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秘するが花~精霊王の献身~前編

 ルベウス……友よ……お願いだ。私の愛しい子らを守って、くれ……。


 最初は、亡き友の頼みから始まった。

 親友の遺児であったレイナとゼロを育てる内に、義務感は父性へと形を変える。無償の愛という物を、余は初めて知った。

────レイナを一人の女性として愛するようになったのは、いつの頃だっただろうか。気付いた時には手遅れで、余の想いが叶う事はなかった……。

 

 レイナは、余ではなくガラクシアスの手を取ったのだ。





「あ~ん、あ~んっ」

「うぇぇっ……ぐすっ」

「あら。レイナ、ゼロ、どうして二人とも泣いているのですか?」


 あれはまだ、二人が5つにも満たない幼子の時。炎の精霊王たる余は子育てなどした事もなかったから、余の知る限り最も賢く、慈愛に満ちた有翼人の長・アイリスに助けを求め、協力してもらっていた。


 余の年下といえど、充分過ぎる長い時を生き飽きた彼女は、退屈しのぎに子守りを引き受けてくれたのだが、ラクリマの性質によるものか、単に母性本能に目覚めたのか、今ではすっかり二人を我が子のように慈しんでいる。


 アイリスの柔らかくふわふわした栗色の髪と、大きな白い翼に包まれるのを、レイナとゼロは好む。たおやかで美しい女人の方が幼子には良いと判断したのだが、余の判断は間違いではなかったようだ。

 ……人間は本能で炎を恐れる。その上威圧感のある風貌の余は幼子に怖がられると自覚していたから、いつも離れて三人を見守っていた。


 レイナとゼロはよく泣くからな。転んでは泣き、ケンカしては泣く。今回はアイリスが教えたおまじないが原因で泣いていたらしい。

「アイリス……せっかくアイリスにおまじないを教えてもらったのに、お花くずれちゃったの」

「くずれちゃったぁ……」

 小さな手のひらには粉々になった花の破片が乗っている。……ハリの花はただでさえ脆いのに、握り締めるから崩れるのだぞ。


「レイナ、ゼロ。ルリの花がどうやって出来るか、特別に教えてあげましょう」内緒ですよ?

 くすくす笑うと、アイリスはレイナ達をパピの花畑へと連れ出した。幼子は何をするかわからないから目を離せん。つかず離れず、こっそり余もついていく。


 花畑でアイリスがパピの花を一輪引き抜くと、地下茎で繋がった花々が数珠つなぎに引きずり出される。根の感じからいって、まだ相当な数が繋がっているようだ。


「パピの花は単体ではありません。沢山あるようで、根っ子で繋がった一つの生命いのちです。だから枯れる時は一斉に枯れてしまうでしょう? この広い花畑でも、宿る精霊はほんの一握りしかいないの。そのわずかな精霊も、花々を蝶のように渡り歩いたり、種に宿って遠くに運ばれたり、一定の所に留まりません。──ルリの花になれるのは、気紛れなパピの花の精霊が宿った、特別な花だけです」


 アイリスはレイナ達の手からハリの花の残骸を受け取ると、ふっと吹き飛ばした。破片は陽光に当たって煌めいて、まるで粉雪のようだ。レイナとゼロは泣いていたのも忘れて、笑顔でキラキラした光に手を伸ばす。微笑ましい光景に余は目を細めた。


「そして、ハリの花に精霊が宿ったとしても、風の加護がないとルリの花にはなれません。壊れないようにしまい込んでも、風の精霊とパピの花の精霊が出会わなければ、それはただの乾いた花でしかないのです」

「……じゃあ、私のお願いは叶わないの?」

 レイナの顔が曇る。大きな瞳から、また涙がこぼれそうだ。


「大丈夫ですよ。二人は何をお願いしたのですか?」

「……ひみつ」

「あのね、ねーちゃのご病気がなおりますように、っておねがいしたの」

 ゼロは素直で純粋な良い子だ。アイリスに頭を撫でられて、にこにこ笑っている。


「ゼロ。貴方はとても優しい子ですね。いつか必ずパピの花の精霊も、風の精霊も貴方の思いに応えてくれますよ。ルリの花は、精霊石の一種。優しい子や、一途な想いは応援したくなるでしょう? 精霊石とは、愛し子に向けた精霊からの贈り物(ギフト)。精霊の愛の形ですからね」──少し難しかったかしら。

 

 頭を抱えるゼロを見て、アイリスは笑った。


「それにレイナの病気は必ずわたくしが治します。貴方達が気に病む事は何もありません。二人ともわたくし達が絶対に守りますから。……そうでしょう、ルベウス?」

 ……急に話を振るな。レイナ達が驚いて目を丸くしているだろうが。しかし、こうなったら表に出ない訳にはいかない。余は恐る恐る姿を現した。

「余の結界にいる内は、お前達が憂いる事など何一つない。余が守ってやるから安心しろ」


「ルベウス、ありがとう!!」

「……ありがとー」

 初めて間近に現れた余を怖がる事無く、レイナが笑ってくれた。少し怯えていたゼロもつられて笑う。


──余は、炎の精霊を統べる存在もの。熱い、冷たいという人の感覚を持たない。……なのに何故だろう、胸の辺りがふわふわとこそばゆい気持ちになる。『あたたかい』とは、こんな時に使うのではないだろうか? 目の前の二人が、ただ愛しい。その成長にもっと関わりたいと思ったのだ。


▷▷▷▷▷

 

 レイナとゼロは、余を父親のように慕ってくれた。

 人間の成長というのは目まぐるしくて、驚かされてばかりだ。精霊族が何十年、何百年とかけて進化するのに対して、人の子はわずか十年ばかりで立派に育つ。


 ゼロに気まぐれで剣の基本を教えたら、乾いた土が水を吸収するように、驚異的な速さで技術を身に付けた。剣の腕だけなら、余に匹敵するかもしれない。ゼロを鍛えるのが楽しくて、夢中になって扱いていたら、やり過ぎだとアイリスに叱られてしまったが……。


 余は人間の強さと弱さを、レイナとゼロから学んだ。

 尻尾のように一括りにした金髪を風に流しながら、狭い敷地を修業だと駆け回るゼロ。よく怪我をしてはアイリス達を心配させた。


 レイナは病気のせいか儚げで、ゼロと似た容姿、色彩なのに全体的に透き通って見える。淡い色の髪も、雪のように滑らかな肌も驚く程に繊細で、寝込む度に死ぬのではないかと余を焦らせる。

 ゼロが踏まれてもへこたれず立ち上がるパピの花なら、レイナは触れただけで散るハリの花。ただ、ゼロは一つ上の姉には頭が上がらず、力関係はレイナが上で、肉体の強さが全てではない。……人間は、本当に不思議だ。


 アイリスにはいつも助けてもらった。互いに恋情を感じた事はないが、子育てを通じて同志としての情は湧く。血の繋がりこそ無いものの、余とレイナ達は家族なのだと思っていた。……四人で過ごした時間は、余の生からすれば、ほんの刹那の出来事。しかし、余にとっては何物にも代えがたい宝物の時間であった。


 レイナとゼロに関する記憶はどれも貴いが、余が何度も振り返る特別な思い出があった。


 その日のレイナは春の陽だまりのような黄色いレースのワンピースを着て、とても愛らしかったのを覚えている。

 レイナは野の花とパピの花を可愛く束ねたブーケを余に差し出した。隣では顔を真っ赤にしたゼロが、一輪の菖蒲をアイリスに贈っていたな。


「ルベウス、いつも私達を守ってくれてありがとう。これは感謝の印。一生懸命選んだのよ」

「アイリスもぼく達を育ててくれてありがとう。……だ、大好きだよ」

 今までも花や手紙を貰った事はあったが、こんなに嬉しい贈り物は初めてで、アイリスは感極まって泣いていた。余も子の成長に感動して胸が詰まったものだ。


────この時感じた喜び、胸の高鳴りこそが恋の始まりだったのかもしれない。


▷▷▷▷▷


 14になったレイナは、一人で泣く事が増えた。隠しているようだが、子の変化に親は敏感だ。原因は病気だろう。風の精霊の眷属である、アイリスの情報網を駆使しても、レイナの病気を治す術は見つからない。余も手を尽くしていたが……余とアイリスの焦りが、レイナに伝わってしまった。


 一人になるとはいえ、どうせ余の結界の中だ。ならば少しの間、そっとしておいてやろう。アイリスも余も、そう判断して目を離したのだが、すぐに後悔する羽目になる。ほんの僅かな時間で、レイナの心は侵入者ガラクシアスに奪われていた……。




『貴様っ!! レイナに近づいて何を企んでいる!?』

 

 たなびく髪は、炎そのものに。肌は灼けた鉄の如く輝き、人とはかけ離れた異形の姿へと変貌する。レイナを誑かした男を追いかけ、余は精霊としての本性を晒した。

 余がこの姿を取るのは、レイナ達の両親を無残に殺した人間に報復した時以来か。……あんな後悔は、二度としたくないのだ。


「企む? 僕はレイナに危害を加えるつもりはありません」


 真紅の瞳の、光の一族(ルークス)の優男は無表情に余を見上げていた。どうやら度胸はあるらしい。

「確かに僕は、目的があってラクリマを探していた。でも、レイナが泣いていたから、手を差し伸べたくなったんです。炎の精霊王よ。貴方はレイナ達を籠の鳥にするつもりですか?」


『貴様に何がわかるっ!? 余は、レイナ達を守ると約束したのだ!!』

 幼子を残していく事を、最期まで嘆いていた友の顔が浮かぶ。ゼロそっくりで明るく、優しい男だった。人間を信用し、騙され、拷問の果てに妻共々殺されて……何故あいつがあんな死に方をしなければならなかった? 余は、今度こそ守ってみせる!!


「……貴方の守り方では、レイナの心が死にます」

 何を馬鹿な事をと切り捨てたかったが、何故か声にならない。苛立ちのままに炎の塊を飛ばすが、あっさり男に躱される。


「レイナが何を憂いているか、貴方は知っていますか? 彼女が怯えているのは、ただ死ぬ事じゃない。何も成せないまま、無知のまま終わる事と──弟の未来だ」

 炎の連弾を放つ。男の言葉に惑わされてはいけない。……そう思っているのに、余の炎は精彩を欠いていた。


「“ゼロは、とても優しいの。健康で何でも出来るのに、私のせいでこんな小さな箱庭に縛られている。私と違ってゼロには未来も希望もあるのに”……貴方達には吐き出せない劣等感を、レイナは僕に語ってくれましたよ」

 一瞬だけだが、男の瞳に影が差す。最近のレイナによく似た表情に滲むのは、暗い諦めの色。こんな男に、レイナの何がわかる!?


「嘘だ。信じぬぞ! ならば何故、レイナは余やアイリスに相談しない? 隠す必要など、ないはずだ!」

「貴方達のように眩しい存在には分からない。レイナは、育ての親である貴方にも負い目を持っているんです!」


 何も、言い返せなかった。苦し紛れに放った炎は、男に到達する前に呆気なく潰える。

「僕は、ガラクシアス=ルークスと言います。今日、僕はレイナに求婚しました。まだ良い返事は貰えてませんが、彼女を萎れた花のようにはしません。僕を信じて、レイナを任せて下さい!!」



 男──ガラクシアスの決意は固かった。何度追い払ってもレイナの前に現れる。屈託のない笑顔でガラクシアスの手を取るレイナを、引き留める事など出来なかった。余の手にかかれば、ガラクシアスを消すなど容易い。でもそれは、レイナを深く傷付けるだろう。


 余は、痛む胸に気付かないふりをして、レイナを見送った…………。


▷▷▷▷▷


「レイナ、僕の手を取って」

「はい!」

 

 ……レイナを、みすみす一人で行かせたわけではない。アイリスが風の守りをつけているので、二人の動向は丸分かりだ。こそこそした覗きのような真似をしたくはなかったが、これは譲れない一線である。


「こんな、レイナの笑顔は、初めて見ました……」

 レイナ達の姿を投映した鏡の前で、余もアイリスも自責の念に駆られる。鏡の向こうでは、ここ最近ずっとうつむいていたレイナが顔を上げ、はらはらと舞う花びらを捕まえようとしていた。


 今までの笑顔は何だったのだというくらい、レイナは輝いている。何もかもが新鮮だとばかりに、あらゆる物に手を伸ばして……忘れていた。幼い頃のレイナは、好奇心旺盛な娘だったな。ガラクシアスの言うとおり、余はレイナを守ると言いながら、その心を殺しかけていたのだ。


 ……レイナとガラクシアスが余の元に結婚の報告に来たのは、それから僅か一月後の事だった。





「──結婚など! 余は認めぬぞ!!」

 口では反対していても、本当は認めざるを得ない。この頃には、余はレイナを愛していると自覚していた。だが、何よりも優先すべきはレイナの意志だろう?


「レイナ、わたくし達は貴女を心配しているのですよ? 貴女はまだ14歳、結婚なんて早過ぎます!」

「……まだ、じゃない。もう14歳よ。私に残されているのは、あと六年だけなのよ? 私には時間がない。彼を王にするためなら何でもするわ!!」


 ガラクシアスと出会って、レイナは変わった。宝石のような瑠璃色の瞳には強い意志と、消えることのない希望が宿っている。とても、綺麗だ……。

「姉さんは、その人を王に選んだんだね」

「……ええ、そうよ。ゼロ、貴方なら分かるでしょう? 王を定めたラクリマが、王を裏切る事はない。死ぬまで忠誠を捧げるのよ」


 王を選んだからなのか? 今のレイナはハリの花のようには見えない。守られるだけのか弱い娘ではなく、一人前の女の顔をしている。ガラクシアスと寄り添う姿を見ていると、また胸が痛んだ。

 

「レイナと僕は、同じ夢を見ています。平和な世界になれば、ラクリマの一族も隠れて暮らす必要はなくなる。僕を信じて、レイナを嫁に下さい!!」

「ガラクシアスは優しい人よ。私、ガラクシアスが王となった平和な国が見たい。彼の理想を叶えたいの。何も出来なかったって、後悔したまま死んでいくのが怖いのよ……」


 憂いる事など、何もないぞ。レイナ、お前は病で寝こんでいても、どんな時でも弱音一つ吐かず、我が儘も言わなかったな。


『ガラクシアスを王にする』


 レイナが初めて望んだ願い、余が必ず叶えてみせよう。




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