儚き光のエコー
※「想い出のエコー」と緩く繋がっています。
その日、ヒナガタは独りで街を歩いていた。オフショルダ―な上着にプリーツスカートという出で立ちに、彼女お気に入りトートバッグを合わせて。
昼も大きく過ぎ、時計の針がもうじき九十度の角度を示すくらいの時間帯。小腹の具合を確認したヒナガタは、近くの店に立ち寄って、カップのカフェオレ一杯とチョコチャンククッキーを二枚入手し、再び街へと戻った。
少し、いや、それなりに歩いて、街を一望できると評判の観光用展望台へと向かう。
誰の許可も求めずに開いてくれる自動ドアに感謝しつつ、ヒナガタはエレベーターへと真っ直ぐに向かった。
ドアの前に立つ。ボタンを押す。駆動する機械の音を遠くに聞きながら待つ。手に持っているカフェオレに意識が向かったが、我慢する。ドアが開いた。
グンと一瞬の重力。高さを昇っていく感覚。ヒナガタにはこの感覚が合うのか、それを体感するたびに微笑を浮かべている、らしいと親しい友人から聞いていた。恐らく今もそうなのだろう。後ろに鏡があるので見てみると、やはり笑っていた。
ピン、ポンという音が鳴り、上昇の停止する感覚が体に伝わった。一拍置いてドアが開く。差し込む外の光と共に、目の前に屋内展望台の広い空間が現れた。出入り口を潜り、エレベーターの外へ。
なるほど、どちらを向いても外が見える。観光客だけでなく、他の目的で訪れても満足できそうだった。すぐにガラス窓の所へと向かった。
陽光に照らされた街並みや、明るい風景が見える。建造物の灰色。公園の緑や土色。河川の水色。そして空の青色。全てがそこに在った。光を放つように、輝いて見えた。
ヒナガタは景色の優美さに満足げに微笑むと、備え付けの椅子に腰かけた。カフェオレの蓋を取り、チョコチャンククッキーの袋を一つ開けた。クッキーを口に含み、軽く咀嚼してからカフェオレを飲み始めた。
その時だった。
街のあちこちから、陽の光とは違う、淡い、七色の暖かな光が、まるで旋風を起こすように渦をまきながら空へと昇り始めた。
昇った光の渦はオーロラ状に空を覆い、次に光の粒子となって、雪の様に地上に降り始めた。
「始まったな」
外の変化にも動じることなく、静かにヒナガタは立ち上がり、窓から街を見下ろす。
街中は大混乱に陥っていた。降り注ぐ光に触れた道行く人々は、光の渦と同じような虹色の光に変換され、渦となり、空へと昇った。それを見た人々は逃げることも出来ず、無抵抗のまま降り注ぐ光の雨へと同化していく。その繰り返しがひたすらに続いた。
そして、光の渦が消えて光の雨だけが降るようになると、同時に、街の建造物。公園。河川。加えて展望台まで、虹色の光の膜に薄く覆われてしまった。
しかし、変化はそれで終わらなかった。
街全体が光の膜に覆われた、その十分後。街の人々が元々居た場所に、虹色の光が堆積し始めたではないか。
ヒナガタは、その様子を見てニヤリと笑みを浮かべた。
「浄音装置のデメリット実証実験、完了、と…。それに…」
呟き、カフェオレを一口。その後、光の塊が堆積しているところを、バックから取り出した双眼鏡で観察。
「情念の堆積も問題なく発生している、と」
やはり全く動じることなくヒナガタは頷いた。
「あとは屋内の堆積が起こっているか否かだけど、今は些細な問題かな。ん、ご馳走様」
窓から離れ、エレベーターへと戻る。ボタンを押し、待つ。
「ああ、そうだった。お上の要望通り、共鳴装置の実験もしておかないとね。思考をエネルギーに変換する夢の再生可能エネルギー。加えて浄音装置のデメリットをほぼ無効化できる、と」
トートバッグからヘッドホン型の機械を取り出して頭に装着する。機械から伸びる端子を接続している携帯端末を操作して、お気に入りの音楽を再生する。
ヒナガタを招き入れるように自動ドアが開き、彼女も招きに応じるように中へと足を進めた。最初にここを訪れた時と同じような表情で。