第3話
「前野ちゃん、どうしたの?今日はなんだかゴギゲンじゃん?」
そんなに顔に出ているのだろうか。清香は慌てて顔を引き締め、横に座った女性を見る。
忙しくて時間が遅くなってしまったので、食堂はがら空きだ。
声の主は、谷中礼子。清香が入社したときからの教育係で、頼れる先輩だ。
数少ない20代で、会社では一番仲がいい。
「ちょっといいことがあって。…私、そんなにわかりやすいですかね?」
彼女はうんうんと頷いて、サンドイッチを頬張る。
ということは、憧れの人が来た時の様子も全部、顔にでているのだろうか。
それは恥ずかしいかも。
「それで、ちょっといいことって?パチンコで大当たりしたとか…」
彼女は黙っていればお嬢様風なのだが、意外とギャンブルが好きだったりする。
「パチンコは谷中さんと一回行ったっきりですよ」
清香は初めて行った時、あの音とタバコの臭いに圧倒されたのを思い出した。
「へぇ、面白いのに。行きたかったらいつでも言いなよ。競馬でもいいけど」
礼子の休日の過ごし方が想像できる言葉だ。
「今のところ良いです…」
「で、で?」
食事を終え、デザートのゼリーに取り掛かった礼子が、先を促す。
「昨日、友達がやってるバンドのライブに行ってきたんですよ」
顔の緩みを抑えようと、お茶を飲んで一息いれる。
「私、結構人見知りするんですけど、珍しくすぐに仲良くなれて」
それが嬉しかっただけですよ、と口を尖らせる。
礼子にとっては、レベルが低すぎて面白くもない話だろう。
「え、それって男の子?」
なんでわかるんだろう…
「まぁ。女の子も男の子もいますけど…」
ふっと時計を見ると、休みの残り時間が少なかった。
慌てて、広げていた弁当を片付ける。
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自分の席がある事務所に戻ると、応接スペースに清香の憧れの人・近藤がいた。
いつ見ても(といっても、普段は背中越しなので声しか聞こえないのだが)爽やかだ。
資料を届けに来たようで、大きな封筒を抱えている。
今日はかなりラッキーだ。時間ギリギリだけど、化粧を直しておいて良かった。
真正面で向き合うことなど、滅多に無いから、チャンスを逃すと今度はいつになるかわからない。
昨日は出来たから、今日もきっと大丈夫!
そう心の中で念じ、思い切って挨拶することにした。
「ぃらっしゃぃませ〜」
・・・
…見事に声が裏返った。
耳が熱い。
きっと顔が真っ赤になっているに違いない。
近藤は一瞬固まった後、噴出した。
「…おじゃましてます…」
クスクス笑って、ちょっと可愛い。
でも、清香はそれどころじゃない。
「あぁ、恥ずかし〜」
なんて小声で呟きながら、ぎこちなく彼の横を通り過ぎる。
そしてそのまま自分の机に突っ伏した。
私ってば、ダメ過ぎ…
後ろを歩いていた、礼子が清香の肩をポンっと叩いてわざと大きめの声で言う。
「前野ちゃん、そんなに慌てなくても休憩時間まだ終わってないって」
さすが姐さん。フォローがありがたい。
頭を少し下げて、感謝する。
やっぱり、清香のささやかな気持ちは礼子に知られているようだ。
それを決定付けるように、彼女はニヤリと笑って、清香に耳打ちする。
「掴みはオッケーじゃん?」
清香は力なく笑って、ため息をついた。
昨日はうまくいったのに。
家に帰ってからため息を何度ついたかわからない。
落ち込んでいてもしょうがない。
前向きにいかなきゃ、と手を握り締めた。
落ち着いて考えれば、あの変な挨拶だって印象に残って、清香を覚えてくれるかもしれないのだ。それだけでも良いじゃないか。
それに、挨拶とはいえ言葉を交わせた。
目だって合ったし…
それを思った途端、急に気分が浮上してきた。
やっぱりかっこよかったな。
優しそうだし。
今度話す機会があったら、深呼吸して喋ろう。
清香は、自分のその姿を想像し、不自然さに眉を顰める。
また大きなため息が漏れた。
第3話目まで読んでくださっている方、本当に感謝です。
どうしようもない駄文ですが、頑張ってテンポのいい話を書けるようになりたいです。