58 ドア
「まさか、やり過ぎるとは思わなかった……。」
亜衣ちゃんの声は、悲しそうだ。
「あの山形さんがリーダーに選んだ、って時点で、こういう心配の方をしとくべきだったね……。」
園池さんの声も、いつになく暗い。
でも、ちょっと待ってくれ。
「仕方ないだろ。こいつ等は、本気で攻撃してきた。」
園池さんはオレの方を向いて、ばつの悪そうな顔をした。
「別に責めてる訳じゃないって。『こっちは、思いっきり殴られても全然平気』だなんて、信じられないだろうし。力のコントロールは難しいからね。戦力として当てになるって事で、期待してるよ。」
そうか、オレは勘違いしていたのかもしれない。
ナノマシンでの強化ってのもホントなら、今のはピンチでも何でもなかったのか。
男を見ると、本当に酷い状態だ。
出血は全く止まらないようで、服も床もどんどん血に塗れていく。
これは、マズイ。
あまりに凄惨な光景に、オレは思わず目を逸らした。
「この男達は、モニカさんに任せておけば大丈夫。隠すのに使う機械には、遠隔操作できる生命維持機能があるらしいし。とにかく急いで隠して、エレベーターに向かいましょう。」
オレの陰鬱な表情に気がついたのか、亜衣ちゃんは話題を変えた。
(状況はこちらも把握してる。悪いようにはしないから、任務を続行して。)
モニカさんからの通信だ。
それが本当なら、とにかくその機械とやらを起動させなくては。
体を引きずるようにして、三人をダンボールの後ろに隠す。
オレが倒したもう一人の坊主頭も、倒れた男と同じように出血していた。
坊主頭は、あれからピクリとも動かない。
これで、ちゃんと生きているのだろうか。
床には、ゾンビが這ったような血の跡が何本も残っている。
倒れた男達を、引きずった跡だ。
血生臭い匂いが、辺りに充満している気がした。
これはもう、男達を隠すとかいう以前の問題で、確実にアウトだろう。
園池さんが、どこに仕舞っていたのか、ヘアスプレーのような物を取り出した。
それを血の跡に吹き付けると、血の跡が全て消える。
どういう仕組みなのかは、全く分からない。
「手を出して。」
園池さんに言われたが、意味が分からなかった。
何の為に?
反射的に、自分の手の平を見る。
オレの手の平は、紅く染まっていた。
「えっ?」
男達を引きずった時に、血が付いたのだろう。
園池さんがスプレーをすると、オレの手の平も綺麗になった。
何か、嫌な感じがする。
オレはどうしても気になって、手の平を念入りにズボンで拭った。
亜衣ちゃんが、男達を隠したダンボール付近に、何か三角形の物を置いた。
一瞬視界が歪むと、男達の姿が掻き消える。
そういえば園池さんが、人を隠せる機械を借りてきたと言っていた。
おそらくその機械が、何か光学的な処理をしたのだろう。
そして、その機械には生命維持機能もあるような事を言っていた。
きっとあの男達は、これで助かるはずだ。
そう思いたい、思う位しか今のオレに出来る事はない。
「なんとか間に合いそう。そろそろ、あのカップルは居なくなって、車に乗っているはず。」
(カップルはもう、車に向かってる。監視カメラはまだこちらのコントロール下にあるから、エレベーターまでは安全。)
「OK。じゃあエレベーターに急ぐよ。」
園池さんは、小走りにドアから出て行った。
亜衣ちゃんが、オレの目を見る。
「とにかく、急ごう。屋上は、余裕がないから。」
哀れむような、慰めるような、助けを求めるような、そんな瞳だった。
亜衣ちゃんも、背を向けてドアを出て行く。
オレも、行かなければ。
ドアを開けようようとしたが、どうしても気になって後ろを振り返る。
血塗れで倒れた男の姿も、引きずったような血の跡も、もう何もない。
思わず、手の平を見つめる。
フラッシュバックのように、血に塗れた手の平のイメージがオレを襲う。
反射的に、手の平をズボンで拭う。
違う、いつもと何も変らない手の平だ。
だが……。
オレはこの手で、知らない人間をいきなり襲って血塗れにした。
あの男達が、まだ生きているのかどうかも分からない。
こんな行為が、法律で認められる事はありえないだろう。
オレは、越えてはいけない一線を越えてしまった。
理由無くこんな事をして、人として許される訳が無い。
本当に第三次世界大戦を止めるような、大きな意味のある行為だったと、信じる位しかないのだ。




