42 さくらんぼ
「佐藤君っての、言いにくいなぁ。知り合いにも佐藤いっぱい居るし。渾名とかないの?」
あぁ園池さん、その発言はオレの地雷です。
渾名、確かにありますけどね。
《錦》という渾名。
何故、《錦》なのかというと、《佐藤錦》というサクランボの品種があるのだ。
サクランボ、つまりチェリーだ。
英語圏に於いてチェリーは、同性愛者を表わす隠語だともいう。
そして日本では大抵、それとは違う意味の方で使われる。
どうしてチェリーなのか……はオレが聞きたいわ、ボケ。
まぁ、とにかく渾名は勘弁して欲しい。
「あ、そういえば山形さんが、『今度、《佐藤錦》って渾名の奴が来る。』って言ってた。」
何それ酷い、嘘だと言ってよ亜衣ちゃん。
「何それぇ。変な渾名。どういう意味なんだろ。」
やめてくれ、深く考えてはダメだ。
「なんか、山形さんが言うには、山形産のサクランボの品種なんだって。山形さんが山形産って言ってたから思わず噴出しちゃったけど、山形さんも一緒になって笑ってたよ。」
「山形さんが山形産って、じわる。」
また二人はケラケラと笑っている。
「あ、ゴメンね。別に佐藤君の渾名を笑ってる訳じゃないから。」
そ、そうですか。
これは、紙一重だな。
園池さんが、怪訝そうにオレを見ている。
「サクランボってイメージじゃないよねぇ……。」
園池さん、深く考えちゃダメだって、スルーしとこう。
そんなオレの希望を裏切るかのように、園池さんが手を叩いて笑い出した。
「アハハ。わかった。そういう意味かぁ。」
どうやら気が付かれてしまった様だ。
これは、流石に気恥ずかしい。
亜衣ちゃんは気が付いてない様だが、園池さんに知られた以上は、時間の問題だろう。
「え、どういう意味なの?」
亜衣ちゃん、その質問は止めておこうよ。
それは、オレの心を抉る可能性があるから。
「チェリーボーイっていうじゃん。そういう意味でしょ?」
教えた上に、本人に確認までするんですか。
亜衣ちゃんは赤くなって、目を伏せてしまった。
若干、笑いを堪えてる感もある。
オワタ。
「ま、まぁそういう意味で呼ばれてたんだと思う。あくまでも中学の時ね。」
空しい抵抗を試みたが、効果はないようだ。
「あたしは、『チェリー君』って呼ぶか、『翔君』って呼ぶ事にする。どっちがいい?」
それ、絶対に答え分かってて聞いてるよね。
「『翔君』、でお願いします。」
横浜へ向かう電車も、当たり前のように混雑していた。
ラッシュアワーの電車は慣れてない。
人混みに揉まれたオレ達は、横浜駅に着くまで、ほとんど会話できなかった。




