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神託の巫女の告解


その日、シーバス=ブレンデッドは睡眠不足による頭痛を抱えながらベッドから這い上がった。


「うう……」


装飾に派手さこそないものの、つくりのしっかりとしたベッド。


充分な広さを持つ部屋は、細かいところまでしっかりと清掃が行き届いていた。


無味乾燥にならないように、それでいて華美ではなく慎ましい装飾品、例えば絵画や小さな像などが配置されている。


窓から差し込む朝日を恨めしげににらみつけ、手早く身支度を整える。


ここはいつも寝起きしていた小さな教会の屋根裏ではない。


モタモタしていると、今にも……。


「ノストラダ様、お目覚めでしょうか。ノストラダ様?」


ドアをノックすると同時に部屋の外からメイドの声が届く。


「い、い、ま、今、起きました!」


「さようですか。でしたらば失礼してもよろしいですか? 身支度のお手伝いなどを……」


「だ、大丈夫です、ございます!」


「さようでございますか。では、ここでお待ちしております。お急ぎにならずとも結構ですので」


そんな事を言われてお急ぎにならない度胸があるならば、こんなに睡眠不足になっていないとシーバスはこぼしつつ、衣装を整える。


美しい額にはめられた曇りの無い鏡で自分の姿を確認し、母譲りの美貌に向かって呪詛を吐く。


「なんで私がなんで私がなんで私が……」


着たばかりの服を脱いで、もう一度ベッドに戻りたい。


なにもかも忘れて、夢の中へ飛んで行きたい。どうせ悪夢しか見ないだろうが、悪夢のような現実よりはマシだ。


ノストラダなどと、これまで呼ばれることも名乗ることも許されなかった名前なんて、地の果てまで飛んでいけばいい。


「ノストラダ様? やはりお手伝いいたしましょうか?」


「だ、だいじょぶです、もうすぐ、すぐですから!」


お急ぎにならないでいいって言ったのに! とドアの外に向かってかなり控えめに決して声にならないように文句を言いつつ、シーバスは身支度を終えるとドアを開ける。


「おはようございます、ノストラダ様」


「お、おはようございます……あの、ですね! ノストラダという名前はちょっと。できればシーバスと……あと、申し訳ないんですけど、昨日も特になんというか成果というものも無くて……」


これから向かう先で、待ち受ける人物の用件はわかっている。


ならばここで済ましたいとばかりにメイドにまくし立てるが、優しい笑顔でメイドは応える。


「シーバス様の口から報告されるとようにと厳命されております。事は国の一大事。些細な手違いも許されませんので」


「……はい」


このやりとりもすでに三日目だった。


シーバスは迎えに来たメイドに先導されて、長い廊下を歩き出す。


部屋の外で警備をしていた二人の騎士もその後につく。


廊下の曲がり角のたびに騎士が二名ずつ配置されている。


その都度、シーバスの後に続く騎士が増えて行く。


目的地に着くころ、シーバスは十人の騎士に警護されていた。


メイドの号令で、騎士達は陣形を変え、シーバスの背後に整列して剣を掲げる。


目的地は大きく豪奢の扉だった。


これをくぐるのはここ数日毎朝の事だが、何度繰り返しても絶対に慣れることはないだろう。


罪人が拷問に慣れるか? 否。


ムチを打たれることに慣れるか? 否。


いつか解放される事を願って、それでも朝が来ることを拒みたくなる気持ちに慣れるか?


否、否、否だ。


なぜならシーバスは大罪人であり、今はまだそれが発覚していないだけなのだから。


(大丈夫、今日もなんとかがんばれる、絶対に大丈夫)


自分すら騙せない嘘を懸命につき続け、大きく深呼吸する。


深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと目を開けたシーバスを確認して、メイドがドアの前に立つ騎士の二人に合図を送る。


騎士達がドアを大きくあけ、シーバスを通す。


ドアの先には玉座から立ち上がってシーバスを迎える、若き王ガイラクスの姿があった。


彼が立ち上がって誰かを迎えるという事は滅多にない。


当初は周囲の者も驚いたが、彼女は今後救国の巫女となるかもしれない存在。


となれば、若き王の言動にも納得できる。


「巫女よ、朝からすまぬな」


礼儀などかまわんとばかりに手招きするガイラクスに対し、それではお言葉通りにとばかり、一切の乱れない歩調で歩みを進めるシーバス。


周囲の要人や騎士などは無礼をとがめるどころか、さすがは救国の巫女、さすが黒竜の巫女、と褒め称える。


若い女性が王に迎えられ、またこれだけ大勢の要人の前で、堂々と振舞えるというのはなかなかできる事ではない。


だが実際のところ、シーバスは焦点の合わぬ虚ろな目で歩いているだけだ。


ドアの前で行った極度の緊張感の中、深呼吸の繰り返しにより、過呼吸と酸欠が混在し酩酊のような状態になっている。


ちなみにシーバスの専属を命ぜられたメイドは、この表情をする時、シーバスが巫女として精神を切り替えているのだろうと誤解している。


普段はそわそわと落ち着かない年相応の少女であるのに、この切り替えはさすが代々続く家柄の末だと感心すらしていた。


「そこで止まれ」


「はい」


「昨日もご苦労だったな。報告は受けている」


命じなければ壇上まで上がってきそうな勢いの巫女、シーバスにガイラクスは苦笑しつつ労う。


「して、成果は? 戦女神からの神託はあったか?」


「いえ」


単語ですらない短い返答に、ガイラクスはますます微笑む。


周囲も初日や二日目はその無礼な態度に王の怒りを買わないかと動揺が走ったものの、今では誰もが王の機嫌が良くなることを周知している。


それどころかこの後の案件や申請などは通りやすいという点すらあって、謁見の順番争いが出るほどだった。


「……まぁ座れ。誰か椅子を」


さすがに周囲がざわつく。


謁見の最中に体が悪いわけでもなのに着席を許される、いや、勧められるとは、と。


すぐに用意された椅子にシーバスが腰を落とす。


背もたれに触れず、浅く、ではない。普通に腰を下ろしている。


「ふ」


ガイラクスがますます笑みを深くして、さらに驚くべき言葉を口にした。


「すまなかったな、宣託の巫女」


謝罪だった。


周囲は意図が読めず、緊張したまま成り行きを見守る。


シーバスは微動だにしない。


メイドがますます感服する。


「先日、お前からの宣託を事前に書面で受けた時にな、正直、まったく信用していなかった。だからアザァを、英雄を呼び、宣託の通りに国を動かし、それで神託通りに事が動かなければ……それを理由に教会の力を削ぐつもりであった」


国と教会というのは、どこの国でも関係が良好とは言いがたい。


共生しなくば成り立たないというのに、互いに不利益を産むという矛盾した関係だからだ。


ゆえにどちらも互いを潰すつもりは無くとも、優位に立とうとする。


神託の巫女は、神魔戦争時代に活躍した役職だ。


だが当時はともかく今は宣託という名の情報提供は皆無であり、時折出された宣託も表現があいまいで、何かが起これば宣託の通りだったと言い、逆にあいまいな内容を精緻に分析せよと言えば、戦女神の言葉を人の身で言い換えるなどと不届き、などとかわされる。


要するに王はこの神託の巫女の宣託というものに腹を立てていたのだ。


予算の無心のために、でっちあげの神託を出し、王家がそれをないがしろにできないのをいいことに、何度も繰り返す。


特にここ最近は頻繁だったのだが、急にそれがなくなった。


調べてみると、先代の巫女が宣託を自らに受け供を連れて旅に出たそうだ。


そして娘が代替わりし、神託の巫女となったという。


その巫女も同様に宣託と銘打って兼ねの無心をしてくるだろうと思っていたところ、黒竜だの魔人だのと明言した宣託をよこしてきた。


ずいぶんと大きく出たものだ。


無心の額も大きいのだろうなと笑う。


そしてこれ幸いとばかりにアザァを呼び、騙される演技の打ち合わせをして、シーバスを呼びつけたのが四日前の事である。


「アザァとはセリフの練習もしていたんだぞ。『黒翼か。アザァ、これはやはり?』などとな。だがどうだ。そこの侍従が顔をひきつらせて飛び込んできた時の事は今でもはっきり覚えている」


視線を受けた侍従が、その節は誠に申し訳ありませんでしたと深く頭を下げるが、ガイラクスは笑ってそれを許す。


「あの報告をのんびり持ってきていたら、それこそ首が飛んでいたぞ」


役職としての意味か、物理的にか、それは聞かぬが花だろう。


「とにかく、その瞬間からはアザァもすぐに理解してな。初動を誤る事無く動くことができた。謝罪というのは、色々と理由をつけて教会の予算、特にノストラダに関する辺りを締め付けたことに関してだ。こちらはすぐに戻す。いや増額をする」


「はい」


どこを見ているかわからない。


そんな虚ろな目で王を見つめる、シーバス=ノストラダ=ブレンデッド。


この国において、二つ目の姓を持つという事は、代々国か教会の要職についている事をあらわす。


ノストラダは教会の範疇で、預言者、という意味を持つ。


「……すまんがこれも聞いている。お前は先代や他の僧達からあまり良くは扱われていなかったようだな。それは教会の予算が上がっても変わらなかった。先代が宣託をよこすたび、我々はそれなりの額を出していたにもかかわらず、だ」


ガイラクスの調べによれば、この優秀な巫女は日中は本殿と呼ばれる先代が住む教会で雑務をし、その食事は余り物、夜は別の古い教会に追いやられ、吹き込む風を避けるために屋根裏部屋で眠っていたという。


「先代神託の巫女であり、未婚の母でもあった先代の事情は知らん。教会の内情も関知できん、が……先だっての予告通り『救国の巫女』の勲章を授ける」


例の侍従が王の合図に、赤布の敷かれた盆を持ってシーバスが座る椅子の横へ寄り添う。


赤布の上には、黒い竜の翼が象られた首飾りがある。その竜には大きな魔石が埋め込まれていた。


「勲章の授与者には国から個人へと直接年金が届けられる。少なくとも風通しが良すぎる伝統ある教会に住み続ける必要が無い程度の額はな」


「はい」


ここですら礼を言わない巫女に周囲はざわめく。


だがガイラクスはますます好感を抱く。


シーバスのその堂々とした態度と、虚ろな目の中で深い思考をしている事に。


頭は下げない。


つまり国や王に感謝はしない。


しかし勲章を受理をするという事は、国の為に神託を出し渋る、もしくは取引に使うことはしないと、暗に言っているのだろうと。少なくとも彼女個人の意思としては。


だが、教会の上はどうだろうか。


このままシーバスの身柄をこの城に預けておくとは考えにくい。


それにこれほどの才能がなぜ出てこなかったというのも疑問が残る。


先代の巫女は、娘の才能に嫉妬して表に出さなかったのではないか。


そして教会の上の人間はシーバスの才能に気づいていも、シーバスの母の政治力により逆らえずに隠蔽、監禁していた?


だがそうした先代の巫女が邪魔になった一部の上層部が旅に出たと称して……いや、供を連れて旅に出ているというのは証言が取れている。


では、なぜこの時機に先代は姿を消し、シーバスが継承した途端、神託が下ったのだろうか? 


「……む、すまん少し考え込んでいた」


急に黙り込んだ王を皆が無言で見つめ、その視線に我を取り戻した王が咳払いする。


「ともかく。しばらくはこの城の部屋で身を休ませろ。教会が何か言ってきても国防上の判断として突っぱねてやる。食事も望みのものを用意するし、酒は……その年では駄目か。ならば菓子などもあろう。お前につけたメイドはそのあたりも得意なはずだ」


専属のメイドが深く頭を下げる。


シーバスは、ただただ耳に入ってくる単語に反応していた。


朦朧とした意識の中で考える。


望みの食事、お肉もお魚もお願いしていいのだろうか?


お酒、は興味がない。


お菓子は素晴らしい。見たことはあるが食べた事など一度も無い。


……だが死刑を待つ牢屋の中で食べるそれが美味しいだろうか?


きっと味などわからない。


「さて。朝から長々とすまなかったな。今日も告解室にこもるつもりか?」


「はい」


「うむ。宣託が下ればすぐに頼む。とは言え、あまり根を詰めるなよ。ではまた明日。神託の巫女を護衛せよ!」


壁に整列していた騎士達の中から、部屋から着いてきた騎士十人が飛び出しシーバスを囲む。


その先頭にメイドが立ち、王に深く礼をして、謁見の間から退出した。


王の前から逃げ出すことができた安心感からか、シーバスは意識を取り戻して行く。


「ではシーバス様、礼拝堂へ参りましょう」


「……はい」


だからシーバスは今日もこもる。


宣託を受ける為だといって、狭い狭い告解部屋へ。


誰も来ない、あの楽園へ。


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