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笑わない私と笑わせる彼

作者: コタツ


私は一度も笑ったことがなかった。

物心ついてから一度も。


どれだけ勉強しようとも、

どれだけ試験で高得点を取っても、笑えるはずもなく。

溜息の多い日常であった。


笑顔は生きる上で必要なものではない。

役に立つことはあっても、必須事項ではない。


このまま笑うこともなく、一生を終えるのだろう。

ぼんやりとそんなことを考え、溜息をつく日々であった。


一人、同じクラスの男子が、私を笑わせようとしていた。


来る日も来る日も、

私に付き纏い、つまらない冗談やモノマネを披露しては

私をイラつかせる存在だった。


部活に入っていない私の下校は早い。

当たり前のように、彼は下校も一緒についてきた。


駅まで歩きながら、興味もない話題を振ってきては

どうでもいいようなオチをつけてくる。

彼は自分で喋ったオチで自分で笑っていた。

私を楽しませるのか、自分を楽しませるのか。ハッキリして欲しい。


ある日、

彼はとっておきのネタを仕入れてきたといった。

長い前振りを永遠としゃべり続け、

最終的に、オチを忘れていた。

彼はオチを忘れた自分がおかしくて、くすくすと笑っていた。


ある日、

彼の誘いに付き合い、駅前のカフェで話題のイチゴパフェとやらを食べた。

確かに美味しかったが、それで私が笑うはずもなかった。

人は美味しいと笑うのだろうか?

彼といえば、しあわせそうな顔でパフェをぱくついていた。


ある日、

下校時間になっても、彼は来なかった。

少しだけ待ってやろうと思った。

先に帰ってしまうのも悪いかな、という程度の僅かながらの慈悲の心が、

いつの間にか沸いている自分に戸惑った・・・。

10分後、へらへら笑いながら彼はやってきた。

腕時計が遅れていたとのこと。嘘か真か知れないが。

そのにやけ顔が無性に腹が立った。

私を笑わせるどころか、なぜこうも私を不機嫌にさせるのだ?

こいつの前では笑わないと決心した。意地でも。笑わない。


そうこうして、来る日も来る日も、

私たちは笑えない下校路を歩いていた。



とある日、

いつも通り下校を共にした時、彼の異変に気付いた。

彼に、笑顔がなかった。

いつも笑い上戸のようにケタケタと笑っていた彼に、笑顔はなかった。

私は、その理由を聞くのに躊躇した。

彼を心配してると見透かされるのが嫌だったからだ。

私は彼のことなど微塵も心配していなかった。断じて。

でも、落ち込んでいる理由を聞きたかった。


そうこうしながら私がもじもじしていると、

彼はぽつぽつと事情を自分から話し始めた。

聞けば、何をやってもまったく笑う気配のない私を見て、

自信を失ってしまったらしい。


ああ、なんだ・・・。

とてつもなく、くだらない理由だった。

聞いて損した。

このやり取りと少しでも心配してしまった分、人生の、青春の貴重な時間を損した。


下校中、彼はずっとうつむいていた。

いつも私がしていた様な、深い溜息と共に。

私は彼に、何の言葉もかけずに歩いていた。

2人してずっと無言のまま歩いていた。


歩きながら、

私は人生で初めて、勝者の余韻を味わっていた。

しょげかえる彼を見て、私はとても満足した。

こんなにこころが満たされたのは初めてだ。

あー、充実している!今、私は!


この勝利の充実感を味わうために、今後も一緒に帰ってやってもいいかな、と思った。

今後も私は絶対に笑わない、絶対に。


笑わない努力をしよう、笑顔はつくらず、

能面のように無表情で、無感情で、

誰にも愛想を撒かず、

話しかけられてもなんの反応もせず、

小石のように黙りこくって、

そんな風にこれからも生きていこう。


いままでも、私は彼になんの影響も受けていないし、

これからも絶対に影響を受けない。

影響を受ければ負けだ。

心に鎧を装着し、完全武装で彼と付き合っていこう。

常に私が勝つ。ああ、なんて楽しそうな日々だろう・・・


そんなことを考えていると、

さっきまでしょげかえっていた彼は横に立っていた。

全ての不幸を背負ったかのような顔だった彼は、

いつの間にか、いつもどおりの爛漫とした顔に戻っていた。

そうして私に喋りかけてきた・・・


「うん、いい笑顔だね」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  主人公に共感が持てます。   純粋に、文章力があるなぁと思いました。 [気になる点] 矛盾もかわいい。 純文学よりかは、ヒューマンドラマかなぁという気もします。 [一言]  笑う、と…
2018/02/09 14:21 退会済み
管理
[一言] 面白かったです! 彼の方が一枚上手だったということでしょうか。あるいは、計算ではなく彼の裏表ない素の心が、結果的に彼女の心の鎧を外していたのかもしれませんね。
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