僕のいない場所
「この度は、自殺していただき、ありがとうございます。死後に何かなさりたいことはございますか?」
化物は嬉しそうに手もみしながら聞く。
聞かずとも、僕の考えなどお見通しのくせに。
しかし、下手に出られて、悪い気はしない。
「かしこまりました」
化物はどうやら宙に浮くことができるらしく、僕は化物と上空から、飛行機よりは近い距離で僕のいなくなった場所を眺める。
黒山の人だかりはもうなくなっていて、立入禁止の黄色いテープと、捜査官が数人うろうろしているだけだ。遠くにマスコミの姿が見えた。
そこを通り過ぎて、隣県の実家を上空から見に行く。
実家ではニートの姉がベランダでたった1人でタバコを吸っていた。
髪色は黒から金髪に変わっていたが、頭頂部はすでに黒くなってきていた。
キャミソールから細すぎる腕が見えた。赤黒く染まった、引っ掻いたような傷がある。
一年前に自殺に失敗したときにできた傷だ。当時付き合っていた彼氏に捨てられて、衝動的に風呂で手首を切った。母親が気づかなかったら、僕より先に姉がこの化物に出会っていたかもしれない。
「あなたのお姉さんも、自殺してくれそうですね」
化物がまた嬉しそうにする。
こいつにとっては残念だが、姉は多分もう自殺しようなんて思っちゃいないだろう。タバコをぼんやりと見つめる目は、虚ろでありながらも、生の輝きをたたえていた。
それにしても、何故化物は自殺をこんなに歓迎するのだろう。
実家の上空で漂いながら、ぼんやりと姉をしばらく見つめていた。
母親はどうしているだろう。父親は。僕の家族はこれからどうなっていくのだろう。
姉は、多分僕が死んだことをまだ知らない。何ていうのだろう。もう何年もまともに会話していないが、僕の死を悲しんでくれるのだろうか。
兄弟は他人の始まり、と誰かが言っていた。
姉にとって僕は厄介で面白くない他人だったと思う。関わることもなければ、同じ空間にいることもあまりなかった。それなのに、僕はこうやって姉を見つめずにはいられない。
そこへ、実家の電話がなった。久しく聞いていなかった着信音。姉がタバコを足元の灰皿に置いて、ベランダから出ていった。多分、母親から僕の死を聞かされるのだろう。
僕はそっとそこを離れた。
姉がどんな反応を示すか、知りたくなかった。
ふと僕が見やった化物は笑っていなかった。