57 血溜り
亜衣ちゃんは、残った最後の一人の男と対峙していた。
構えから判断すると、亜衣ちゃんは何かの武術の心得があるようだ。
だからこそ、男の攻撃を避けきっているのだろう。
まだ、傷一つないようだ。
男の方はスタンガンを警戒して、積極的には攻めていない。
とはいえ、体格差はあまりにも大きい。
何時までも無事とは、とても思えない。
対峙する二人共、こちらの状況に気を回す余裕はないようだった。
オレは即座に起き上がって、そっちへとダッシュで走った。
その勢いそのまま、オレに気付いていない男の顎を殴る。
顎ばかり狙うのは、即死しない急所を他に知らないからだ。
グシャっとまた、何かが砕ける音がした。
男は、顔を抑えて床にうずくまる。
オレは完全に戦闘能力を奪う為、膝を踏みつけるように蹴りをいれた。
またもや、ギュシャっという気味の悪い音がする。
男は顔を抑えたまま、床に転がる。
こうすると膝が破壊され、歩く事すらできなくって、戦闘能力が大幅に落ちるそうだ。
武道や護身術でも禁止されるような危険な技だが、効果は抜群。
今は、手加減をしている場合じゃない。
女子達の危険の排除、それがオレにとっての最優先課題だ。
多分、その課題はこれでクリアした。
安全は確保された、と思っていい。
ウー、ウー、ウー、という感じで呻き続ける男。
血が、ポタポタと床を濡らし、血溜りを作っていく。
結構、すごい血の量だ。
男は顔を抑えたまま、床をのた打ち回る。
オレは、その男と目が合った。
おそらく、凄まじい痛みなのだろう。
オォウ、ウー、オウォー、と声にならない悲鳴を上げている。
痛みと割れた顎のせいで、まともに喋れないのだ。
もう勘弁してくれ、助けてくれ。
そう、言っている様にも思える。
もう、戦いは終わった。
出来るなら、助けるべきなのだろう。
どうすればいい?
オレに何が出来る?
呆然として眺めている事しか、出来なかった。
亜衣ちゃんが男にスタンガンを押し付け、男は意識を失った。
オレは、少しだけホッとした。
もう、あの呻き声を聞きたくなかったからだ。
園池さんもこっちに来た。
二人共、凄く厳しい表情をしている。
泣きそうな顔といってもいい。
多分オレ自身は、もっと酷い表情をしているだろう。




