第10話
万里子と修一、バイトがあるという男の子が帰ってしまったので、カラオケには5人で行くことになった。
清香と真奈、万里子の友達でる絵里奈、雅弘、そして龍平だ。
「それにしても、清香が自分からカラオケに誘うなんて初めてかも」
基本的に、清香は聴いている方が多いので、真奈や万里子に引っ張られてくることが多い。
「え〜、そうなんだ。あんまり歌わないの?」
絵里奈が清香を覗き込むように訊く。
「わたし、歌は下手だから」
知り合って日も浅い、友達の友達と遊びに行こうなんてことも、清香にしては珍しい。
でも、ライブの高揚感で皆が酔ったようにハイになっているので、それが自然なことに思えた。
「清香ちゃん、メアド交換しよ」
歌を聴くのに飽きてきたのか、絵里奈が携帯を開く。
それに便乗して、龍平も身を乗り出す。
「俺も〜」
ノリだけで教えても、返事が来ないことが多いので、清香は一瞬躊躇う。
が、すぐに思い直した。
「うん、いーよ。教えて〜」
色んな人と知り合うのも悪くない。少なくとも、真奈にライブに誘われてから、苦手だった男の子にも慣れてきた。
一歩でも、確実に進んでいる。
龍平と雅弘がブルーハーツで盛り上がる中、真奈は疲れたのかビールを飲み干す。
「あぁ、スッキリした!」
「真奈、お酒弱いくせに…」
「今日はいいの。明日休みだし」
そう言って、結局今日も清香のところにお泊りするつもりなのだろう。
「それにしても…真奈ちゃんってホントにお酒弱いんだね」
清香にもたれ掛かって歩く真奈を、絵里奈が心配そうに見る。
「なのに呑みたがるんだよね。ほら、真奈ぁ重いよ」
終電が近くなって、慌てて切り上げたが、酔いつぶれた友人を抱えているのでタクシーで帰るしかない。
「うーん。さやか、ほっぺた柔らかい…」
空いているほうの手で、頬を軽く抓ってくる。
清香はもう、振り払う気も起きなくて、されるがままにしておく。
「なんか、かわいい…けど、大丈夫?」
雅弘が真奈のバッグを持ってくれているのだが、それを受け取ったらバランスを崩しそうだ。
「タクシーに乗っちゃえば、多分ね」
問題はそこから清香の部屋に行くまでだ。
「俺、同じ方向だから手伝うよ」
家の場所を聞いて、龍平が申し出てくれた。
正直ありがたい。だけど、
「や、悪いよ…」
手伝ってくれるということは、家まで付いてきてくれるということだろう。
助かるけど、諸手を挙げて賛成というわけにはいかない。
一人暮らしなので、一応の警戒はある。
「井上君、こう見えて力あるから大丈夫だよ。清香ちゃんだけだったら、途中で潰れるって」
絵里奈の言葉は否定できない。
すでに、腕が痛み出しているくらいだ。
「…ごめんね、お願いしていい?」
それを聞くと、龍平は真奈のバッグを受け取り、だらりと伸びた腕を肩に回す。
「気にしないでよ。帰り道だし」
絵里奈が拾ってくれたタクシーに乗り込むと、やっと一息つく。
「もう、今度から絶対、外では呑ませない!」
それを聞くと龍平が可笑しそうに笑った。
「なんか、素面の時とは反対なんだね、ふたりって」
清香のマンションについてからも大変だった。
無理やりエレベーターに押し込み、靴を脱がせ、ベッドに寝かせ…
龍平もさすがに疲れた様子で、清香が勧めた椅子に座り込む。
「本当に助かった、ありがとう。この前といい、井上君にはホント迷惑かけちゃってゴメンね」
真奈に布団を掛けると、冷蔵庫からポカリを出して龍平に渡した。
「あ、サンキュ」
喉を鳴らして飲み干すと、手の甲で口を拭う。
「毎日あんな満員電車に乗ってるの?」
「うん。もう、行きだけでぐったりしちゃうんだけどね」
あの時間帯に一番人が集中するらしく、いつももみくちゃにされている。
「いつか怪我しそうだよね。それに、変なヤツもいるし」
気をつけなよ、と優しげに龍平が言うので、暖かい気持ちになった。
いい人だ。
清香が、ほのぼのとした気持ちでマグカップを傾けると、どこからか急に音楽が流れる。
「あ、電話だ。井上君の?」
龍平は首を振った。
音をたどると、真奈のバッグにたどり着く。
取り出して見てみると、真奈の彼氏からだった。
「真奈!カレシから電話」
肩を揺さぶって起そうとするが、清香が出て、と呟いてまた目を閉じてしまった。
「しょうがないな・・・」
帰りが遅いので心配しているのだろうに。
「もしもし、こんばんは。前野です」
自分の彼女と違う人が電話に出たのに驚いたのか、相手は数秒沈黙する。
『…ああ、清香ちゃんか。また真奈は酔っ払っちゃったの?』
「そうなんですよ。今晩は、うちに泊めますので」
『いつも悪いなぁ。…場所を教えてくれたら迎えに行くけど』
ため息混じりの声が聞こえる。
「あ、大丈夫ですよ。どうせ明日も遊ぶ予定だったので」
『うーん。じゃあ、よろしく。今度、菓子折りでも持たせるから』
一人暮らしの家に菓子折り…
ケーキとかじゃないところが、真奈のカレシらしい。
ついに10話目!!
これからも細々と頑張ります。