名状しがたきプロローグのようなもの
それは平成最後の夏の事だった。
……と書いておくと、何だか壮大な冒険が幕を開けそうな気がするので、取り敢えず書いてみた私である。
手に汗握る冒険譚のみならず。胸キュンキュンの恋愛譚や鳥肌ものの怪奇譚と、展開のしようはいくらでもあるだろう。何しろこのフレーズが使えるのは今年限りであるから、未使用のままでいるのはもったいない。故に、せっかくだから使ってしまえと決意した。
だが使うからには、その出だしにふさわしい物語を作り上げねばならない。途中で書くのが面倒になっても、打ち切りエンドにしてはいけない。事実に多少の脚色を加え、1をあたかも100の如く表現し、よしんば読者を騙すようなことになろうとも、それっぽさを醸し出す文章にせねばならぬ。
だがこの手記の場合、その手間は必要なさそうだ。
何故ならこれから記すのは、ギリシャ神話にすら匹敵しそうな、ハラハラドキドキの物語であるからだ。それは手に汗握る冒険譚であり、同時に鳥肌ものの怪奇譚でもある。……恋愛譚ではない。残念ながら。
地下道にて私が味わった恐怖と、死に物狂いで走ったあの時の記憶は、今でも鮮明に思い出せる。時間にすればたった二時間かそこらの出来事。けれどそれは、間違いなく、人生で最も長い二時間だった。
さて。
これでは区切りが悪いので、ここいらで仕切り直しておくとしよう。
死と隣り合わせになった、二時間あまりの物語。
――それは、平成最後の夏の事だった。