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マッカランの店先で


そうして馬車はマッカランの持つ店の一つへと進む。


街の中心へ向こうほどに人と活気が増えて行く。


さらにそれらが増えて行く中で、馬車の速度がようやく落ち始め。


「ああ、見えてきました、あちらです」


何台もの馬車が係留された、二階建ての大きな店が見えてきた。


多くの店員と客が店を行き来しており、ずいぶんと繁盛しているようだった。


「立派なお店ですね。すごく繁盛しているようですし」


「ありがとうございます。一応、私の持つ店の中での本店ですね」


ただ客の多くは物々しいというか、物騒な装いというか、平たく言うと。


「冒険者相手のお店ですか?」


「ええ。装備品と消耗品の売買を主にしています。他にも必要なものであれば何でも調達します。言ってしまえばなんでも屋ですね」


ヒビキはうなずく。


こういった商売であれば、商売敵を出し抜いて貴重な品を確保できる冒険者というのはノドから手が出るほどの縁かもしれない。


「……しかし。これほどのお店のご主人であるマッカランさんがわざわざ自分であんな危険な道のりを?」


ヒビキはいくら護衛にシトラスとカルアの二人をつけていたとしても、狼の魔獣や、ましてスライムなんて魔物が出る危険な道をなぜ本人がと疑問に思う。


マッカランはある程度予想していた質問なのか、すぐに答える。


「祖父のいいつけでしてね。商才だけでは評価されない理由があるんですよ」


「なにやら複雑そうですね」


「ええ、まぁ。お話ししてもさして面白い話でもありませんし」


それ以上は話す気もないようで、マッカランは別の話題を振る。


「ともかくお疲れ様でした。馬車を留めて店の者にいくつか指示を出したら、すぐに宿にご案内をいたしますので少々お待ちくださいね。私は後ろの二人と軽い打ち合わせをしてきます」


マッカランの馬車に気づき、店から飛び出してきた店員達が誘導を開始する。


手綱を店員にまかせたマッカランはヒビキにそう告げ、幌の中へと入って行く。


ヒビキは御者台から飛び降り、馬車の横について歩きながら辺りを見回す。


「これが帝国。首都。この地に転生させられて、初めての人の街、かぁ」


ヒビキは自身でも、言いようの無い懐かしさのようなものを感じていた。


「どちらを見ても、人、人、人、たまに馬、また人、人、人、と。角が生えたり羽が生えた人や馬はどこにもいない」


それまで魔人の国で過ごしていたヒビキにとって、故郷に戻ったような感覚がある。


かつての人生で見たことのあるような衣服、料理、風俗、生き物など。


「魔族の国も外見以外は対して違いがあるわけでもないけど……懐かしいって感じるあたりやっぱり心は人間なんだな、オレも」


集団生活の規律にそって暮らしているという点では、魔族の国もさほど違いがあるわけではない。


魔王を頂点とし、三人の王子がそれぞ指示された地域を支配し、そこに住まう魔族の民を脅威から守り、代価として魔力を献上させる。


脅威というのは主に魔物だ。


かつて神魔戦争という時代では、戦女神と激しい戦いを繰り広げていたそうだが、現在、そういった存在は立ち去って久しい。


よって現代では、魔人でも対処に困るような存在、主に魔物が脅威となっている。


魔族と魔物というのは字面的に似ているであるが、まったく異なる。


スライムもそうだったように、総じて魔物は好戦的で捕食欲求が高い。獰猛とも言い換えられる。


魔獣との違いは生き物ではない事。


魔獣は元となる生物が存在し、魔力の影響などで突然変異した個体が繁殖したりする事で脅威となる。


だが魔物は発生からして謎だ。


魔力の濃い場所から自然発生するとも言われるし、どこからか召喚されているのではとも言われているし、様々な説がある。


もしかしたらどれもが正しくないかもしれないし、どれもが正しいかもしれない。


ともかく、魔物という存在は脳や心臓があって、というものではない。


だが活動体としての弱点がないわけではなく、例外なく魔結晶というものを内包しており、それを砕けば活動を停止する。


スライムも同様であの透明な体のどこかに魔結晶を内包している。


魔結晶は魔力を循環させる機能があると言われていて、魔物が魔力を持つ対象を特に捕食しようとするのは、活動エネルギーを摂取するためではないかとも言われている。


てっとり早いのが共食いであるため、魔物同士の争う姿は珍しくない。


「魔結晶か。でも、よく見えなかったな。魔結晶を狙って一撃粉砕っていうのはなかなか難しそうだ」


ヒビキはそのあたり知識程度にしかない。スライムを実際に見たのも初めてだった。


よくよく見れば一匹目の血で濁ったスライムはともかく、二匹目の透明なスライムであれば魔結晶を視認できたかもしれない。


たが、雨の夜、かつ不意に急接近された状態で、という条件では難しかった。


「実戦というのは妄想で無双するのとは違うって事だね」


今までは安全な魔王城の中で、アリスの世話をするだけの日々だった。


書籍などで異世界の見聞をと思い、色々と読んでいた頃に魔物に関しての知識も仕入れた。


だがアリスの供として実際に自分の目で見てみる、肌で感じてみると、やはり現実は違うものだ。


「割りと自分も楽しんでるカンジはするけど、目的はあくまでアリスのバースデイだからな。しっかり段取りしてあげないと」


ヒビキは自分の立場と役割を思い起こし、なによりアリスへの親愛の為にも少しでも早く準備を始めたい。


運よく、街に詳しい親切な商人や冒険者と縁もできた。


ただ予期しなかったのは自分が女性になり、アリスの妹として立場が確立してしまった点だ。


謎のヒーラーとおつきの武道家という設定はすでに彼方に吹き飛んでいる。


少なくとも、マッカランなどの前ではそう通すしかないだろう。


「アリスがそれでいいというのならいいか。当初からして設定だけで、進行のプロットがあったわけでもないし」


やはり行き当たりばったり。


しかし、ここからの予定としては、お約束かつ絶対に外せないイベントが目白押しだ。


「冒険者が利用する宿や酒場でひと悶着、それを華麗に解決。冒険者ギルドでその騒動が話題になり、期待の新人と目を付けられる。場合によってはギルドマスターが出てきて直々に何か試験とか……」


ああ、北の砦の隊長には冒険者ギルド宛に一筆したためてもらったものもあったな、と色々と想像を豊かにするヒビキ。


「ヒビキさん、お待たせいたしました。今から宿へご案内します」


いつの間にか足を止めて考え込んでいたヒビキに、マッカランが店の前から声をかけてくる。


すでに店の者にいくつかの指示を出し終えていたようで、店員たちの動きがさらに慌しいものになっていた。


アリスも降車し、マッカランの店を興味深々といった顔で覗き込んでいる。


その足元にはヒビキの大きなカバンが降ろされている。


シトラスとカルアは何事か相談しており、時折、うなずきあったりしていた。


「ああ、すみません、よろしくお願いします」


ヒビキは彼らの方へと向かい、すぐに宿への案内してもらう事にした。



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