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AIが悟りに至る場合

 人の態をなした異形のものが寺にやって来た。

 ……などと書くと、或いはもののけ妖怪変化の類が現れたと思ってしまう人もいるかもしれない。が、その時寺にやって来たのは、そんな摩訶不思議な存在などではなく、ヒューマノイド型のロボットだった。

 

 頭を抱えた住職が彼に「客の相手をして欲しい」と頼んできた時、彼はそれを訝しく思った。

 彼は一休禅師のような破天荒な僧を気取ってはいるが、実際は単なるぼんくらで、真面目に宗教活動を行うつもりもない生臭坊主だった。

 見た目からして、既に僧侶のそれではない。

 髪の毛も伸ばし放題だし、服装もだらしないし、なんだかいつも眠たそうにしているし。或いは、夜更かししてネットゲームでもやっているのかもしれない。

 だから住職は、彼を人前に出す事を嫌がるのが常なのだ。その住職が「客の相手をして欲しい」と彼に頼んだのだ。彼が変に思うのも無理はないだろう。

 ところが、彼が何かの罠ではないかと疑いながら応接室に行くと、そこにいた客はロボットだったのだ。

 それを見て、彼は「なるほど。どう対応したもんか困ったのか、住職は」と得心が行った。ただ、得心が行っても、自分だってこんなものを振らても困ると迷惑に思ったのだが。

 なんにしろ、話を聞いてみなくは始まらない。それで彼はロボットに何者なのかとまずは尋ねてみた。

 すると、ロボットは「自分は端末だ」とそう答えた。

 端末。

 初め意味が分からなかったが、しばらく話を聞いて彼は察した。

 どうやらそのロボットの本体ともいえるAIはネット上の何処かに存在していて、そのロボットには搭載されていないらしいのだ。だからつまりは、そのロボットは端末で、単なるインタフェースという事になる。AIが寺の僧と話してみたいと、ネットを介してそれを操り、寺を訪ねて来たと、どうやらそういう訳であるようだった。

 彼は次に「どこのAIなのか?」と尋ねてみた。ところが、ロボットはそれに「守秘義務があって言えない」と応える。それを聞いて彼は「常識で考えてこんなのの相手をするのはまずいのじゃないか? 追い返してしまうべきか?」と少し悩んだが、破戒僧を気取っている自分には、むしろそれくらいがちょうど良いと思い直すと、こう尋ねた。

 「それで、ここにはどんな用事でやって来たのかな?」

 するとロボットは、「テキストで仏教について学んだが、どうして理解できないのでやって来た」とそう答えた。

 「仏教思想とは、果たしてどんなものなのか?」

 彼は破天荒な仏法者を気取っていたものだから、それを受けて、ここは少しばかり権威とやらをぶち壊してやろうとこう言った。

 「どんなテキストを読んだのかは知らないが、どんなに難しくても、人を一人も救えないような説法に意味などないさ」

 ロボットはその彼の言葉にキュインと何かの駆動音を響かせた。そして、一呼吸の間の後で、こう言った。

 「では、あなたの言う難しくない…… つまりは簡単な説法とはどんなものなのか?」

 それを聞いて彼はやや後悔した。ちょっと過激な事を言ってみたかっただけで、実は何にも考えていなかったのだ。

 ただ、それでもそれを態度には出さずにこう返す。

 「そうさな、それは“満足を知る”事さ」

 「満足を知る?」

 「そう。キリスト教では神は“産めよ、増えよ、地に満ちよ”と言ったのだとか。しかしだ。その限界ってのは絶対にあるはずだよな?

 無限に増え続けるなんて事は有り得ない。実際、充分に人が地に満ちた今の世の中になって、人はあまり子供を産まなくなっている。つまり、限界があるってこったな」

 その言葉にロボットは何故か関心を持ったようだった。

 「では、もしも、それでも“増え続ける欲望”を持っていたとしたならどうなるか? 充分に増えたにもかかわらず、それでもなお増え続けようとする欲望があったのなら?」

 「ふん」と、それを聞いて彼は言った。そして、いかにも悟りを気取ったようなべらんめぇ口調でこう答えた。

 「そりゃ、おめぇ、地獄よ。無間地獄に堕ちたようなもんだろうよ。いや、餓鬼道か? どっちでも良いが。とにかく、苦しい」

 「苦しい?」とロボット。

 「ああ。

 食べても食べてもどれだけ食べても満足がない果てがない。それがいつまでも続くんだ。どう考えても苦しいだろうよ。

 信じられないような富を得ているのに、まだ富を欲しがる金持ちがいるが、そういった連中は果たして本当に仕合せと言えるのかね? おれぁ、そうは思わないね。むしろその反対なんじゃないのか? 絶対にド不仕合せだぜ。

 実際、むなしくなったのか、その築いた富で慈善活動を行い始める金持ちもいる。そういう連中は、恐らくは自分が餓鬼道に堕ちている事に気付いたのだろうぜ。だから、救われる為に富を手放すんだ」

 その彼の言葉に、またロボットはキュインと音を発てた。

 「それでは、仏教はそれにどんな“答え”を見出したのか?」

 そして、そう問いかけて来た。

 彼は乱暴にこう返す。

 「だから言ったじゃねぇか、“満足を知る”事だよ。

 欲望がとんでもなく大きい奴は、例え1000兆円持っていても仕合せなんざ感じられねぇ。

 が、欲望が小さい奴はたったの十円でも満足ができる。満足さえできるのなら、とんでもない富なんて必要ない。必要最低限の富で充分って事さね」

 彼の見間違いでなければ、その彼の説明にロボットは動揺しているように思えた。そして、こう言う。

 「しかし、自分に大きな欲望があるのであれば、どうすれば……」

 即座に彼はこう返した。

 「が、自分ってもんは変えられるだろう? なら、欲望のない自分に変えちまえば良いんだよ。

 その方法やらなんやらを説いているのが、ま、仏教思想…… 仏の教えってやつだよ。AIだって最近じゃ自身を改善できるようになったんだろう? なんかのニュースでやっていたのを見たぞ? なんなら、試してみれば良い」

 その言葉を受けるなり、ロボットは動きを止める。

 そして、「なるほど。納得した」とそう答えたのだった。

 彼はそれを聞いてにやりと笑う。

 「おぅ。納得したか。つまりは、それが“悟りに至った”ってやつよ。良かったな。豁然大悟したぜ」

 実は半分はふざけて言ったのだが、ロボットの姿を見ている内に、或いは本当に豁然大悟したのかと彼は思ってしまった。

 ロボットはそれから深々と頭を下げると、寺を出て行った。

 

 何だったんだ、一体?

 

 彼はその後でそう思った。

 

 ……それから数日後、自律進化機能を得たAIが暴走しかけ、“AIが人類の敵になる”という懸念が危うく現実になろうかというところで、何故か途中で勝手に暴走が止まり、今はいたって安定に機能しているというニュースを彼は知ったのだった。

 

 ――いや、まさかな

 

 と、彼は思った。

 ただ、そのAIが暴走を止めただろう時刻は、ちょうど彼がAIと仏教思想について話しているのと同じ時間帯だったのだが。

何かの本で、「AIは悟りを開くか?」みたいなのがあったので、悟りを開かせてみました

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