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魔族の国のアリス


「冒険者……素敵ですわ」


ほう、と若い女性の吐息が漏れる。


黒を基調とした部屋でありつつも、上品かつ落ち着いた調度品が配置されている。


だが、その部屋の中央には不似合いなほどに目に突き刺さるような桃色のベッドがある。


フリルとレースで装飾過多となっているそのベッドの主は、シーツの上で体を右へ左へと転がしながら、抱きかかえた本を再度開く。


「勇者も良いのですが、やはり彼を取り囲む仲間達に感動いたします。今回の本は特に素晴らしい出来栄えでした」


挿絵を見ながら、誰一人欠けてもこのような素敵な物語は完成しないと確信する。


「才能に溢れ自己過信が過ぎるものの、実は深い友情と正義感を持つ戦士。皮肉屋で冷酷、でも過去にはとても悲しい過去がある盗賊。魔力に長け魔族を滅するも、倒すべき魔人に恋をしてしまった天才魔法使い……」


ベッドの女はいわゆるサーガマニアだった。


特に勇者とされる若者が成長し、仲間を募って魔人やドラゴンを討伐する物語には独自のこだわりを持っている。


「パーティーが全員素直で堅実な成長物語という王道も良いですし、男勇者と後衛である女僧侶や女魔法使いが恋仲になるというのも悪くありません。ですが……やはり私としてはパーティーは全員男性。最初はあったわだかまりが、激戦と連戦によって芽生えて行く友情と、友情ではない感情によって心と心、なんなら肌と肌も近づいてはまた離れ、再び近づき、と。そういった展開がとても素敵なのです。素敵なのです……」


誰もいない夜中の自室に早口の独り言が響く。


「新作が待ち遠しいですわね。はしたないかもしれませんが、明日はお父様におねだりを……」


女は明日、誕生日を迎える。


少々のわがままはきいてくれるであろう。


ある程度まとまった量の本を望んでも、笑顔で快諾してくれるはずだ。


むしろ父であれば、叶えられない願いなどないだろう。


だが、女はふと思う。


「本、でなくても良いのかしら? 例えば……」



***




大ホール。


まさに荘厳といった言葉が相応しい。


天井からは魔力を宿した結晶によるシャンデリアがさんさんと光を生み出している。


壁伝いには護衛の騎士たちが直立不動で並び、メイドたちが物音の一つも立てることなく動いている。


長いテーブルには豪華な料理が並び、そこに座る者たちもまたそれに相応しい人物だ。


上座に王とその妃。


やや離れて第一王子。向かいに第二王子。


さらに離れてまだ子供といえる年である第三王子。


そして末席には第一王女。唯一の女性の末姫である。


言葉を発することなく進む朝食であるが、その日は違った。


恥ずかしげに口を開いたのは末姫である。


「お父様。あの、お願いがあるのですが……」


テーブルが大きいため肉声では届かない。


ゆえに近場のメイドに話しかける。


メイドはその言葉を受けると深く頭を下げ、お父様と呼ばれた男の元へ素早く、しかし足音を立てることなく言葉を届ける。


王と呼ばれる者でありつつも、父でもある壮年の男は娘の言葉を受け取り、威厳をこめてうなずき先をうながした。


「人間の街へ行って、しばらく暮らしてみたいのです」


それをまた違うメイドに言葉を届けさせる。


その言葉を受けたメイドは内心で驚くが最高の教育を受けている成果もあり、まったくの無表情で頭を下げたのち王へと言葉を届ける。


王はその言葉を受けて、食事の手を止めるとヒゲをなでる。


「ダメ、でしょうか?」


首をかしげつつも呟く。それは独り言であったが、また違うメイドがその言葉を王へと届けるために動き出す。


そして王の前では言葉とともに首をかしげる仕草も忠実に再現する。


王のヒゲをなでる手が止まり、兄たちに視線を向けた。


真っ先に立ち上がり否定したのは第一王子である。


「アリス! 魔王である親父の娘、つまりは魔族の姫たるお前が人間の街へ出向くなど何を考えてる!?」


発言を許され長兄が声を張り上げる。声量もある彼らにメイドの言伝は当然無用だ。


「アリス。兄上のおっしゃる通りだ。物見遊山というには行き先が少々酔狂過ぎるよ?」


次男である第二王子も声を荒げることはないものの、大人の態度と言葉でたしなめる。


「姉様。ボクも兄様達と同意見です。もし魔族の姫と露見すればどうなるか」


唯一の年下である第三王子も姫の身を心配し、やはり否定する。


父ならば快諾してくれると思っていたし、兄上達も賛成してくれると思っていた姫はみるみる瞳に涙をためた。


あと一秒もすれば決壊するであろうその瞬間。


「だが、ヒビキが同行するならば許す!」


それまで言葉を発することがなかった父王が立ち上がり、絶叫に近い大声である人物の名を挙げた。


「お父様!」


涙が一瞬にしてうれし涙に変わり、アリスと呼ばれた姫は立ち上がると父の元まで駆け出した。


抱きつき礼を言う姫を王は優しくなでる。


「ふふふ、良かったわねアリスちゃん。貴方も良い父親ですわ。なんて素敵なお誕生日ブレゼント」


抱き合う夫と娘を見ながら、柔らかい微笑みと暖かい声で、王妃は娘の誕生日を祝福する。


「ではヒビキちゃんには改めて私達から話をしておくから。そうね、貴方は人間の街へ行く準備をして自室で待ってなさい」


「はい!」


母である王妃の頬に軽く口付けをして、満面の笑顔で退室していくアリス。


後には静寂が残る。


王が手を振ると、ホールにいた全ての者たちが退室した。


残ったのは王と王妃、そして三人の兄弟である。


身内だけになると三人の王子は席を立ち、素早く両親の元へと走ってくる。正確には父王の援護をする為に。


三人が到着するも、叱責はすでに始まっていた。


「甘い、ですわね」


笑顔はそのまま。されど声の温度が氷のごとくなった王妃の一言が夫である王に突き刺さっている。


「だが、しかし……」


言い訳はしてはいけないとこれまでの長い夫婦生活でわかってはいる。


だがしかし愛娘が泣きそうだったではないか、と両眉を哀れなくらいに下げて必至に感情表現で抵抗する魔王。


「そうだ。親父は悪くない。アリスが泣きそうだった!」


援護とばかりに第一王子が声を荒げる。


「お黙りなさい。女の涙程度で、それも身内の女の涙なぞに心惑わされるとは未熟の極み」


ぐうの音も出ない第一王子が沈黙した。


「しかし母上。アリスもいずれ魔を統べる姫として、人間を知らねばならぬ身。いささか早いものの社会勉強と考えれば」


論理で抵抗する第二王子であるが。


「社会勉強? なんの準備もせずに? そもそも物見遊山と言ったのはあなた自身でしょうに」


「ぐう」


ぐうの音は出たが、それ以上の言葉は出ずに第二王子も沈黙。


「でも、でもでも、せっかく姉上の誕生日ですし!」


幼子特有の可愛げある口調と態度でゴリ押す第三王子。


「その気色悪い演技をやめなさい。そんなものが実の母に通じますか」


「チッ」


天使のような雰囲気が一瞬にして、魔王の息子に相応しいものとなる。


「まぁ、アリスちゃんの泣き顔を見たくないという一点において、私も貴方達と同様の意見です」


王族内においての力関係はご覧の通りであったが、それぞれにおいて娘であり妹であり姉であるアリス、正式にはアリエステル姫にはひたすら甘いというのはその家族が唯一共通するものだった。


「貴方のとっさでしたがヒビキちゃんを同行させるというのは……条件として悪くはないでしょう。あの子はアリスちゃんの乳兄弟ですし、なんだかんだで面倒見もよく、気配りもできる良い子ですから」


王がうむ、とうなずき、兄弟達はやや不満げに、しかし同感だとうなずく。


「それではヒビキを呼び出し、準備をさせるか。誰か! 謁見の間にヒビキを呼べ! すぐだ! 我々も移動するぞ!」


慌しく動き出す夫と息子達を見ながら、王妃は嘆息する。


「ヒビキちゃんにはいつも苦労をかけるわね。アリスちゃんとくっついてくくればいいけど、本人にその気もなさそうだし」


その気が無い原因が自分にある事も薄々はわかっているため、なんとも言えない気持ちで王妃もまた謁見の間に向かった。


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