパークなどでカップルが好みそうな装飾過多の施設だというのが率直な感想だった。


だがしかし。


「素敵ですわ!」


真っ先に反応したのはアリスだった。


手を胸の前で合わせ、祈るような仕草のままうっとりとしている。


「ヒビキさんは、さほど、という感じですが。お姉さんには好評のようですね。多くの若い女性には満足頂ける宿ですよ」


「いえいえ、素晴らしい宿だと思います。それに姉が満足ならそれだけで充分ですから」


マッカランの姿を認めると、宿から何人からの店員がやってくる。


「こちら、私の大切なお客様……いえ、友人ですから、丁重におもてなしを」


マッカランがヒビキを見て、わざとらしく言い直す。


ヒビキもそれに応えるように。


「マックにはここに来るまでお世話になりました。今日からは宿の方々にもお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」


「ヒビキさん……」


あえて親しみを込めてマックと呼ぶと、マッカランが今までで最も良い笑顔になる。


マッカランからすれば魔眼持ちの見目麗しい若い女性冒険者志願との強い伝手ができたという所であり。


ヒビキからすれば、ちょっと呼び方を変えれば好感度が稼げるならば、という下心がある。


ただ、どちらも互いを有用で相互利益のある関係、かつ人間的にも好ましいと認め合っている健全な関係である。


ヒビキからすれば自分をもっと高く買ってくれる商人を探すこともできるが、正直、面倒くさい。


マッカランであれば確実に色々と面倒ごとを代わってくれる。


その上、冒険者らしい仕事も振ってくれるのであれば、わざわざ自分でそれらを探しにいく手間も省けるのだから。


一方で、宿の店員達は面食らっていた。


今までも宿の持ち主であるマッカランがツバをつけた冒険者を連れてきた事は何度もある。


だが今回は明らかに冒険者には見えない、美しい姉妹を連れてきたのだ。


という事はつまり。


「オーナー、あの彼女達のお部屋は……その、他の者たちには内密というアレですか?」


年端もいかない、それも姉妹を自分の宿に囲おうとしているという誤解が生まれているとすぐに察したマッカランは、普段は店員に見せることのない焦った顔で否定する。


「は? いや、いや、いやいや? 彼女達は冒険者志願でやってきた方達ですよ。明日、私が同伴して登録に向かいます」


「あんな……子たちが、ですか?」


「あんな子たちが、ですよ。冒険者を見た目で判断してはいけない、そんな例のお手本みたいな方々ですがね」


マッカランの物言いの内容を優秀な店員はすぐに理解し、アリスとヒビキを信じられないような目で再び見つめる。


「二階の二人部屋を用意してください。食事などはご希望を聞いて。なければおまかせします。費用は私が持ちますと支配人に伝えておいてください」


「わかりました」


店員はすぐに仕事にかかるべく、店に戻り指示を出しに行く。


残った店員はヒビキの持つカバンに手を差し出したが、ヒビキが自分で持つと礼を述べながら断り、マッカランとともに宿の中へと入って行く。


『花の彩り亭』は外観と同様に、内装も白を貴重とし、所々に花が飾られている。


ただし、こちらはレリーフではなく生花であり、かすかな花の香りが宿の客をもてなしていた。


「それでは私はこのあたりで一度、店に戻ります。明日、冒険者ギルドにご案内しますが、おそらく昼食後頃になると思いますので」


「わかりました、よろしくお願いいたします」


「あ、よろしくお願いしますね!」


宿の入り口を飾っていた生花の香りをかいでいたアリスも、あわててマッカランに頭を下げる。


「いえいえ。道中、お互いに大変でしたし、今日はゆっくり休んでくださいね。何かご希望のものがあれば宿の者に遠慮なく申し付けてください」


スライム遭遇時の気絶仲間のアリスに対して、マッカランは優しい笑顔を向ける。


ヒビキには別れの握手を交わし、マッカランは宿を出ていった。


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