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異界の国のヒビキ


魔王城、謁見の間。


ちなみに魔王城というのは正式名称ではない。


しかし通りが良いのと、正式な名があまりに長く、魔王一族ですらまともに覚えていない為、皆が魔王城と呼んでいる。


そんな魔王城でも最も豪奢にて巨大な扉の前に、執事姿の青年が立っている。


その黒髪と黒い瞳は魔族であるならば誰しもが憧れる色だった。


特に彼の持つ黒はこの城の主である王族のように吸い込まれるような深い昏さではなく、濡れた黒羽のように艶めいており異性でなくとも目を奪う。


陳腐な言い方だが、いわゆる絶世の美男子と言っても過言ではない。だがそれに相反して表情に艶はない。


不機嫌そうに、面倒そうに、だが諦めたような顔でため息を吐く。


「アリスの誕生日。謁見の間に呼び出し。それでも何も起こらないはずもない、か」


彼がうなずくと、控えていた門番が扉を開ける。


玉座には王と妃、その背後に控える三兄弟。


再びため息をつくと、彼は扉をくぐり謁見の間へと進み出た。


「ヒビキ、よく来た」


王が労いの言葉で迎え、王妃もまた微笑みを浮かべる。


――山崎響。


それがかつての彼の名前であった。


であった、というのはずいぶんと過去の話であるし、そもそもこの世界で名づけられたものではない。


彼は誕生日プレゼントであった。


もうずいぶんと昔の話、ある幼い女の子の誕生日。


人形とぬいぐるみをたくさん抱えながら彼女が両親にねだったのは同じ年頃のお友達だった。


護衛に囲まれ、メイドに世話をされ、親兄弟に庇護されて。


ゆえに同じ目線で、同じ口調で、同じ視点で共に過ごせる者はいない。


不憫に思った魔族の王と王妃はその莫大な魔力を費やし、お友達を用意する事とした。


だが寿命の長い魔族、されど成長も遅い彼らにとって、同じように成長する年頃の友人というのは難しい。


しかし娘の魔力と同期したホムンクスであれば、寿命の問題は娘が存在する限り提供される魔力によって永久に稼動する。


成長という見かけの問題も条件付けや制御しだいで可能だろう。娘の身長や体重にあわせて変化させれば良い。


だが魂だけはどうにもならない。


ホムンクルスは本来、簡単な命令を埋め込み労働させる意志無き生産力だ。よってそこだけは外から持ってくるしかない。


当初は魔族に近しい精霊などを候補に挙げたが、それではやはり護衛かメイドにしかならない。


必要なのは対等の存在だ。


娘が願うのは、共に笑い、時にケンカをし、仲直りをするお友達だろう。


お友達というよりは、双子の兄弟のような存在が良いのかもしれない。


何でも話せる、秘密を共有できる、時にいたずらもする、そんな無二の存在が望ましい。


姉妹より兄弟としたのは単純に護衛の役目も兼ねたいという親心だ。


王が魔族と対等になる存在はないかと頭を悩ませていた時、人間の街でこっけいな夢物語として描かれる『勇者』を思い出した。


『勇者』とは魔人と拮抗する力を持つ人間たちの最強の剣。


しかし勇者は実在したかと言われると、アレがそうだったかな? コイツがそれっぽいかな? という具合で確信するほど強力な者はいなかった。


だが人間界には多くの勇者の物語が存在する。詩人や作家たちの食い扶持というと夢はないが、それらの中には多種多様な勇者がいた。


例えば、女神の加護を受けた特別な存在。これは絶対にありえない、という話でもない。


例えば、竜種との混血による亜人。竜は番の相手により姿を変えられるため出産も産卵も可能だ。魔族とでも人間との間にでも子をもうけることもできる。


例えば、異世界から召喚された人間。特殊な力を持ち魔族をたやすく葬り去る異形。これは……さすがにありえない。人間どもの願望が捏造した存在だ。


だがこの異形がもし存在するのならば魔族を恐れず接するのではないか? 


敵対する可能性も考えたが、そもそも前提として異世界の我々が最初から敵というのもおかしな話だ。


やはり人間が都合よく妄想してた存在の証拠とも言える。


だが、なんの根拠もないところからそのような妄想が産まれるだろうか? やはり何かしらの存在があり、それが元になっているとすれば……。


すでに思考が煮詰まっていた魔王はくすんだ思考でぼやけた計画案を王妃に話す。


いつもであれば冷静な判断力で王妃は一笑に付したであろう。


だが王妃もまた愛娘の願いを叶えるべく思考の沼に陥っており、結果、莫大な魔力が対象もあやふやな召喚術に費やされる。


城の屋上という巨大な場所を埋め尽くすような召還陣の中央には、用意されていたホムンクルスの素体がある。


王と妃は考える。魂をどこから持ってくるかは決まったが、どういう魂を持ってくるか、だ。


あまり条件を絞ると消費する魔力は高くなり成功率は下がる。対象になる魂がなければ魔力を失って失敗するだけなのだから。


よって唯一無二、絶対に外せない条件としてただ一つを設定する。


その条件は、姫に優しい魂、であった。


そうして暗雲を切り裂くように天から落ちてきた魂こそ、現代日本からホムンクルスのソフトウェアとしてインストールされたのがヒビキである。


王はまず名をたずねた。


彼は混乱した様子を隠すことなく、反射的に名乗る。


「ヤマザキ ヒビキ、です」


と。


「姓があるならば人間であれば貴族か。ふむ、悪くは無い。無作法な野蛮人などを娘にはべらせたくはないしな」


そして王は笑い。


「ヒビキ、わが娘アリエステルに優しくする事を命ずる! でなくばその体、爆散すると心得よ!」


と、これまた膨大な魔力を素体に込めて一方的な魔法爆弾を埋め込んだ。


奇しくもこの日は山崎響(35歳独身)の誕生日でもあった。




***




そんな雑な転生? からそれなりに年を重ねたと思う。


だが魔人というのは成長が遅く、アリスと同期して成長するこの体の生育もゆっくりだった。


こちらに来て少なくとも二十年は経っているとは思うが、いまだ見た目は二十代にも満たない。せいぜい高校生くらいだろうか。


転生の事情も聞いたヒビキとしては、衣食住が高水準で保障されている生活に満足していた。


対価として、可愛らしく将来は美しく成長するであろう姫の世話をするというものであるから不満もない。


最初は脅しから始まった姫接待な生活も、フタが開けばマンツーマンの保育士さんであった。


問題は巨大な権力を持つモンスターペアレンツかと思いきや、どうにも転生の際は色々と大変で精神的にも衰弱していたのか思考力も低下しており、正常な時の彼らはまっとうに接してくれていた。


脅しと共に込められた魔力も普段はストックしておき、ここぞという時の為の魔力ブースターとして扱えるようにしてもらった。爆発はしないそうだ。


ならば問題なし、異世界ライフを満喫しよう、となるのだが。


アリスが成長するにつれて、こちらの仕事が、保育士さんから、家庭教師、そうして専属執事の仕事に変化するようになってきた。


可愛らしく微笑ましかったわがままもだんだんと達成難易度が上がってきている。


そういった背景もあり、今回のアリスの誕生日は厄介ごとに違いないと確信していた。


などと、なぜ今自分がここに立っているのか、過去を思い出してぼうっとしていると怒声が響く。


「聞いているのかヒビキ!」


「聞いていますよ、大兄様」


「お前に兄と呼ばれる筋合いはない!」


相変わらず声の大きいロリコンだと顔をしかめつつ、ヒビキはは考える。


謁見の間に呼びだされ、ヒビキが聞かされたのはやはりアリスの誕生日にかかわる厄介ごとだった。


しかも今回は人間の街に行きたいという。王達はその細かい目的までは把握していないようで、ただの見物くらいにしか思っていないのだろう。


ヒビキは姫専属の執事という立場上、アリスの趣味や嗜好を知っている。


むしろ、聞いてもいないのに日ごと夜ごとに本人から色々と聞かされている。


最近はファンタジー小説……いや、この世界はでは現実の人間の街での冒険譚にハマっていた。


本棚にはそれらが溢れるほどだったし、なんなら本棚の奥に隠された男同士の恋愛要素が多分に含まれる本がある事も把握している。


「アリスがなぜ急に人間の街に興味を持ったのかはわかりませんが、ともかくそれが誕生日の願い事なのですよ。ヒビキには思い当たるフシなどありませんか?」


比較的、当たりが柔らかく話の通じる第二王子の疑問に響が答える。


「小兄様、アリスは少し前から人間の書籍に触れており、それで実物に興味を抱いたのかもしれません」


実際はけっこう前から腐り始めていましたが、と小声で補足する。


「つーわけで、ヒビキはさぁ、姉様に毛ほどの傷一つつける事なく護衛してお世話しろって話だよ?」

「左様ですか」


ネコを被る必要がないので素の悪魔顔でヒビキに命じる三男に、ヒビキもまた中指を立てて応える。


この仕草の意味は伝えていないが敵意はしっかり伝わるらしく、無言で殴りかかってきた三男のぐるぐるパンチを頭をおさえつけてスルーする。


ヒビキの立場は非常に難しい、と言うよりも存在がややこしい。


生粋の王族ではないが、王女の『お友達』としての役割を求められて作り出された超高性能なホムンクルスの素体に、出自もよくわからない魂が込められた見かけは少年以上青年未満の人間の容貌をした強力な人造魔人である。


純粋な王族として他の魔族の者への支配権や命令権はないが、王族の一員である事は魔王が認めているため、魔王以外には誰にも支配されず、また命令をされる事もない。


魔王一家に対しての立ち位置としては単純に年齢順、つまり第一王子を大兄様、第二王子を小兄様と敬称し、双子の扱いであるアリスに対しては同等であるが、生まれの経緯もかんがみた響自身が自分は弟であると一歩引いている。


第三王子に対しては言葉遣いだけは丁寧にしつつも、生意気な弟に対する兄のような態度を取ることにしている。


このポジションに至るまで色々と問題もあったが、なるべくしてなった立ち位置でもあり、納得していない者もいるが現状維持がアリスにとって最も良いだろうという理解が皆にある。


つまりこのような雰囲気とやりとりが魔王一家の日常であった。


「して、ヒビキ。今回のアリスの願い事。仔細どう考える?」


兄弟達の口を手をあげてふさぎ、王が問いかける。


ヒビキはまず間違っていないであろう予想を口にする。


「人間の街で冒険者気分を味わいたい、というのが本音でしょう。アリスは最近その手を本を愛読していましたから。より詳しくというならば、ヒーラーあたりになって見かけも可愛らしい装備に身を包み、冒険者のパーティーに参加してみたいという具合でしょうか」


ただ人間の街を見物するというよりも遥かに面倒な願い事だった為、王が手で目を覆う。王妃も常に美しい微笑を浮かべている顔をかすかにゆがめて唸った。


「……叶えてやれるか?」


王の言葉にヒビキは肩をすくめて笑う。


「あの手の英雄譚では……冒険者ギルドに登録、パーティーを組む、ダンジョンに潜る、待ち構える難敵を討伐する……というのがお約束です。ある程度それに沿えばアリスも満足することでしょう」


娯楽として楽しむならばホ○要素メインかもしれないが、実体験となればヒーラーになって姫プレイがしたいんじゃないかなーとアタリをつけている。


ほどほどに美形の冒険者と組んで、ほどほどの討伐依頼でもこなせば目的達成となるだろう。


「アリスの乳兄弟というだけでヒビキちゃんにはいつも苦労をかけるわね。必要なものがあれば何でも言ってね」


「ありがとうございます、王妃様。わが姉であり、王妃様のご息女の為とあればこのヒビキ、いかなる難題もこなしてみせます」


紳士として淑女に対し深くお辞儀をして答える。


王妃は山崎響(独身35歳)の精神にとってはドストライクの女性であった。


無論、魔王の嫁さんに手を出す気もそんな度胸もないヒビキであるが、美人を特等席で眺められて会話もできるというだけで大満足なのである。


彼は前世でも今世でも女性に対して奥手であり初心であった。


ヒビキは退室すると、その足でアリスの部屋へと向かう。


まずは正確な聞き取り調査だ。アリスが何がしたいのかを把握しなければ準備もおぼつかないのだから。



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