デイジーにささやいて
羽生しずかは、放課後の教室であかね色に染まり、静かに、マンガ、『デイジーにささやいて』を一巻から読んでいた。
後ろから、頭にぽふんとその最新刊を受け取った。
ふんわりといいかおりに包まれて、顔がぽーっとなった。
羽生は、こんなことをするのはあの人ではないかと、本を胸にだきながらふり向く。
上背のある神海からだった。
「ま、また変なことをして。神くん。だれか見ているわ。それに、ここは中高いっかん愛中学校の中一松よ。梅組にもどらないとね」
羽生の短い前がみ、高く結ったこしまであるお人形のようなつやつやの黒かみ、グレーにピンクリボンのセーラー服までもが、教室の窓からふく風にふゆりふゆりとゆれていた。
赤いふちのメガネが羽生のヒトミをかくしている。
「しずかさんよ、だいじょうぶ。オレみたいにハンサムなのかんげいされるから」
神は、耳にかかるサラサラの茶のかみを無造作にかき上げ、学ランのえりをゆるめ、羽生の机に片手をつきながらそのヒトミを見つめる。
羽生は、神のヒトミにうつるのがこわいけれども、気持ちを知られるのはもっとこわいからと、ガマンした。
ぷるぷるとかたをふるわせ、虫歯が傷むようなポーズで、困ったわーとため息をつく。
「そんなにオレを愛している?」
ジョークでいじめられてると思い、ほおを赤らめてうつむくしかなかった。
「なあ、しずかさん。『デイジーにささやいて』、この四巻を読んだ? 何だかこわくなかった?」
「ん? こわいって……。私は、最新刊をおうちに帰ってから読むから」
「ああ、まだ買ってなかったのか」
「これ、借りてもいいかしら?」
OKサインを神からもらった。
羽生は、ふふっと笑みをこぼした。
「よかった、やっと笑ってくれて」
「泣いたりもおこったりもしていないもん」
羽生と神の二人っきりで窓の外を見ると、愛中学校の文化祭、愛中祭もひかえた十月の夕暮れが愛おしかった。
「あかね色がきれいね……。神くん、いっしょに帰ろうね」
愛おしい時からはなれようとした時、神は、黒板側からかたをたたかれた。
「ここ、ジュリの席なんだけど!」
愛原ジュリが、ボーイッシュなショートの赤みがかったかみで、ツンツンと鼻を上に向けていた。
「ああ、悪い」
神が、そのまま席を返した。
「帰るなら、ジュリと帰ってよ!」
「同じマンガ部での有志、『デイジー!』でも、ジュリさまには南条空くんがいらっしゃる。オレはえんりょするよ」
神は、かたをすくめた。
「空っちは、このごろ、ジュリによそよそしいのですけど!」
愛原は、語気をあらくしながらもどこかさみしそうだと、羽生は感じた。
「三人で、帰りましょうよ、ジュリさん。空くんは、今度の文化祭用の台本でいそがしいみたいだわ」
中一四人のグループ、『デイジー!』のために、一人でこもって台本を書いている南条の背中を知っているのは、羽生だけだった。
「あの、『デイジーにささやいて』の二・五次元ぶたい化? へー、南条はがんばっているんだな。よし、オレらで、このまま『デイジー!』に寄って行こうか」
放課後は、中一梅を『デイジー!』の活動場所にしんせいしてある。
教室の前に立ち止まると、ジャンガリアンハムスターがいるかのようなカリカリとした音が小さく続いていた。
南条だ。
羽生と神がノックをためらっていると、愛原は、けたたましく入って行った。
「空っちー! 今日も愛しているかーい?」
「おおおお、おう。ジュリちゃんじゃないか」
「何、びくついているの? 他に二人いるから、今日は交かん日記とかしないよ!」
「ああああ、ジュリちゃん、そういうの言わないで」
南条は、あわてて、シャープペンシルを置いた。
「交かん日記って、まるで、『デイジーにささやいて』の野美ひなぎくさんと三上直くんみたいね」
羽生が手をぱちっと合わせて喜んだ。
「だー。ぼくは、そんなのやっていないって」
「毎日、交かん中でーす!」
照れる南条に愛原がぴとっとつくと、羽生が照れてしまい、くるっと後ろを向いてしまった。
「わ、私、先に帰るね……」
「待って、しずかさん。オレも」
神は、机に置いたカバンをさっと取って追いかけた。
◇◆◇
校舎を出ると、あかね色はうんと二人のかげをのばした。
羽生が、一歩右足を出すと、かげも同じくついてくる。
神が先に二歩行くと、とんとんとかげも行く。
風が、二人にふゆりと語りかける。
あなたは、どう想っているの?
あなたは、どうこたえるの?
あなたは、どうささやくの?
『去年まで、私達、小学生で全然周りの目なんか気にしていなかった……』
風にささやいたのは、羽生だった。
どこかへ気持ちが走っていた。
胸がとくんっと波打ち始めた。
「お? それって、ひなぎくさんが、直くんに初めて気持ちを伝えようとした、二巻の真ん中、『幼なじみ』だよな。覚えているなんて、しずかさんはすごい」
二人で、校庭に立ち止まっていた。
時よ止まれと目をつむっていたが、ぱっと笑顔をさかせて、羽生は心を伝えた。
「うううん、本当にそう思ったの。今、中学に入ってまだ二学期なのねって」
「小学三年から同じ組だったものな。オレがいつも追いかけていたみたいだったよ」
「あの『デイジーにささやいて』って、私のセリフをうばっているみたいだったのね。だから、気になって読んでいるの」
「それは、オレも同感。つらかったらごめん。オレは、直くんの一番気になっているセリフな」
うほんとせきをして、神が学ランのえりをとめた。
『ぼくがオリーブの木にさそった時、ひなぎくさんと交かん日記を始められないことが分かった。ショックだったよ……。図書室にばかりいるのだもの……』
『目が見えていないなんて思わなかった』
神のセリフに羽生がかぶせた。
羽生は空をあおいで、ひなぎくのセリフをそらんじた。
『ごめんなさい……。今までだまっていて、ごめんなさい……。図書室では、デジタル録音図書DAISYを楽しんでいたの……』
羽生は、主人公の気持ちになっていた。
『デジタル録音図書DAISY? そうか、ひなぎくさん、そうだったんだね……』
羽生がどこかへ行ってしまいそうだと神が感じた。
神が、羽生のかげをふんだ。
羽生は足を止め、長いかみとスカートを風に任せると、小さくなみだを散らした。
「あっ。うん、私も視力が弱いの。だからかな、小さいころ読んだマンガを音で楽しめないかって『デイジー!』に入ったの。神くんもいてくれたしね」
「そうか……。しずかさんの赤いふちのメガネは色々と言われたくないから?」
「そうね。地味子ちゃんだから、中学に入ったら、メガネだけでも可愛くしようと思ったの」
「似合ってるよ。な、なんてね!」
神がダッシュして、校門で消えてしまった。
羽生がぱたぱたと門のとびらまで行くと、ひょいと現れた神におどろいた。
「今日も電話しよう、しずかさん」
「四巻を読んだら、私からお電話するね」
◇◆◇
トゥルルル……。
「あの、神海さんのお電話でしょうか?」
「オレだよ。だいじょうぶ」
「おそくにごめんね。もう九時だわ。『デイジーにささやいて』の四巻を読んだの」
「どうだったかな」
「こわい……ね。確かにひなぎくさんのあの展開はこわかった。うん、ぐすん。ちょっと泣けるわ。『デイジーにささやいて』は、視力の弱い野美ひなぎくさんが、デジタル録音図書DAISYを図書室に入れて欲しいと図書委員長にかけあったり、それを知った幼なじみの三上直くんが、優しくしてくれて、仲が深まる、心あたたまる物語なのにね」
羽生は、ベッドのクッションから体を起こして、パラリパラリと一巻から四巻までをめくっていた。
最近のスマートフォンは音を拾いやすいようだ。
神も、四巻のしょうげきのシーンを開いた。
「マンガ家は、和歌花絵先生で、二人で一組で書いているらしいね。調べたら、このお話しと同じで、ストーリーを視力の弱い和歌先生が、作画を姉の花絵先生が書いていらっしゃると分かったよ」
「知らなかったわ。どうやって調べたの?」
「ファンレターを出したんだよ。ごほごほ、うおっほん」
羽生は、ファンレターの話に飛びついた。
「そうね、いいアイデアがあるわ。今度の文化祭に和歌花絵先生をご招待いたしましょうよ」
「オレはいいけど、そういうのOKなのかな?」
「私、先週、月刊パピヨンからぶたいにしてもいいですよってお返事もらったの。今度は、お礼とご招待のお手紙を書くね」
「しずかさんが、一番無難だよ。たのみますよ」
「善は急げだわ。ではでは。お電話ありがとう」
「いや、こっちがお電話いただいたのにさ。ありがとうな」
プッツーツー。
◇◆◇
一週間後、羽生は和歌花絵先生の返信を持って『デイジー!』に顔を出した。
「よっしゃー! 丁度台本もできたんだ」
南条が一番に喜んだ。
「十一月三日の文化祭にいらしてくださるって?」
羽生の報告に神はおどろいていた。
「はん! 当然」
愛原は、こんきょのない自信があるらしい。
「ぼくの台本、みんなにコピーしたから」
「南条、すごいな! うん、いいできだよ」
「空っち! 読めない漢字教えてね」
「南条くん、がんばったね」
ふおお、もえて来たと、南条があつくなっている。
「早速、練習しようか」
神が配役を読み上げる。
「野美ひなぎく役、羽生しずか。三上直役、神海。室生つぼみ役、愛原ジュリ。ナレーション、南条空」
マンガ部有志、『デイジー!』が、ざわついた。
それぞれがやる気を持って、台本を手にした。
◇◆◇
――十一月三日。
愛中祭、音楽講堂を借りて、マンガ部有志、『デイジー!』による『デイジーにささやいて』のぶたいが始まろうとしていた。
客入りは上々だ。
ぶたいそでからつぼみが見に行っていた。
衣装で、ベージュのブレザーを羽織っていた。
午後一時からだ。
ブー。
『デイジー!』の順番だ。
南条のナレーションで、ぶたいは始まる。
「私達は、パピヨンコミックスの『デイジーにささやいて』を愛読しております。その二・五次元ぶたい化をする有志として『デイジー!』を結成しました。もしかしたら、作家の和歌花絵先生がいらしてくださるかも知れません。私達が、原作からいただいたメッセージをそのまま伝えられるかは分かりませんが、がんばりましたので、ご覧いただけるとありがたいです」
幕が上がる前に、三人は、位置についた。
「それでは、開演です」
ブー。
――桜が葉桜に変わるころ、新しい中学生も学校になじんで来ました。野美ひなぎくと三上直は、一戸建ての家が近所の幼なじみで、今日も校門で待ち合わせをしています。
ブレザーのそろいの制服を着た野美に、三上が手をのばす。
「いっしょに帰ろうよ、ひなぎくさん」
「うん」
三上が野美の手を取る。
(神くん……! 練習では、そんなに強くにぎらなかったじゃない。ど、どうしよう、次は私のセリフ、私のセリフなのに。どきどきして何だか目まいがする)
「直くん、私達、この間まで小学生だったのね。ランドセルも小さくなってしまったわ」
野美がとこっと歩き出す。
「なつかしいなあ……。ひなぎくさんも同じくずっと一組だったね。六年間いっしょだったのか。言ってみると面白いよ。一年一組、二年一組、三年一組、四年一組、五年一組、六年一組ってさ」
「わあ、よく口が回るね」
しばらく、二人で手をつないで歩いていた。
(私の胸の中に何かが波打っている。痛い程切ない気持ち。神くんが、手をはなさないから、もう)
「去年まで、私達、小学生で全然周りの目なんか気にしていなかった……」
(う、うん。そうよ。いつも神くんと学校から帰るからって、だれも気にしないわ)
――二人で帰っている所へ、室生つぼみが仁王立ちで聞いて来ました。
「あなたたち、付き合っているの?」
室生の語気はあらかった。
「ち、ちがう」
「……ちがいますわ」
三上と野美は、あわてて否定した。
「いっしょに帰ったら、付き合ってますってしょうこになるのよ」
ツンツンした室生は可愛くなかった。
「家が近いだけだよ」
「二人は、小学校とか幼なじみなんだ。つぼみは、森川小から来てないから。真名小からよ」
三上のガードに室生が負ける訳がない。
「室生つぼみさんでしたよね。仲良くしてください。私は、野美ひなぎくです」
「三上直と言います。室生つぼみさん、同じB組ですよね。真名小のお友達もしょうかいしてください」
――この件以来、二人はぎくしゃくし始めた。
「でも、中学生になると、ひなぎくさんとぼくはかたを並べて歩くのもはばかれた」
(神くん、セリフに力が入っているわ。私もがんばらないと)
「いっしょに帰ってもらえなくなって、私、図書室にばかりいたわ」
――ひなぎくと話す時間が取れなくなった直は、話があるからと、つぼみに間に立ってもらって、学校の裏庭にあるオリーブの木にさそった。ここは、告白に使われる桜ノ花中学の大切な所だ。
「ぼくがオリーブの木にさそった時、ひなぎくさんと交かん日記を始められないことが分かった。ショックだったよ……。図書室にばかりいるのだもの……」
三上は、ショックをかくせず、おろおろとした。
「目が見えていないなんて思わなかった」
三上は、放心して立ちつくす。
「ごめんなさい……。今までだまっていて、ごめんなさい……。図書室では、デジタル録音図書DAISYを楽しんでいたの……」
野美は、本当のことを明かした。とりつくろうともしないで。
「デジタル録音図書DAISY? そうか、ひなぎくさん、そうだったんだね……」
「本の字を読む代わりに、書いてあるのを読み上げてくれるの。だから、細かくて見にくい所も助かってる」
三上のショックを和らげようと、野美は本当の理由をいっしょけんめいに伝えた。
「図書委員長の持田順次先ぱいと親しくしていたのは、ひなぎくさんが、これを取り寄せるためだったのか」
「はい……。その話すら、だれにも言えなかったの」
「ぼく、来年は図書委員になるよ」
「……」
「本当だって。図書室で楽しい物探ししようよ。DAISYにない本でもある話でも、ぼくは、読むよ。君を守る」
「えっと……。君を守るって」
「大切な幼なじみだから」
「幼なじみだから?」
「友達以上だろう?」
「そ、そうね。友達以上と言ってくれて、ありがとう」
(神くんは、私にいつもジョークでかわすけれども、本当に友達で終わりなの?
オリーブの木に室生が入って来た。
「おそいぞ、そこの二人! あー、オリーブの木にまだいるの?」
「何でもないさ」
三上は、図書室の話を聞かれていなかったとほっとした。
――話はかきょうに入った。直がひなぎくをふって、つぼみに告白をしたらしい。あのオリーブの木の前で。
野美が足をがくがくとふるわせていた。
「私、ラブレターもらって、そこへ行ったの」
「ぼくは、キスしていない! したのは、つぼみさんからだ!」
「つくろってもダメよ。事実なんだから。直ちゃんもつぼみを好きだってこと」
全てを否定する三上に、室生はようしゃがなかった。
「や、やめて……」
野美は顔をおおった。
見ていられなかった。
「ふざけるのは、この辺にしな。つぼみ」
「ひなぎくさんは、もう用なしなの。図書室で、こそこそあやしいことしないでくれる?」
三上がつっぱねるが、室生はひっついてはなれなかった。
そして、もう一度、キスをしたのだった。
(これは、演技よ。しているふりだけ。神くんがキスなんてしないんだから)
――みなさんは、最新刊の四巻をお持ちのことと思います。第三話からのジゴクです。
「心が死ぬって、本当にあるのね……」
(神くん……。神くん。もし、本当に神くんにきらわれたら、心がうつろになるわ)
――野美は、泣くこともなく、おうちから出なくなってしまいました。
――何日かして、野美の部屋の下から声が聞こえて来ました。
「おーい。ぼくだよ。三上。三上直です。よろしかったら、いっしょに学校へ行ってくれませんか?」
「……」
野美は、無表情だ。
「おーい」
「お腹が痛いの」
小さく言うと、自分の部屋で、ひざをかかえていた。
「おーい」
「じゃあ、ここから飛び降りる!」
野美が、窓から身を乗り出した。
「痛いぞ、止めとけ。死ぬのは、死ぬ程つらいんだぞ……!」
(神くん、こんなセリフは、台本になかったよ。コミックスにも……。私のことを本気で心配してくれているのかな)
――このおむかえが、何日か続いた。
「今日は、図書室へ行こう、ひなぎくさん」
「私といてもいいの?」
窓辺からなみだをこぼす。
「当たり前だろう」
「今日は、何を聞きたいんだ? 持田先ぱいと結構、デジタル録音図書DAISYをそろえたよ。本だなを一つ増やして、すわって聞けるコーナーもゆったりとキレイに作ったよ」
「あ、それって、私のやることだったのに。取ったらだめよ」
――二人は、かたを並べて歩いた。どれほど久しぶりだろう。ひなぎくは、胸の痛みをおさえられなかった。
野美が、ふり向いて、手を合わせた。
「ごめんって言ったら許してもらえる?」
三上が、野美の手をほどいた。
「言わなくてもいいってこと、あるの知ってた?」
「私は、まだオリーブの木には行けないけれども、今度、もうちょっとお姉さんになったらね。ん……。話があるの」
――小一、小二、小三、小四、小五、小六、中一といっしょにたけくらべをした仲なのに、ただ、二人で並んで歩くだけで、こんなにも胸を熱くするとは、おかしいねと笑った。
◇◆◇
ぶたいの幕が下りると、大きなはくしゅが起こった。
「うっうっう……」
泣いていたのは、愛原だった。
ふだんのツンツンした様子はなかった。
南条が、愛原の頭を優しくぽんぽんとした。
「空っち……。感動したよ!」
学ランにひっついて、なみだでぬらしていた。
羽生は、ぼーっとしていた。
それを見て、神がはっとして、南条に告げた。
「アンコールだよ。幕、幕!」
幕が上がりながら、南条はマイクを持ち、四人でばたばたと登場した。
配役を読み上げる。
「野美ひなぎく役、羽生しずか」
羽生は、最初に呼ばれたので、訳も分からずに、ぺこりとおじぎをする。
ワー!
パチパチパチパチ!
「三上直役、神海」
神にだけ、黄色い声が聞こえている。
キャー!
カッコいい!
「室生つぼみ役、愛原ジュリ」
愛原は、素敵なポーズで、さっきまで泣いていたのをカバーしている。
ワー!
「ナレーション、南条空でお送りしました」
ワーワー!
キャーキャー!
パチパチパチパチ!
幕を下ろしてもらい、ぶたいそでにもどる。
音楽講堂の片付けは、次の演目があるので、さっさとしなければならない。
あわただしく、講堂を後にした時、不思議な空気が流れた。
「私達、和歌花絵です。こちらが和歌で、私が花絵です」
みんなで、講堂の前で固まってしまった。
「素晴らしいぶたいに招待してくださり、ありがとうございます」
お祝いの花束をくださった。
にこにこして、愛原が受け取った。
◇◆◇
愛中祭では、教室にきっさ店をひらく部もある。
和歌先生と花絵先生を教室は高二松のマンガ部きっさへとご案内した。
ご注文をうかがった先ぱいが、紅茶とマフィンのセットをお出しした。
「せっかくですから、みなさんもめし上がって」
あれよあれよと、マンガ部全員がごちそうになってしまった。
その間にマンガのストーリーの作り方や絵のコツ、二人組でのポイントを教えていただいた。
おいそがしいらしく、そのままお帰りになられた。
「神くん……」
羽生がちょいちょいと店の外へ呼んだ。
「ああ、オレも話があるんだ」
屋上前の階段へそろって行った。
神は足を組んで座った。
「オレと同じこと、考えていない?」
「う、うん。多分……」
二人でそっぽを向いて、少し赤らんでいる。
「ぶたいでさ、オレ、野美ひなぎく役のしずかさんに、その……」
「その?」
神はだまったままだったが、切り出した。
「……ほれたっぽい」
「神くん……!」
羽生は、顔を両手でおおった。
ヒトミをうるうるとさせて、胸の内を話した。
「え、えっと、神くんは、たよりがいがあったよ」
「オレ?」
「うん、私を呼びに毎日来てくれたでしょう。窓の下からね。ふられて死にたくなる程つらかったけれども、死ぬのは、痛いことなんだって教えてくれた」
「あのアドリブ、本心だからな。しずかさん」
「分かってた……。だから、飛び降りなかったの」
「しずかさんが、死んだらオレが困る。先にいかないでくれよ」
「い、いくって、天国とか?」
「どこへもいかないで」
神は、立ち上がって羽生に手をのばした。
「あのさ、オレといっしょに帰ってくれるかな。これからも」
少しうつむきながら、神の手を取った。
その手はあたたかかった。
「……よろこんで」
その後、帰り道では手をつながなくなった。
二人とも冷やかされたりするのが苦手になったと赤い顔を手でぱたぱたとあおぐ。
その代わりに、長電話が好きになったみたい。
トゥルルル……。
「お電話ありがとう。神くん」
Fin.