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北方砦偵察隊は女を背負う


しばらくの間、激しい打撃音と魔獣の鳴き声が暗い森の中から響いてくる。


止まない魔獣の鳴き声、いや、悲鳴は、それだけで一方的な戦いだという事を知らせてくる。


それらの音がすべて止み、静かになった森の奥から出てきたのはヒビキ一人だった。


「驚いたな、お嬢ちゃん。あれだけの数を相手に無傷か」


「とは言え、半分は逃げていきましたから。仕留めたのせいぜい十頭でしょう」


「いやいや、それでもたいしたものだ」


手放しで褒める隊長にヒビキが、それより、と近寄る。


「これで我々を送ってくださる手間も省けましたし、隊長さんも格好つける理由がなくなりました。私のおかげで。私達、姉妹のおかげで」


まぁアリスは応援していただけだが、とヒビキはいまだ興奮さめやらぬ姉を見る。


「ああ、わかったわかった。命の恩人の美人姉妹さんには冒険者ギルドへの紹介状を用意しよう。城下町に入る時も、それを門番に見せれば多少の融通はしてくれるばずだが……それもこれもこちらの任務が終わってからだ」


隊長は部下達にヒビキとアリスを砦まで送るように、再び指示を出す。


「今、ご覧になったでしょう。私ならば姉を護るだけの力があります。護衛は無用ですよ? どうしても任務を続行されるなら三人で向かわれては?」


「さっきも言っただろう。兵士としての体面はともかく、男としての面子の問題だ。黒竜のせいでいつもと森の様子が違う。


どれだけ強かろうが、お嬢ちゃん達を置いていくわけにはいかんし、我々に課せられた任務も急務だ。黒竜の所在は早急に確認せにゃならん。そうなると、だ」


「隊長さんはやっぱり一人で格好つけると」


「実際、格好いいからな」


白髪まじりの髪をかきあげ、うっすらと青く光る瞳で笑う仕草は、若い頃にずいぶんと女性を口説いたのであろう名残を見せていた。


「三十年早くお会いしていたら、ときめいたかもしれませんね」


などと、ヒビキと隊長が軽口を叩き合っていた時、偵察対の部下達が暗い空を指差した。


「隊長!」


「あれは!」


黒竜が深い森の奥からゆっくりと舞い上がって行くところだった。


ゆらり、ゆらり、と辺りの木々を折り曲げて、その巨躯を空に浮かび上げた。


ここからかなり距離があるというのに、黒竜の羽ばたきによって起きた暴風が木々を揺らし、ヒビキたちの髪を舞わせる。


「黒竜、やはりまだこの森に……」


隊長はその動き、行き先を決した見逃さないようにと注視する。


「おばーちゃん! おばーちゃん!」


姉の方が黒竜を見た恐怖で、また祖母を呼んでいる。


黒竜の金色の瞳がちらりとこちらに首を振ったように見えた瞬間、いっそう大きく羽ばたき、溢れた魔力が竜巻のような突風を生み出した。


隊長の視界が風でさえぎられる。


その一瞬の後、ふたたび黒竜に目をやれば、その黒い巨躯は青い魔力の燐光を夜空に残しながら、月に届くのではないかと言うくらいに高い位置を優雅に滑空していた。


そして再び魔力を解放したのか、大きく羽ばたき、流れ星のような速さで北へ姿を消した。


それは魔族の国がある方角でもあった。


「……行った、か」


隊長は長く、大きく、息を吐く。


部下達も同様に力が抜けたのか、地面にへたり込んでいる。


アリスはおばーちゃんと手を振っており、ヒビキだけが冷静に黒竜の状態を把握していた。


アレはかなり呑んだのだと。


森から舞い上がって来た時はフラフラしていた。


だが自分達を見つけて、いい所を見せようとしたのだろう。


大きく羽ばたき、そこから力加減を間違えての急上昇から急加速。


きっと帰った後は大変だろうな、と、酒好きだが酒に弱い祖母がどうなるかを想像しつつ、ヒビキは苦笑いを浮かべる。


「さて。状況が変わった。我々はこれから砦に戻る。お嬢ちゃん達も乗って行くかい?」


隊長の瞳の色はすでに元の色に戻っており、自らの馬の背を指し示す。


馬具はやや大きめで、少女を一人くらいならば背につかまらせる程度の余裕はある。


「ええ。砦で紹介状を書いていただいて、そこからはまた考えます。首都まで送ってくれるというご提案をしていただけると嬉しいのですが」


「へりくだっているようで厚かましい物言いだが、命の恩人の美人姉妹の頼みであれば……と言いたいのだがな。黒竜が戻ってこないとも限らんし、そもそも我々が砦を離れるわけにはいかん」


「では砦までお願いします。私は隊長の背に。アリスはそちらのどちらかの方の馬にお願いして下さい」


部下の二人の間に緊張感が走る。


ゆるいカーブのかかった長い金髪。透き通った蒼い瞳。物腰柔らかい表情に、温かみのある口調。


要するに滅多にお目にかかれない美人である。


妹の方も相当に美人であるが、姉の方が起伏に富んでいるという点においても、自分の背に乗せたいと思うのは自然事だろう。


「そうですね。私は乗せていただけるなら、どちらでもかまいせんが……」


アリスとしてはヒビキが馬を借りて、自分はその後ろに乗るのだろうと思っていただけに予想外だった。


しかし、知らない男性の後ろに乗るというのも、ちょっとした冒険だと考えどちらに乗ろうか考え始める。


アリスとしては、どちらの馬が大きいか、またはどちらの男性の方が馬術がうまいか、などと効率や安全性を判断していた。


だが、うーんうーんと唸って悩む美人の姿に、若い男二人はそわそわと落ち着かない。


ヒビキは彼ら三人の思考を正確に読み取り、少しだけ悪戯心を刺激された。


「アリス、早く乗せてもらいなさい。貴方の好みの方で良いではありませんか」


途端、部下の二人の間に緊張感を超えた緊迫感が張り詰める。


さきほどまでであれば、あくまでどちらかが選ばれるかだった。


勝負ではなく、幸運な男が一人選ばれるだけだった。


しかしヒビキがこうも明確に言ってしまっては、一人は選ばれ、一人は選ばれなかった、という判定も同時に下ってしまう。


長い間、危険な任務を供にしてきた戦友であり、共に成長してきた仲間であった。


いつかは雌雄を決する時が来るだろうと思ってはいたが、まさかこういう形で最初の決着をつけることになろうとは思ってもいなかった。


うらみっこは無しだ、と、二人は互いに目でうなずく。


しかし現実は非常である。


「でしたら……」


アリスの指がつーと動き。


そして止まる。


「隊長さんの後ろでもよろしいですか? 色々とお話を聞かせて欲しいです!」


その白い指先はヒビキの横の隊長を指して止まっていた。


「おやおや。今日はずいぶんとモテる日だな」


「すみませんが姉の面倒、見ていただけますか」


「ああ、喜んで」


若い男たちの初戦は、引き分け、いや、両者敗北という形で幕を開けたのだった。


「では私が部下の方達のどちらかに」


ヒビキが隊長の馬から離れ、二人を見る。


若い男達の二戦目が始まった瞬間だった。


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