第11話
「谷中さんっ!」
朝一番で、礼子に詰め寄ると、彼女はきょとんとした顔で清香を見た。
「どしたの?今日は朝からテンション高いじゃん」
のんびりした口調に、勢いが削がれた。
もしかして、真奈や万里子の言っていたことは違うのだろうか?
「金曜日、由比さんに渡すように言われた紙袋の中身のことなんですけど…」
清香が小声できり出すと、礼子の目が大きく見開かれた。
「え…前野ちゃん、なんで…。もしかして、もう由比さんと?」
友人二人の読みが当たっていた、と肩を落とす。
「ゴメン、冗談だってば。まさか前野ちゃんが中身を見るとは思わなくて」
「違います!見てもないですよ!」
清香が顔を赤くして否定していると、出社してきた上司に咳払いされたので、仕方なく話を切り上げた。
会社の人達が絶対来なさそうな、オシャレなカフェに礼子を連れ込んで、質問を開始する。
なんだか取調べでもしている気分だ。
お昼休みは短いので、サクサク訊かないと。
「私が悪かった。調子に乗ってました!」
「さすがに、真昼間に買ってきたわけじゃないですよね」
礼子はそれを苦笑いで否定する。
「あげた理由は…これも話さなきゃダメなの?」
彼女は困った顔をしたが、聞かないことにはスッキリしない。
「うーん。喋っちゃっていいのかなぁ」
「教えてください。谷中さん、土日にメールも電話もしたのに返事くれないし。酷いですよ。おかげで友達に訊いて、大笑いされたんですよ」
恨みを込めた目で見ると、礼子は済まなそうに手を合わせた。
「会社にケータイ忘れちゃってさ。休みの日に取りに行くの嫌だったし」
「由比さんって、3年くらい前に婚約までしてた彼女がいたのね。社内恋愛だったから、周りに隠してて。その彼女と私が同期だったから仲が良かったんだ」
その彼女は、礼子を介して知り合った男性と浮気して、隠れて二股を掛けていたらしい。
婚前旅行に男がついてきて、修羅場を演じたとか。
「本当にラブラブでお似合いの二人だったから、信じられなかったよ〜。由比さんもかなり落ち込んでさ。実際、あれから彼女とかいないみたいだし。…だから、ちょっと責任感じちゃってるんだよね、私」
だからって、あのプレゼントはどうなのか。
「こないだのは、からかい半分、応援半分ってところ。由比さんが女の子を食事に誘う気になって、良かったなぁって」
興奮してあげる物の選択を間違ったけど、と笑う。
由比にそんな過去があったとは。
帰る道々、礼子は話してくれたが、清香は戸惑う。
「谷中さん、前に、食事くらいたいしたことじゃないって言ってたから、行ってみたのに…」
「私は、近藤さんとよりも由比さんの方を応援するな。絶対オススメだから。軽そうに見えるけど意外と一途だし、優しいと思うし。見た目も近藤さんより由比さんの方が良いじゃん。それにさ、近藤さんの事は全然知らないじゃない。会社と名前くらいでしょ?知ってるのって」
清香が近藤に好意を持っているのを知っているくせに、ひどい。
「そんなこと勝手に言って…」
由比自身がそういうことを口に出したわけでもないのに。
近藤の名前と会社しか知らないというのは図星なので、なにも言い返せない。
清香が黙ってしまうと、今度は自分の番とばかりに、会話の内容などを質問責めにした。
直行で営業に出ていた由比は、廊下で礼子を見かけると、大股で歩み寄ってきた。
「おはよう。清香ちゃん、先週はありがとね。で、礼子さん?」
わかってるよね?と由比が無言で圧力をかけると、渋々といった様子で礼子がついていった。
怒られるんだろうな、と思うと少し可哀想だが、仕方のないことだ。
残された清香は、先に席へ戻ると、机の上に積まれた仕事に取り掛かった。
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残業を終えて家の近くの駅に着くと、9時を過ぎていた。
この週に入ってからは毎日のことなので、疲労も溜まる。
自分の部屋に着くなり、ベッドに大の字になる。
晩御飯を作る気にもなれない。
もう何もせずに眠ってしまいたい、と思ってしまう自分をなんとか奮い起こして、ベッドから降りた。
シャワーを浴びて、足湯をしながら、溜まったメールを片付ける。
一応チェックはしているのだが、3日も前から返信していないものさえある。
明日まで頑張れば、この生活から開放される。
8通のメールから開放されると、妙な達成感を感じた。
変化しているのはいいことだと思う。
友達も増えて、確かに充実している。
その一方で、自分で望んでおきながら、その変化に戸惑う自分もいた。
てっきり由比に怒られたと思っていた礼子は、なぜか機嫌よく帰ってきた。
由比にしても、前に比べると清香に絡んでくることは若干多くなったが、いたって普通に見える。
どちらにしても、仕事の忙しさから、まともに喋っていないのだが。
近藤も最近は見かけない。
提案書を持ってきていただけなので、その案が通ったら来なくなるのは当然のことだ。
いやでも礼子の言った『名前と会社しか知らない』という事実を突きつけられる。
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『なんかさぁ、モテ期ってやつ?龍平君に由比さんって人に…』
真奈が電話の向こうで楽しそうに言った。
「そんなんじゃないよ、どっちも人伝だし。それに、好きな人には会えないしさ」
2週間も近藤の姿を見ていない。
それだけで、気分は晴れない。
『由比さんって人は会ったことないからともかく、龍平君は確実だと思うけどな。誘われたんだったら、デートしてみたら?明日だっけ?』
「デートっていうの?万里子の誕生日プレゼント選ぶの手伝ってって言われたんだけど」
『男と女が連れ立って出かけるのはデートでしょ。いいじゃん、無理だと思ったら、選び終わったら帰ってこれば』
それが、清香にできるかどうか。
「私だって、行ってみてもいいかなとは思うけど。なんていうか…距離のとり方がイマイチ難しいっていうか…」
無邪気な小学生の頃とはもう違う。
『たまには流れに任せるのもいいんじゃない?それに、清香の会社の先輩にも賛成だな。いつ会えるかわからない人よりも、近くにいる人に目を向けたほうが、相手のことよく知れるわけだし』
その時、真奈の名前を呼ぶ声が微かに聞こえた。
「あれ、家に居るんじゃないんだ?ごめん、掛け直すよ」
『ううん、いーいー。家は家でも実家なんだ。アニキが彼女連れてくるとかで、一家集合なの』
「へぇ、そうなんだ。でも、呼んでるみたいだし…またメールでもするよ」
『わかった。デートの首尾は教えてよね』
返信のメールは打った。
あとは送信ボタンを押すだけ。
ただそれだけのことなのに、数時間もできないでいる。
押そうとしては止め、少しの間だけ放置してみたり。
私ってこんなに優柔不断だったっけ。
一歩踏み出してみよう、と決めてからの方が、決断力がなくなった気がする。
こんなことに躊躇っているようじゃ、変われない!
息を詰めて携帯の画面を見つめると、決定ボタンを押す。
思わず一緒に目を閉じてしまった。
清香は、送信をキャンセルしたい気持ちを抑えて、完全に送信し終わった頃に顔を上げた。
もう、逃げない。
とりあえず、明日のショッピングをなんとか乗り越える事だけを考えよう。
大丈夫。
この間の食事もなんともなかったもの。
汗ばむ手を開くと、もう一度力を込めて握りこぶしを作った。
次話は、山場?にする予定です。
と言っておいて、そうならなかったらごめんなさい。
次話でならなければ、その次ということで…
今回も読んでくださって、ありがとうございました〜