71 救援
タマラさんの指示に、従わなかった事を後悔した。
やはり先程、三人バラバラの方向に、逃げるべきだったのかもしれない……。
そうすれば、この中の一人か二人は助かったのだろう。
相手が本気になってしまった以上、背を向けた瞬間に、やられてしまう可能性が高い。
「待たせたな。こいつは、オレの獲物だ。お前らは、もう会社に帰れ。」
突然、隣から聞き覚えのある声が聞こえた。
この声は……《時空管》の代表、山形さんだ。
こちらも、いつの間にオレ達に追いついたのだろう。
気がついたら、隣に居た。
この人、未来の意識を宿すシャーマン、だという話だったな。
常識外れなのは、不気味な男といい勝負なのかもしれない。
なんか怖い男だが、味方だと思うと限りなく頼もしいぞ。
目付きからすると、戦う気満々の様だ。
「こいつ、とんでもなく強いですよ。大丈夫なんすか。」
「初日の新人のくせに、他人の心配とは生意気だな。お前はさっさと帰って、マンボウの寄生虫でも食ってろ。」
喋りながら、ニヤニヤと笑っている。
あの男の動向すら、気にしている様子もない。
これは、随分と余裕があるようだ。
(もう、大丈夫。山形さんに任せて、三人は戻って来て。)
お、タマラさんのテレパシーだな。
男と遭遇してからは、連絡が途絶えてた。
多分、妨害の影響で、通信障害か何かが起きていたのだろう。
そして、それも解決した。
ようするに、〈時空管〉の『技術力』が相手側に勝ったのだ。
『原始人は、現代兵器に手も足も出ない。』という話がある。
当然の事だが、『技術力』というものが、戦いでどれほど重要なのかを、端的に表わした言葉だ。
オレはもう、完全に安心してしまった。
「あの、オレ、見てってもいいすか?」
山形さんは、ちょっと意外そうな顔をした。
女子二人は、完全に驚いた顔だ。
多分、オレの正気を、疑っているのだろう。
「まぁ、構わねぇけど、オレは強すぎるから、参考にならねぇぞ。」
オレは、素直に頷いた。
多分、それは本当の事だろう。
「ちょっと、アンタ本気?絶対、早く逃げた方がいいって。」
「早く逃げましょう。あの人は危険だし、山形さんの邪魔になるだけだと思う。」
亜衣ちゃんも園池さんも、血色が戻ったようだ。
いやぁ良かった、良かった。
もう、二人は助かったようなもんだ。
「二人は、先に帰っててくれていいよ。あ、ゴメン、電車賃だけは置いてって。」
オレは、どうしても、この戦いを見てから帰りたいと思った。
〈喧嘩屋〉という、怪しいバイトをやっていた、先輩の戦いを見た事があった。
そのお陰で、今日を生き残る事が出来たと思う。
あの先輩も、オレなんか、比べ物にならないほど強かった。
だから、山形さんの戦いを見る事が、いつか意味のあるものになる気がする。
というか、シャーマンと人外の戦闘なんて、そうそう見れる機会が無いだろうし。
ショーだと思えば、いくら金を積んでも見れる物じゃないからな。
「……私達は、駅で待ってる。だから、必ず来て。」
亜衣ちゃんは、懇願するように言った。
「わかった。必ず、行くよ。」
オレは、本気で約束をした。
「お前達は、どこにも行かせない。一緒に、来て貰う。」
不気味な男が、オレ達の前を塞ぐ。
亜衣ちゃんと園池さんは、一瞬、固まった。
「安心しろ、すぐ終わらせる。」
山形さんが、オレの目の前から、文字通り消えた。
何が起きたのか、さっぱり分からなかったが、不気味な男が吹っ飛んで倒れた。
すぐに立ち上がって、すごいスピードで山形さんに襲い掛かる。
空気が、切り裂かれる音がした。
これはもう、人間の戦いじゃない。
確かにこれじゃ、オレには参考にならないだろう。
というか、殆どの行動が速過ぎで、何をしているのかがわからない。
それでもオレは、食入るように戦いの行く末を見つめた。
そのうち、戦いが一方的なのを、理解する事ができた。
いや、これは、戦いというよりも狩りだ。
山形さんというハンターが、獲物を狩っているだけなのだ。
男の抵抗は、勝利する為のものではなく、逃げる為のものになっている。
「それじゃ、私達は行くよ。山形さんは、大丈夫そうだけど、アンタは、油断しちゃダメ!」
「くれぐれも、気をつけてね。」
オレは、二人の言葉を聞くともなく聞いて、手を振った。
二人が去っても、しばらくの間は空気を切り裂く音が続いた。
そして、それは唐突に止んだ。




