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裏切りの花~黒い瞳の傍観者~中編

 疎外感は消えることなく、月日は無常に過ぎ去る。ハリの花が崩れ散るように、姉さんに残された時間が減って行く……。ぼくは何もしなかった訳じゃないよ? 何度となく、なり振り構わずにガラクシアスに懇願したさ。


「ねえ! 側室を減らせなんて言わないから、もっと姉さんを大切にしてあげてよ……。仕事の時以外も、傍で話を聞いてあげて!!」──姉さんにはもう、時間が無いんだ!!


 だけどガラクシアスは聞いてくれなかった。やっぱり、ぼくの手を振り払う。……国は大きくなり、大帝国と呼ばれるほどの規模を誇った。ガラクシアスが皇帝と名乗って久しいけど──ぼくはあんな奴を皇帝とは認めない。



「まぁむ、まぁむ」

 パピの花園から舌っ足らずな声が聞こえて来る。

 オリヴィアを、姉さんとルベウスであやしているんだろうな。ガラクシアスは後宮に入り浸って、ろくに育児に関わっていないもの。


「オリヴィアは愛らしいな。父親とは似ても似つかぬ!」

「またそんな事を言って……」

 オリヴィアはルベウスの言うとおり、とても愛らしい。姉さんに笑顔を取り戻してくれたこと、感謝してもしきれない。

 

「ルベウス、変な事を吹き込まないで。忙しいせいで、陛下はオリヴィアと遊べないって嘆いているのよ。ねー、オリヴィア? 貴女のお父様はとても優しい王様よ。私達が平和に暮らせるのも、陛下のおかげなんだから」


「ふん。娘を奪われた恨みは深いのだ」

 ぼくは思わず苦笑する。ルベウスはずっと変わらない。いつまで経っても『お父さん』を演じているんだ。和やかに会話を続ける二人だったけど、ガラクシアスが現れて、姉さんを転移で連れて行ってしまった。ルベウスは、切ない顔で姉さんを見送っていたね。


「ゼロ。ここに居たのね」

「例の話を進めるぞ」

「わかった。アンと一緒に行くよ」

 一族ラクリマの少女とエルフの青年、恋人同士の二人が仲良く手を取り合って迎えに来た。これから、ガラクシアスに思うところがある面子の、『話し合い』があるんだ。最後にもう一度だけルベウスを振り返って、ぼくはこの場を後にする。


 …………ルベウス。ごめんね、ぼくには想いを秘めるなんて出来ない。貴方や姉さんのようなつくし方は、ぼくには無理なんだ。


▷▷▷▷▷


「かはっ…………」

 白いパピの花が咲き乱れる中、鮮血が散る。姉さんの顔色は、花に負けないくらい真っ白だ…………。



「レイナ!?」

「姉さんっ!!」

 ルベウスが血に汚れるのも厭わず、傾いだ姉さんの体を抱きとめる。いくら声をかけても、反応はない。慌ててアイリスを呼びに走ったけど、姉さんが元気になる事は二度となかった……。



────ガラクシアスが大陸を統一して、これからという時に姉さんは倒れた。


 ……姉さんが離宮に運びこまれてから時間はあったのに、ガラクシアスは見舞いにも来なかったね。都合のいい時だけ姉さんを利用する、あいつの事がどうしても許せなかった。明日は我が身と、他人事じゃない一族の皆も同意見さ。

 笑っちゃうよね? これだけ涙の一族(ラクリマ)が揃っているのに、ガラクシアスを王に選んだのは……信じているのは姉さんだけなんだよ。


 さあ、ソーリスの存亡に関わる賭け(・・)をしよう。





「ゼロ、お願いがあるの。私の代わりを務められるのは、貴方しかいない。私の代わりに陛下の行く末を見届けて、出来れば、陛下に力を貸してあげて。揺るぎない大帝国の完成まで、あと少しよ。少しだけでいいの。基盤さえ整えたら、ラクリマの加護が無くても陛下ならやっていける」

 姉さんは、最期までガラクシアス(あいつ)を案じている。昔のように、ぼくの将来ことは、考えてくれないのか……。


「姉さん、安心して。“王を定めたラクリマが、王を裏切る事はない。死ぬまで忠誠を捧げる”。そうだろう?」

 姉さんを失意のまま逝かせたくなかった。でも、嘘をつくのも嫌だ。苦肉の策で、ぼくは姉さんに以前言われた台詞をそのまま返す。

「……ゼロ、ありがとう」


 お礼なんて、言わないで。ぼくは姉さんの望みを裏切るかもしれないだ……。


 ぼくからアイリス、オリヴィアと、順番に姉さんは語りかけていくけど、半ば予想していたとおり、何時まで経ってもガラクシアスは現れない。……あんまりじゃないか。あいつにとって、姉さんはその程度の存在なの?



「これを、受け取って、ルベウス」

 姉さんの手をルベウスが力強く握りしめる。二人の姿はまるで、想い合う夫婦みたい。本当にそうだったら良かったのに。


「私の涙、若返りの秘薬よ。一つは陛下に……もう一つは、オリヴィアが大人になったら渡してあげて」

 ぼくらの涙(若返りの秘薬)は、みだりに人に与えてはいけない。不老長寿は権力者だけでなく、どんな善良な人の心も容易く変えてしまうから。姉さんはきっと、ぼくらが安易に涙を渡さないと予想して、自分で用意しておいたんだろうな。


 建国から大帝国に発展するまで、かなりの強行軍で押し通してきた。些細なことで空中分解しかねないソーリスを安定して存続させるためには、長い時間が必要だ。


 特にガラクシアスの異能(転移)は、異種族の拠点や属国を繋ぐ上で重要な役割を持つ。いくらラクリマが基盤を整えても、あいつがいなきゃ国は回らない。

 ガラクシアスは大器晩成、粗削りだけど磨けば光るものを、名君になれる素質を確かに持っていて、姉さんはそれを見抜いて伸ばそうとしていた。


 至れり尽くせりだよね? 長い時に気が狂わないよう、若返りの秘薬は伴侶に分け与えられる充分な量を、後継者オリヴィアの分まで用意して──有能過ぎたせいでガラクシアスに疎まれたのに、姉さんは万全の態勢を整えていくんだ。


「ルベウス。これからも陛下を守ってあげて。陛下が生きている間だけでいいの。お願い……」

「ああ、約束する。余が約束を違えた事があったか?」

 ……ルベウスが泣くところを初めて見た。やめてよ、ただでさえ涙が止まらないのに、余計に胸が詰まるじゃないか。


「泣かないで、ルベウス。笑ってよ」

 どうしてルベウスじゃ駄目だったの? こんなに姉さんを愛してるのに。最期くらい、ルベウスにも報われて欲しかったよ……。

「……ありがとう。お父さん」

 姉さんのために、父親役に徹し続けたルベウスが笑う。応えるように姉さんも笑って、皆を見渡して…………。


「ありがとう────さようなら」


 ………………姉さんは、眠るように息を引き取った。ガラクシアスは、とうとう間に合わなかった。


 悲しみと怒りで、もう訳が分からない。ぼくらが泣いて泣いて、泣いて、ようやく姉さんの死を飲み込んだ時には、結構な時間が過ぎていた。──それでも、姿を現さないガラクシアスに、頭が沸騰しそうだ。


 ゆらりと、ぼくは立ち上がる。これは、決別の合図。ぼくに賛同してくれた同胞や、一部のエルフが同調する。……口元に笑みを貼り付けたままの姉さんに、もう一度だけ視線を送り、心の中で謝った。


 ごめんね、姉さん。貴女の眠る場所を少し騒がせるよ。


▷▷▷▷▷


「……賭けをしてたんだよ。あいつ、ガラクシアスが姉さんの最期にどんな言葉を贈るか。謝罪でもいい、感謝でもいい、……愛しているでも何でもいいから、姉さんに報いて欲しかった。あいつの気持ち次第で、ぼくは残るつもりで。少なくとも姉さんが望んだとおり、国が落ち着くまでは仕えようって、思ってたよ? …………でも、あいつは来なかった!! 姉さんが倒れてから、時間はあったよね? ずっとあいつに会いたがってたんだよ? 転移なんて便利な異能を持ってるくせに、姉さんはあいつのために身を粉にして、ただでさえ少ない寿命を縮めるくらい尽くしたのに! 死の間際にすら会いに来ない奴を、ぼくは皇帝なんて認めない!!!!」


 ぼくは思いの丈をぶちまける。ガラクシアスが姉さんをどう扱っていたか、皆知っていた。姉さんが望まないから口出ししなかっただけで、思う所はあったはず。ぼくの言葉は……怒りは皆の心に共鳴して、深く浸透していく。布石としては充分さ。


「ゼロ、落ち着いて下さい。レイナの前で、そんな悲しい事を言わないで。貴方は今、冷静ではありません。ちゃんと話し合いましょう」


 ぼくは、ずっと握りしめていたせいで血が滲む手のひらを上着で拭い、アイリスに差し出した。

「……こんな時にごめんね。ねぇ、アイリス。ぼくは貴女を愛している。ぼくの手を取って、一緒に来てくれないかな」


──────これが、本当に最後の賭け。今だけでいいんだ。嘘でも、その場しのぎでも構わない。アイリスがこの手を取ってくれるなら、ぼくを選んでくれたなら、ぼくは全てを撤回してここに残ろうと思っていた。


 本当は、アイリスも気付いているんでしょ? ぼくはずっと好意を隠さなかったもの。菖蒲アイリスの花を捧げて、全身で愛していると、大好きだと示して来た。お願いだからアイリス、ぼくの手を取って。貴女がぼくの居場所になってよ!



「……ふざけないで下さい。ゼロ、わたくし達は家族でしょう? レイナの気持ちを裏切らないであげて」

 それが、アイリスの答えか………………。

 最後の希望(ハリの花)とともに、ぼくの願いは、壊れて消えた。ぼくの心も砕けてしまったみたい。もう涙も出やしない。

 

 アイリスに拒まれた手を、虚しく宙にかざす。……姉さんの愛情を踏みにじり続けたガラクシアスじゃなくて、姉さんの境遇に胸を痛めていたぼくの方が裏切り者なんだね。────なら、ぼくは裏切り者でいいや。


「……おいで、アン」


 ぼくとアイリスの間に闇が生じる。数年の間にアンは異常な進化を遂げ、幼さは残るものの、美しい大人の女性へと変貌していた。白い繊手がぼくの手に重ねられ、長い闇色の髪がぼくの体に纏わりつく。アンの闇は、不快じゃない。包まれると、心が静かになるんだ。


「闇の精霊に魅入られたのか!? ゼロ、今すぐその女から離れるのだ!!」

 ルベウスが血相を変える。まだ、ぼくの心配をしてくれるんだね。でも、もういいよ。ぼくはもう18歳、親から自立する時期なのさ。

「魅入られた? 違うね、アンはぼくの協力者だよ」


 ルベウスと、アイリスやオリヴィア、メイ……かけがえのない、仲間だった人達が闇に阻まれ遠くなる。ぼくは最後にルベウスとアイリスに笑顔を向けた。とても笑える気持ちじゃなかったけど……最後は、笑顔でお別れしたいもんね。


「振られてすっきりしたよ。さよならアイリス、オリヴィアをよろしくね。ルベウスも、元気で。──最期くらい、姉さんに気持ちを伝えればよかったのに」


 姉さんもルベウスも自分の想いを隠してばかりで、“愛している”もろくに言わなかった。行動で示したも同然だったけど、ぼくもルベウスも、姉さんも、もっと声を張り上げ、自分の気持ちをさらけ出していたら、結末は変わったかもしれない。……なんて、今更言ったって仕方ないか。


「ゼロ! 待っ……」

 呼び止める声を闇が寸断する。

 これが、ぼくらの今生の別れ。……アイリスは泣いていたね。後の方はぼくが泣かせたも同然だったけど、最後に笑顔くらい見たかったな……。




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