06 蚊
一時間ほど、そのまま放って置かれた。
オレの中で『怖い山形さん』は『ムカつくおっさん、通称山形さん』に変っていた。
恐怖空間に長く居たせいか、ほとんど恐怖を感じなくなっていたのだ。
一応、『さん付け』をしているのは、つい、『山形』などと、呼び捨てで話しかけてしまう事を防止する為の策でしかない。
バイトの面接に落ちると、あの美少女とお近づきになれないからな。
もうすでに、敬意なんて欠片もないぞ。
待たせるのも大概にしろよ、おっさん!
「なんだ、まだそこに居たのか。座って待ってりゃいいじゃねぇか。」
やっとこっちに来たと思ったら、さんざん待たせた挙句の第一声がコレだ。
しかも半笑い。
ガラは悪いが、かなりの長身イケメンで、高級そうな仕立ての良いスーツを着ている。
やっかみも加わって、本当にムカつく。
顔の傷を見て、ヤバイ奴という認識を取り戻さなかったら、殴りかかっていたかもしれない。
殴り合いになったら確実に負けるだろうし、それだけではすまなそうだ。
とにかく、気を落ち着かせた。
美少女のバイト仲間になる為だと思えば、この位は我慢すべきなのかもしれない。
「ここの代表の山形だ。名前は、サトウショウ。年齢は十六。そうだな?」
「そうです。募集の返信メールに書いてあったので、履歴書を持ってきました。」
「その辺に置いとけ。そんなもんに興味は無い。」
なんだよそれ、これ書くの二時間位かかったんだぞ。
「これから、適性検査をやる。ダメだったら即帰ってもらう。」
「適性検査ですか。わかりました。」
「左側の奥の部屋に検査機器が置いてあるから、行って少し待ってろ。」
「はい……。」
また一時間とか、待たせる気じゃないだろうな。
釈然としなかったが、乗りかかった船だ。
とにかく、適性検査ってのを受けてみよう。
小部屋に向かって一歩進んだ。
突然、ふらついた。
目の前を何かが、物凄いスピードで走りぬけたような……。
あれっ、今の何だ?
ついさっきまで目の前にいた筈のおっさんが、何故かドアの外の階段付近にいる。
何が起きた?
一瞬であそこまでは、移動できないぞ。
オレは、何度も瞬きをして、頭を擦った。
暑い中歩いて来た後での、立ちっ放しだったし、貧血……かな。
少しの間、気が遠くなって、意識が無かったのかもしれない。
多分、そういう事なのだろう。
こんなの、初めてだぜ。
緊張し過ぎの状態で、長々と待たされたからだな。
「蚊だ。」
「この蚊ってのは現状、人以外で最も殺人を行った生物だ。そんなもんを駆除せずに放し飼いにしている。全く、この時代の奴らはイカれてる。中には入れんから安心しろ。」
この人、よっぽど蚊が嫌いなんだな。
そりゃ夏なんだから、蚊なんていくらでもいるだろう。
でもまぁ、倒した時の達成感はなんとなく分かるから、頷いておく。
満足そうに手のひらを見つめるおっさんを尻目に、オレは小部屋に向かった。




