30 天使
「タマラさん。これは、いくらなんでも酷いですよ。」
亜衣ちゃんは、泣きそうな声で訴えている。
というか半分泣いている。
何故、こんな事になってしまったのかというと……。
微笑すら浮かべて入ってきた亜衣ちゃんだったが、オレと目が合った途端に顔色が変った。
「タマラさん。彼は昨日が面接だった筈。ここにいるって事は、現場に出るって事ですよね。それは、いくらなんでも無理です。可哀想。絶対、何が起きてるのか理解できてない。」
そう言って、タマラさんに詰め寄ったのだ。
そういえば、園池さんもそんな様な事言ってたな。
どうやら、原因はオレに関わる事で、亜衣ちゃんはオレを庇ってくれているようだ。
しかし、そんなにヤバイのか、ここのバイト。
「亜衣ちゃん。気持ちはわかるけど、これは佐藤君自身の問題でもあるんだから。」
タマラさんが、なだめるように説得している。
「私、山形さんに言ってきます。」
進もうとする亜衣ちゃんを、園池さんが遮った。
「アンタ落ち着きなって。どうせ、いつかはやらなきゃならないんだよ。あたしもアンタも一緒に行くんだから、大丈夫だよ。むしろ、今日の方がいい位だって。」
園池さんは、亜衣ちゃんの肩に手をのせた。
慰めるのと同時に、押し留めるつもりなのだろう。
「私達は予想が的中する所も見たし、覚悟が決まるまでの時間もあった。でも、彼はまだ信じてないと思う。心の準備が出来てないのに、現場なんて危険。何よりも、精神的に辛すぎるよ。」
綺麗な涙が零れた。
もしかして、オレの為に泣いてくれてるのか。
なんという天使。
いや待て、見惚れて喜んでる場合じゃないな。
女の子を泣かしておいて、逃げ帰る訳にはいかない。
オレが、何か言わなきゃダメだ。
「オレの事だったら、心配しないで。ある程度の覚悟はしてるから。」
これは本当だ。
どんな辛い事が待っているのか知らんが、亜衣ちゃんの為ならやるぞ。
「ね、佐藤君もそう言ってるし。亜衣ちゃんも席に座って。」
しぶしぶ、といった感じで亜衣ちゃんは席に着いた。
オレと目が合う。
涙で濡れた瞳が、キラキラと輝いている。
オレは大丈夫だ、というように何度も頷いてみせた。




