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マッカランと城下町



ヒビキ達を乗せた馬車は、やがてレンガで舗装され始めた街道を進み始め、城壁で囲まれた街へと到着した。


帝国、城下町。


高い壁と、多くの兵士に護られた頑強な囲い。


それは他国からの護りであるとともに、魔獣や魔物への防備でもある。


もっともどれほどの壁であろうとも、それを歯牙にもかけない存在が上空を通過して大騒ぎになったばかりだが、そんな例外さえ除けば今だ不落の壁である。


馬車は四門あるうちの一つ、北の門へと進んでいる。


城壁の周りには掘があり、跳ね橋がかけられている。


その跳ね橋を守るようにして、物見やぐらや簡易な宿舎があり、多くの兵士の姿がある。


彼らは城下町へと往来する者たちの素性や荷物を検めている。


すべての門にはこのように検問がしかれている。


陽が落ちて橋が上げられてもなおここに残り、城壁外周の警戒、巡回、護衛要員としての任務についている。


検問には多くの人々が並んでおり、マッカランも馬車を操ってその最後尾へと並ぶ。


「ずいぶんと人が多いですね」


「今日はまだ少ない方ですが、それでもやはり時間はかかります。毎度ながら、この時間は損をしたような気分になります」


御者席でヒビキが人の多さに漏らした感想に、マッカランがため息を漏らして肩をすくめる。


雨で足が遅くなれば損をした気分になるという彼の性分だろう。


「ちょっと大変でしたしね。早く休みたいところです」


スライム遭遇で気絶した後、目覚めた時はやや恐慌していたが、やはり商人というのは気合がなければつとまらないものなのか、すぐに正気に戻っていた。


それを思い出したのかマッカランは一点して良い笑顔になる。


「今回は色々と災難も重なりましたが……それゆえに得がたい幸運にも会えました」


「幸運ですか?」


マッカランはヒビキの顔をじっと見る。


「スライムとの遭遇を、ちょっと大変、と言ってのける冒険者志願者と縁ができたことですよ。ぜひとも今後も良い関係を維持したいと思っております」


「ああ、いえいえ、こちらこそ。何せ田舎者ですから、色々な手続きや面倒を見ていただくのはとてもありがたいです」


両者の思いはともかく、現状ではどちらも損をしない関係だ。


ヒビキも詳しい話をするつもりはないが、ある程度の手伝いで煩雑な作業から解放されるならば願ったりだ。


やがて検問の列は進み。


「お、若旦那じゃないですか。北の砦への補給に出てたそうで。いつもご苦労様で……」


検問をしていた兵士は顔見知りのようで、御者席のマッカランに気さくに声をかけて、ふといぶかしげに隣に座るヒビキを見る。


「若旦那、そっちのお嬢ちゃんは?」


「砦でお会いして一緒にやってきました。冒険者志願の子ですよ。幌を検めた時にもわかりますが、彼女の姉も動向しています。私が保証人になりますので」


「……へぇ、こんな年で」


「元は砦の隊長が先に知り合った方達でしてね。紹介状を一筆頂いています」


「ほお、あの北の隊長のお目がねに叶ったんですか。将来有望なんでしょうな。我々兵士としても優秀な冒険者はありがたいし、若旦那が囲ってくれるってんなら信用もできる」


「囲うと言われると語弊がありますが、まぁ、良いお付き合いをお約束して頂いていますよ」


そうして馬車をとめて二人のが会話をしている間に、別の二人の兵士が幌の中を検めるために顔を覗かせる。


「確かに知らん顔の若い娘さんがのってるが」


「お嬢ちゃん、冒険者志願なんだったな?」


カルアの横に仲良く座り込んでいたアリスが笑顔で答える。


「はい! 冒険者が夢で遠くからやってきました!」


勢いよく立ち上がり、お辞儀をするアリス。


マッカランが良い関係を望むような屈強な冒険者には見えない以上、別の何かがあるだろう。


少なくとも自分達の仕事はそれを聞き出すことではなく、初めて顔を見る彼女と御者台の若い娘が危険人物か否かだけだ。


「カルアさん、そのお嬢ちゃんに何か問題は?」


カルアは笑い、兵士に向かって首を振る。


「何かと言われても……私も会ったばかりだし。少なくとも素直で良い子よ。素性はマッカランさんが保障するのならいいんじゃないかしら?」


確かにカルアに聞いても返答に困るだろうと兵士も理解を示し、目視で幌の中に怪しいものがないかを確認する。


砦の補給物資を届けた帰りというだけあって、幌の中はがらんとしている。


一点、目を引くのはやや大きめなカバンがあり、それを尋ねるとアリスが私達の着替えや荷物が入っています! と返答が返ってくる。


それを検閲するのは仕事だと思うし、するべきなのだが、カルアの目がやや厳しい。


若い女性の着替えを入ったカバンをそこそこ年のいった男二人が、中をあさるというのを暗に非難している。


むろん仕事だからと理解はしているが納得はしないぞ、という威嚇の目だ。


兵士達とて、一点でもアリスやヒビキという姉妹に不審な所があればカルアの視線など無視してすぐにカバンを検めるものの。


「まぁ、若旦那が保証するそうですしね」


「若いお嬢ちゃん達の着替えを、我々の手で触れるのはしのびない」


お手上げと降参した二人の兵士。


さきほどマッカランと話をしていた兵士もそうだが、冒険者とはなるべく不和を起こさず、良好な関係でいる事が互いの利益ともなる。


カルアも兵士達が任務の中で許されるギリギリのところまで気配りしてくれたことを理解している。


「紳士ね、素敵よ。今度酒場で会ったら一杯おごるわね」


と、礼を言う。


兵士達も楽しみにしてるよ、と挨拶を返して幌の天幕を閉じて戻っていった。


検問を終え、馬車はゆっくりと跳ね橋の上を歩いて行く。


やがて城門をくぐり、街へと歩を進めると、一気に人の活気が溢れているのを肌で感じる。


雑踏と喧騒の中、大声で張り上げられる客寄せの声。


遣いに走る子供や、荷物を運ぶ男達、飾り立てた女性、巡回警邏している鎧姿の兵士。


いななく馬や、転がる馬車の車輪の音。


様々な料理の香りが道に満ち、光り輝く貴金属を扱う店も並ぶ。


老若男女、すべてが活気に満ちた場所だった。


「さすが首都、という事ですかね。ずいぶんと賑やかです」


「いえいえ。この辺はまだ街の端ですからね。中央に向かうほどもっと活気が出てくる。もっとも中心部は貴族の生活圏になるから大人しくなるのですが」


マッカランは街の舗装された広い道を、ゆっくりと進んで行く。


「すごいですわね! 人がいっぱい、見たことのない物もいっぱい!」


幌から御者台へ顔をのぞかせたのはアリスだ。


「ヒビキ! 私、あのお店に行ってみたいです!」


あそこあそこと指差す先には、肉を炙っている屋台。


「食事でしたら、宿についてすぐ用意させますよ」


マッカランが優しく告げる。


「まあ、それはありがとうございます! あ、いえ、それはとても有難いのですが、あの料理も食べてみたいのです!」


ヒビキはマッカランに耳打ちする。


「……お嬢様育ちでしてね。見るものすべてが新鮮なんです」


マッカランも小声で返す。


「それはわかっていましたが、だからこそああいった料理は向かないのでは? お口に合わないでしょう」


「本人はそれでもかまわないと思います」


「まぁ、それでしたら。通行のさまだけになるので、馬車は止められませんから……シトラスさん、よろしいですか?」


幌から顔を出しているアリスの後ろで、苦笑したシトラスが馬車から身を翻す。


そして屋台で何本かの串焼き肉を買い求めると、走って馬車を追いかけて軽やかに幌の中に戻ってきた。


「そら嬢ちゃん、ご希望の串焼きだ」


「まぁまぁまぁまぁ! ありがとうございます!」


満面の笑顔で受け取った串焼き肉を見つめる。


上に掲げたり、横から見たり、下から眺めたり。


嬢ちゃん、冷めるぞ、と言いつつシトラスはカルアにもすすめる。


「カルア、お前も食うか?」


「ええ、折角だしもらうわ。ね、私の為にも今度からそうやって買ってきてくれる?」


「勘弁しろよ」


やがてシトラスが御者台にいるヒビキとマッカランにも串を持ってきた。


「すみません、姉がわがままを言いまして」


「いいさ。ヒビキとは死線をともにくぐった仲だ」


スライムとの遭遇から、シトラスのヒビキに対する空気はずいぶんと柔らかいものになっている。


もともと友好的ではあったが、さらに打ち解けた感じがする。


「シトラスさん、すみません、こんな事まで」


「それもいいさ、商人殿には世話になってるし、これからも世話になるつもりの身だし」


「ええ、それはもちろん。こちらこそお願いします」


皆が肉をかじりながら、馬車が街の中の舗装道を進む。


再び二人になった御者席で、マッカランが思い出したように隣のヒビキに顔を向けた。


「お二人にはこれからの行き先と予定を告げていませんでしたね」


ヒビキがうなずく。


漠然とした予定は想像しているが、具体的にはすべて投げ任せていた。


それくらいにはマッカランを信用しているが、説明されるならばとヒビキも体を向けて聞く姿勢をとる。


「まずこの馬車を私の商会の一つの店に戻します。その後、徒歩で滞在に必要な品を買い求めつつ、私の懇意にしている宿屋をご紹介します」


「ありがとうございます。ええと、冒険者登録はどうすれば?」


申し訳なさそうにマッカランが答える。


「私も戻ったばかりですと、いくつか片付けたい雑事がありますので。申し訳ありませんが、ご案内は明日でよろしいですか?」


「もちろん。すみません。急かしたつもりはないのですが」


「ええ、わかっています。それに宿で旅の疲れをゆっくりとっていただくのもよいかと」


ヒビキはちらりにと後ろの幌の中で、カルアと仲良く会話を弾ませているアリスを見る。


スライムとの邂逅から数日、幌馬車があるとは言え、初の野宿で何泊かした後だ。


常に笑顔なのは変わらないが、相当の疲れもあるだろう。


案内を明日にしてもらって、今夜はゆっくりというのもむしろ良いかもしれない。


国元から急な出発で何の準備も段取りもできなかったが、人の縁、それも良縁というのはありがたいものだとマッカランを見てヒビキは思った。


「なんですか、私の顔に何か?」


「いえいえ。ありがたい縁だなと」


「こちらこそ、ですよ。ここだけの話、初めてお会いした時は見た目からとても砦の隊長がおっしゃるような剛の方とは思わず、内心最初は侮っていました。お詫びします」


「この見た目ですから。姉に似て可憐でしょう?」


自分で言うか、とマッカランは思うものの、ああ、これは遠まわしに姉を褒めろと言っているんだなと悟る。


「ええ。お姉さんに似て可憐でお美しいですよ」


「そうでしょうとも」


女性の機微に聡いことも一流の商人である条件だ。


マッカランはまだ少女といえる相手でも、けっして油断せず言葉を選んだ結果は大正解だったようでヒビキの機嫌は実に良くなった。


のん気な空気に包まれた御者台の一方。


「か、かったい、かたいですわ! ですが、これが、これが串焼肉! あついっ、かたいっ!」 


串を両手でしっかりとホールドしつつも、可憐な小さな口で懸命に肉にかじりついているアリスの姿があった。


シトラスはすでに食べ終わり、カルアも自分の肉にかじりつきつつアリスの健闘を優しく見守っていた。


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