第12話
腕に光る時計を見ると、待ち合わせの11時ぴったりだった。
せめて5分前には着きたかったが、遅刻だけは免れたので、少しほっとする。
龍平の姿を探すが、日曜日だけあって、人が多すぎる。
いつもの6時半に目覚めてしまった清香は、のろのろとベッドから降りると、頬に張り付いた髪をはらう。
龍平と待ち合わせ場所を決めたあと、気が昂ってなかなか寝付けなかった。まだ眠気が残っていた顔を冷たい水で洗うと、無理やり頭を覚醒させた。
いいかげんに服を決めてしまわないと、約束の時間に遅れてしまう。
清香は熟考の末、お気に入りの膝丈のワンピースを選ぶと、散らばった服を片付けはじめる。
ニット素材のワンピースは、女の子たちと遊びに行くときにもよく着るし、無難だと思う。
あまりオシャレしすぎて、意識していると思われるのもなんだか嫌だ。
『あ、前野さん?おはよう。今どこ?』
待ち合わせの場所で服を調えていると、龍平から着信があった。
「おはよう。待ち合わせの、時計の下だけど…人多くて見つからないね〜」
携帯で喋っている人を中心に探すのだが、なかなか相手が探せない。
『ちょっとぐるっと周ってみるから、そのまま動かないで待ってて』
少し経つと、隣にいた女の子たちが、カワイーと囁き合う声が聞こえた。
彼女たちの指差す方向を見ると、龍平が歩いてくるのが見えた。
大きな目をキョロキョロ動かしながら、清香を探している。
「あ、前野さん!やっと見つかった〜」
ほっとした顔で言うと、首をガクンと下げる。
隣の女の子たちが、自分たち二人をているのがわかったが、清香はそれどころじゃない。
これから過ごす未知の時間を思うと、落ち着いていた脈拍が若干速くなった気がする。
「す、すっごい人だよね。なんか、暑いくらい」
清香は、緊張を隠すように手で顔を扇いだ。
人ごみから逃れるように、歩き出した二人はだったが、なんとなく黙り込んでしまう。
沈黙に耐え切れず、清香が口を開いた。
「もう買い物する店は決めてあるの?」
「あぁ、うん。リクエストがあってさ。駅ビルの店にあるらしいよ」
詳しく聞くと、万里子の好きなキャラクターグッズをプレゼントする予定らしい。
「万里子って面白いよね。落ち着いてて、お姉さんって感じなのに、キャラものとか大好きなの。自分の部屋とかすごいんだよ」
そういえば、ストラップにも小さい人形がくっついていたと龍平も答える。
「さすがに、そういう店に男一人で行くのは恥ずかしいしさ」
清香は思わず、龍平がぬいぐるみに囲まれている想像をしてしまったが、違和感を感じない自分を少し申し訳なく思った。
「確かにね。私でも一人じゃ来れないかも」
龍平は買ったプレゼントを満足そうに眺めている。
「はぁ、これで安心だ。さっき言ってた波川さんのストラップ壊しちゃってさ。弁償するって言ったら、断られたんだけど…」
それでも食い下がる彼に、最終的に万里子が折れたらしい。
誕生日プレゼントとしてだったら、いいよと。
「ああ、そっか。あれ、彼氏にもらったものだからね」
龍平に同じものを買ってもらっても、しょうがないわけだ。
「そうだったんだ…悪いことしたなぁ」
「さっき買ったのだって喜んでくれるって」
落ち込む彼を慰めようと、清香は明るく言った。
選んでる姿は真剣そのもので、周りの女の子たちの視線にも気付かずに、長い間迷っていた。
万里子に教えてあげよう。
そう思ったら、顔が笑っていたらしい。
「…前野さん?」
怪訝そうな龍平の呼びかけに、清香は顔を元に戻そうとするが、うまくいかなかった。
「いやぁ、井上君がプレゼント選んでる姿、万里子に見せたかったな、と思って」
「なに、俺ってそんなに浮いてた?」
『浮くどころか溶け込んでた』などと言うと怒るだろうな、と思ったので、適当にフォローできそうな言葉を探す。
「うーん、真剣さでは一番だったよ」
そう言うと、龍平は苦笑いで手に持った紙袋を持ち上げた。
今日の目的が終わってしまうと、また沈黙が訪れた。
お互いに、これからどうするのか窺っているようで、微妙な緊張感が漂う。
11時の待ち合わせにしたからには、お昼ごはんも一緒に食べるつもりなのだろうが、龍平はその話を特にはしなかった。
ぐぅ〜
清香のお腹が小さく鳴ったのを合図に空気が緩んだ。
恥ずかしいが、タイミング的にはバッチリだ。
半ばヤケクソになって清香が口をひらいた。
「お腹なっちゃった〜。お昼ごはんの時間だってさ」
「ぷっ。…腹時計、正確だね。12時ちょうどだよ」
龍平が差し出した腕を見ると、本当に針が真上を指していた。
「うわぁ、私ってすごい。健康的だね〜」
清香よりも10cmは背の高い龍平を見上げると、大きな目を細めて笑う彼と目が合った。
「お昼、食べに行こうか」
文句なしにかわいい。
それでも、その中に男っぽさを感じて、思わずドキっとする。
不自然にならないように、少しだけ笑うと、目をゆっくり逸らした。
近藤のことが好きと言っておきながら、龍平にも由比にもドキドキしてしまう自分に、清香は自己嫌悪を感じる。
"好き"ってなんだろう。
近藤のことは"憧れの人"と名づけているくらいだから、ただの憧れなのだろうか。
でも、好きだと思う。
じゃぁ、龍平と由比に感じる気持ちは?
もしかして、実は気の多い女なのか。
そんな考えにたどり着いて、清香は少し落ち込んだ。
上の空で歩いていたら、龍平に腕を取られる。
「こっちこっち」
清香が前を見ると、危なく柱にぶつかるところだった。
これ以上ベタなハプニングを起さないよう、考え事を頭から追い出した。
二人は、ビルの中にあった店で食事をすると、龍平の提案でCDショップへ向かった。
お互いのお勧めの歌手の話をしたり、いろんな曲の試聴をしたり。
多少の緊張は残るけど、素直に楽しいと思えた。
「帰ろうか、家まで送っていくよ」
一日中歩き回って、さすがに疲れを感じた清香は、帰ることをいつ切り出すが迷っていた。
それを感じ取ったかのように、龍平が言った。
「ううん、一人で大丈夫だよ。寄りたい所もあるし」
本当は、どこかに寄る予定はないのだが、このまま一緒に帰るのが気恥ずかしくて、咄嗟に嘘をついてしまった。
「あ、予定あったんだ。時間、大丈夫?」
心配してくれる龍平に、罪悪感を感じながら、言葉をひねり出した。
「…うん、ちょっと買いたいものがあるだけだから」
荷物持ちしようか、と言う龍平をやんわり断って、駅で別れた。
清香は疲れてベンチに座り込んだ。
慣れないことばかりで、一日中、気を遣いっぱなしだった。
それでも、龍平の誘いを断らなくて良かったと思える。
逃げないと決めたことだし。
「清香?」
携帯を閉じて立ち上がろうとした瞬間、清香の前に人が立った。
自分のことを呼び捨てにする男は、父親ともう一人しかいない。
ユウだ。
「…ユウ?」
成人式以来だ。しゃべるのは小学生以来だった。
正直、あんまり会いたくない。
嫌な思い出まで、思い出してしまうから。
やっと緊張から開放されたのに…
「やっぱり、清香だ!久しぶりだな。さっきから、そうじゃないかと思ってたんだよ。なぁ」
そう言って、ユウは後ろにいた男の子に向かって、同意を求める。
どこかで見たことのある顔だ。でも、思い出せない。
「ああ、久しぶりだな。十年ぶり?」
「うん?」
ということは、同級生なのか。
必死に頭の中で、記憶を手繰り寄せる。
「…もしかして、俺が誰だかわかんないとか?ひでぇ」
そんなことを言われても、と思った瞬間、パッと閃いた。
「ああ、岩田かぁ。こっち戻ってきたの?」
言われて見れば、眉毛とか目の形とかに面影は残っている。
「やっとわかったか。相変わらず鈍いな」
口の悪さはそのままだ。
「彼氏といるから遠慮しようかと思ったんだけどさ」
「いや、彼氏じゃなくて友達」
ユウの言葉を否定すると、なぜか二人は目配せした。
なんだか嫌な感じだ。
「私、もう帰るところだし、じゃあね」
これ以上疲れるようなことは避けたいと、ベンチから立ち上がった。
「前野、冷てー!せっかくだから飲みに行こうよ」
「そうそう。成人式もいつの間にか帰ってるし」
清香は押しに弱いようで、なんだかんだ言いながら、二人と飲み屋に行くことになってしまった。
そんな三人のやり取りを、龍平は少し離れた駅から見ていた。
清香はそれに気付くはずも無く、半分引きずられるようについていった。
前回からかなり間が開いてしまいました…
そして案の定、山場は持ち越しになってしまいました〜
よろしければ、次話もおつきあい下さい。