表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由落下  作者: あお
7/7

ガラスコップ

 行きたいところはこれ以上思いつかなかった。あっけない人生だったな、と今更ながら思う。

「いかがでしたか」

化物はにやつきながら尋ねた。

何も変わらない、と思った。自分の存在なんて、机上を這う羽虫のように、一吹きすれば見えなくなって消えてしまうような存在なのだと感じた。もしくは、パソコン上のデリートキーを押したように。そこにいたことなんて、誰も証明しようがないし、もはや初めからそこにいたのかもわからないような存在なのだ、自分は。

「そんなことはないと思います」

化物はもう笑っていなかった。

「あなたの行動や発言が、誰かの感情を動かします。そして、それを受けて誰かが行動を起こし、それが誰かの目に触れて、見た人はそれについてまた。そうやって世界は影響しあっていると私は思います」

だから、僕は。

200人以上もいる顔も知らないSNSのフォロワーに、誰へでもなく「死にたい」と言えばよかった。いいね、がひとつでもつけば飛び降りようとはしなかったのかもしれない。死ぬ前に、好きな人に好きだというべきだったのかもしれない。家族にごめん、でもありがとう、でも言えばよかったのかもしれない。もしくは、ばかやろう、とでも言ってもらえば。

僕は寂しかったのかもしれない。

寂しささえなくなれば生きていけたのかもしれない。

僕には誰もいない、だなんて思いこみだったのだろうか。本当に誰もいなかったら、死後に行きたい場所もなかったのかもしれない。今だからこのようなことを思うのだろうか。何が正しかったのだろうか。

「帰りましょう」

化物の顔が自分の目の前でゆがんだ。意識が遠のくのを感じた。


気が付くと、部屋のベランダにいた。

じっとりと汗ばんだ手はしっかりとベランダの手すりを握りしめていた。そっと下をのぞき込んでみても、特段異変はない。おばさんたちが固まって大声で話している。そのそばで子供たちがしゃがみこんで虫か何かを見つめている。自転車が迷惑そうにおばさんたちをよけて通っていった。こめかみからひとすじの汗が流れ落ちる感覚があった。風も吹かぬじめじめとした暑さである。


のどが渇いたので、部屋に戻る。机の上に内側が濡れたコップがある。しかし、どうしてかそれを使う気にはなれなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ