55 段ボール箱
すっかり今のSF状況の思考に浸っていると、バシッ、と結構強く後頭部を叩かれた。
犯人は、また園池さんのようだ。
さらに耳を引っ張られて、後ろを向かされる。
な、何をなさる……。
どうやら、園池さんは小窓から警備室の外に出る様だ。
そういえば、『パンツ見るな』って言ってたような気がするな。
あれ、テレパシーだったか。
十数秒後、今度はやさしく肩を叩かれた。
犯人は亜衣ちゃんだ。
園池さんも、この位の強さで叩くべきだと思うのだが。
で、何の御用?
あ、そうか次はオレが警備室から出るのか。
そういえば、そういう手筈だったな。
動揺して、すっかり忘れてた。
えぇと、ドアから出るのもダメだったな。
オレはなんとか、小窓から這い出た。
直後、園池さんがオレの手を引っ張って走り出した。
つられて、オレも走り出す。
まだ、亜衣ちゃんが来てないぞ。
そのまま園池さんと一緒に、突き当たり付近のドアまで進んだ。
園池さんが、どこからともなくハンカチを取り出して、ドアノブを掴む。
どこからともなく物を取り出すのは、園池さんのスキルなのだろうか。
やはり、指紋をつけない様に行動するのは、基本のようだ。
あぁ、なんか悪の道に舞い戻ってしまった気分。
まぁ、今の非日常的なSF状況で、そんな細かい事を気にしてる場合じゃないな。
カギは掛かっていなかったらしく、ドアは開いた。
オレはドアの向こう側に、軽く突き飛ばされる。
なんか、オレの扱いが荒いんですけど。
ドアの中は、階段だった。
園池さんもすぐに入って来て、ドアの隙間から様子を覗っている。
ドアの半分程は、開いたままだ。
二十秒ほど経って、亜衣ちゃんも入って来た。
園池さんが、大きな音を鳴らさないように、ゆっくりとドアを閉めた。
「二分もしたら、三人が来る。あっちに隠れるよ。」
園池さんが指差したのは、登り階段の横のスペース。
最下階でなければ下り階段がある位置だが、ここは最下階なので下りの階段はない。
代わりに、資材置き場の様なスペースになっている。
隠れるのにちょうどよさそうな感じで、ダンボール箱等が十数個はど積んであった。
「もしかして、マジであのゲームの敵みたいな三人と戦うの?」
小声で尋ねてみる。
オレは今、情けない顔してるんだろうなぁ。
「うん。」
「あたし達がなんとかするから、ダメそうだったら隠れて見てて。」
それはカッコ悪すぎる。
こんなカワイイ女子達が戦う気なのに、オレだけ隠れてるってのは。
「あたしは鞄を持ってる奴を最初に狙う。あいつさえ倒せれば、後は武器になる物持ってないから。アリサは、他のどっちかをスタンガンで何とかして。」
亜衣ちゃんが頷いて、こっちを見た。
オレは二人に頼られてはいない様だ。
むしろ、心配されているみたいな目線が痛い。
「すぐ来ちゃうから、もう声を出さないで。」
クソ、質問してる間もないか。
あのデカイ男達と女子二人が、どうやって戦うか考える。
思い出してみるが、三人共オレよりもずっと強そうだった。
オレが本気で参加したって、勝てそうもないぞ。
正直、オレは恐ろしい。
殺し屋との喧嘩なんて、当然ながら初めてだ。
実はオレ、軍隊格闘術を習得した経験があったりする。
といっても、ネットの怪しい通信教育で習っただけだ。
世界各国の軍隊で指導教官をやっていたという男の、眉唾な動画が教材。
中学当時の悪友達と三人で、一緒にその真似をして、強くなったと思い込んでいた。
その後、何度か暴力沙汰に巻き込まれて、現実を知る事になるが。
これもまた、中学時代の黒歴史における一ページだ。
まぁ、意外とあの動画の知識は、実践的だったのかもしれない。
役に立った事も、何度かはあったりする。
しかし、オレが暴力沙汰で武勇伝を残したのは、たった一度だけだ。
それも、たまたま運が良かっただけ。
自慢できるようなものじゃない。
その後は、二度と暴力沙汰に関わりたくないと思って、悪友達からも逃げ出した。
高校に入ってからは、アイツらとほとんど連絡を取っていない。
ゲームではオレTUEEE、とか思っていたが、現実では絶対に無理。
何で、こんなオレなんかが選ばれたんだろう。
こういうのに向いているのは、あの《喧嘩屋》と呼ばれた、あの先輩の様な人の筈だ。
オレは、自分が小刻みに震えている事に気が付いて、絶望した。




