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裏切りの花~黒い瞳の傍観者~前編

──────これは、誰の特別にもなれなかったぼくの話。



 パピの花を知っているだろうか? 今でこそどこにでも咲いているけど、昔は一部の精霊や有翼人のみが秘匿していた可憐な白い花。願いが叶うというおまじないと一緒に、ぼくの姉さんが大陸中に広めた。


 パピの花を乾燥させると、不透明な乳白色になり、薄氷みたいに脆くなる。

 ドライフラワーになった状態を“ハリの花”と言い、大切にしていると、深い蒼色ブルーに輝く美しい宝石の花に変化するんだって。宝石になった花は“ルリの花”と呼ばれ、それこそがどんな願いも叶えてくれる魔法の花なんだ。


 でもね、ハリの花はすっごく壊れやすい。とても儚くて、すぐ散ってしまうから、ルリの花を見た人はいない。迷信だって笑う人もいるし、姉さんだって信じてなかったけど、ぼくは信じてた。……ぼくの願いは何一つ叶わなかったけどね。



 このおまじないを教えてくれたのは、アイリスというぼくの大好きな人だった。20まで生きられない、不治の病と宣告された姉さんのために、彼女はハリの花を作ってくれたんだ。ぼくと姉さんも、たくさんハリの花を作ったよ。


 小さい頃は、よくハリの花を壊してしまったと泣いていた。泣きじゃくるぼくらを、アイリスは優しく抱きしめてくれたっけ。

 栗色の髪、大きな翼、花みたいな良い香りに包まれるのが、姉さんもぼくも大好きだったよ。


「レイナ、ゼロ。ルリの花がどうやって出来るか、特別に教えてあげましょう。……内緒ですよ?」

 そう言って、アイリスは有翼人に伝わる秘密をぼくらにだけ教えてくれたね。


「パピの花は単体ではありません。沢山あるようで、根っ子で繋がった一つの生命いのちです。だから枯れる時は一斉に枯れてしまうでしょう? この広い花畑でも、宿る精霊はほんの一握りしかいないの。そのわずかな精霊も、花々を蝶のように渡り歩いたり、種に宿って遠くに運ばれたり、一定の所に留まりません。──ルリの花になれるのは、気紛れなパピの花の精霊が宿った、特別な花だけです」


 ぼくらの手からハリの花の残骸を受け取って、ふっと吹き飛ばす。キラキラと輝く光に彩られたアイリスは、とても美しかった。……幼すぎて伝わらないのがもどかしかったけど、ぼくはこの時すでに、アイリスを一人の女性として愛していた。 


「そして、ハリの花に精霊が宿ったとしても、風の加護がないとルリの花にはなれません。壊れないようにしまい込んでも、風の精霊とパピの花の精霊が出会わなければ、それはただの乾いた花でしかないのです」

「……じゃあ、私のお願いは叶わないの?」

 泣きそうな姉さんに、アイリスは優しく微笑む。


「大丈夫ですよ。二人は何をお願いしたのですか?」

「……ひみつ」

 上手く隠していたけどさ、思えばこの頃から姉さんは外の世界に憧れていたよね。

「あのね、ねーちゃのご病気がなおりますように、っておねがいしたの」

 ぼくは頭を撫でられたのが嬉しくて、頭の中がアイリス一色だったから、全然気付かなかったよ。我ながら単純だったんだ……。


「ゼロ。貴方はとても優しい子ですね。いつか必ずパピの花の精霊も、風の精霊も貴方の思いに応えてくれますよ。ルリの花は、精霊石の一種。優しい子や、一途な想いは応援したくなるでしょう? 精霊石とは、愛し子に向けた精霊からの贈り物(ギフト)。精霊の愛の形ですからね」──少し難しかったかしら。


 頭を抱えるぼくを見て、アイリスは笑っていたね。


 だけど結局、パピの花の精霊も、風の精霊も、……アイリスも皆、ぼくの思いに応えてくれなかった。


▷▷▷▷▷


 ルベウスが姉さんに恋してると気付いたのは、きっとぼくだけ。優しい眼差しに、熱が宿った瞬間をぼくは見逃さなかった。咎める気や反対する気はなかったよ。育ての母に恋をした、ぼくだって同じ穴のむじなだもの。


 姉さんはぼくの将来を案じてくれていたけど、ぼくはこのままで良かった。姉さんがいて、ルベウスがいて、アイリスがいる。姉さんの言葉を借りるなら、この閉じられた小さな“箱庭”こそが、ぼくの幸せだったのさ。


 だからいつも同じことをハリの花に願かけてたよ。

『姉さんの病気が治りますように』『この箱庭(幸せ)がずっと続きますように』って。


────ぼくの願い(ハリの花)が木っ端微塵に砕けたのは、13になったばかりの頃。

 姉さんが不毛だからと治療法を探すのをやめた。この人と結婚するって、一人の男性(ガラクシアス)を連れてきたんだ。



 ルベウスは怒り狂い、アイリスは泣いていたけど、ぼくは冷静に姉さんとその婚約者を観察する。

「姉さんは、その人を王に選んだんだね」

 穏やかそうな青年を、庇うように前に出る姉さん。その瞳には熱が宿っていた。


「ええ、そうよ。ゼロ、貴方なら分かるでしょう? 王を定めたラクリマが、王を裏切る事はない。死ぬまで忠誠を捧げるのよ」

 立派なことを言っていたけど、姉さんはキングメーカーではない、の顔をしていたね。


 ……でもね、あと六年しかないと、嘆く姉さんをどうして止められる?

 きっと姉さんは恋に恋してるだけ、冷静になったら正しい判断が出来るはずさ。だから、それまでは好きにさせてあげたい。ぼく達は姉さんに従う事にした。


 箱庭もりを出るのは怖いけど……四人一緒なら、大丈夫。


▷▷▷▷▷


「子供達はぼくに任せてね! さあ、皆、勉強するぞー!」

「べんきょう、いやー! ゼロ、レイナ、もっと遊んで~」

 ぼくは頑張った。ソーリスの里では明らかに歓迎されてなかったけど、出来る事をして居場所を作る。姉さんのためだもの。



「ゼロ、皆の面倒を見てくれてありがとう。ヤンチャだから大変だろう?」

「ううん。メイも皆も良い子だよ。ぼくも楽しいし」

 ぼくは、正直義兄さんが王に向いているとは思えなかった。だけど優しい彼を慕っていたよ。力を貸すのは、嫌じゃなかった。義兄さんだけじゃなくて、里の人からも感謝されるようになって、くすぐったい気持ちになる。


「子供だと思っていたのに、ゼロが人に教える立場になったんですね」

 アイリスの見る目も変わった。ぼくはもう子供じゃない。姉さんやアイリスだって守れるんだと、張り切ってた。

 


 姉さんが異種族の元に行く度に、心配して怖い顔になるルベウスを安心させてあげたくて、ぼくは進んで名乗りを上げる。

「ルベウスが手を出せないなら、ぼくが行く。子供達の教育も行き届いて来て、時間が出来たんだ!」

 ルベウスだけじゃなくて、姉さんや義兄さん、里の子供達のために、ぼくの力を使いたかった。


「大丈夫だって! 異種族と人の架け橋になるのは、ラクリマの使命だもの。それに、ルベウスから習った剣もある。安心して姉さんを任せてよ」

 ルベウスとアイリスみたいに、ぼくだって皆の役に立てるんだよと胸を張る。ただ、アイリス達に良いところを見せたい、褒められたいという気持ちが切っ掛けだったのに、ぼくの意識は徐々に変わっていた。


 

 地の精霊によって、わずか一晩で建てられた壮麗な城から城下を一望すると、アイリスがもたらした知識通りに田畑が広がっている。姉さんを慕う異種族達や、ルベウスの恵みに感謝する人の顔までよく見えた。ここが、ぼくらの第二の故郷。


 箱庭は壊れたけど……新しい世界は、どこまでも広がっていく。なんて愛おしいんだろう。家族以外に親しい人、守りたいものも出来た。不安だった姉さん達の関係も良好で、ぼくはソーリスの人も国も好きになっていたよ。


 でも幸せって、ハリの花みたいに呆気なく壊れるんだね……。


 二人は相思相愛だと信じてた。ルベウスには悪いけど、義兄さんなら安心して姉さんを任せられると思った矢先に、後宮が開かれた。優しい義兄さんが、姉さんに何の相談もなく側室を娶るなんて、信じられなかったよ。


「義兄さん……。その、政治に口出す気はないけどさ、側室ってそんなに必要なの? 義兄さんはまだ若いし、せめて姉さんが生きている間は控えてくれないかな」──姉さんが可哀想だ。

 気を悪くしないように柔らかく言ったつもりだった。だけど優しかった義兄さんは、露骨に眉をひそめる。


「これは必要な政略結婚だよ? 部外者は口出ししないでくれないか」──君まで僕に指図するのか。

 義兄さんは、この日を境に変わってしまった。人当たりの良さは変わらないけど、一線を引かれた。ぼくだけじゃなくて、アイリスやルベウスの言葉さえ撥ねつける。


 姉さんまで頑なになっていて、ぼくやアイリス達は奮闘したけど、何も変えられなかった。姉さんやぼくらの仲までぎくしゃくしていったんだ。どうしてこうなってしまったの? 皆、仲良くやれてたじゃないか……。


▷▷▷▷▷


「アイリス、ルベウス。交渉に向かうから、ついてきて。ゼロは悪いけど、今回は遠慮してちょうだい。新しく入った文官に一人有望株がいるのよ。後進の育成のため、彼にも勉強してもらわないと」

 姉さんはいつも先を見据えていたね。ついていきたいなんて、言えやしない。


 ぼくらはずっと力を合わせて来たのに……。全員が揃う事の少なくなった食卓で、一人食事を取る。侍女の給仕とか、堅苦しいマナーはぼくには合わない。……質素な料理でいいから、また昔のように皆で騒ぎながらご飯を食べたいな。


 国が大きくなるにつれ、城も荘厳に、立派になっていく。増えた離宮の一つが姉さんに与えられて、折角仲良くなったのに、里の皆とは住む場所が変わってしまった。こんなに広いのに、人もたくさんいるのに、どうして森の小さなおうちにいた時より閉塞感を感じるんだろう。……寂しいよ。


 一人に嫌気がさして城の外を出歩いていたら、朝日に照らされた地面に、黒い何かが……精霊が落ちているのに気付いた。手のひらに納まるくらい小さくて、とても弱ってるように見えたけど、純粋な黒い色を纏うのは闇の精霊しかいない。闇の精霊には関わってはいけないと、アイリス達に口を酸っぱくして言われていたから、離れようと思った。


 ……でもさ、ボロボロで、今にも消えそうな彼女と目が合ってしまったんだ。


「ぼくのポケットにおいで。──もう、大丈夫だよ」


 見捨てることが出来ず、ぼくは彼女に手を差しのべる。お互いひとりぼっちだったからか、ぼくらはウマがあった。彼女はしゃべれなかったけど、ぼくによく懐いてくれたと思う。ぼくらは秘密の友達になった。


 “アン”という名前を付けて、こっそりお菓子をあげたり、おまじないを教えてあげる。飛び跳ねて喜ぶ姿は中々可愛いじゃないか。ひさしぶりに、笑顔になれた気がする。

 

▷▷▷▷▷


 闇の精霊の性質なのか、ラクリマの恩恵なのか、アンはすくすく育っていった。……でも、ぼくの心の隙間を埋めることは出来なかった。むしろ虚しさは増幅されている。

 仕方がない事とはいえ、昔みたいにルベウスに剣を教わる暇もない。とても寂しかった……。だけど、いつかきっと、元の関係に戻れると思って堪えていたのに。

 

 ………………我慢の限界が来たのは、ぼくが15の誕生日を迎える、少し前のことだった。


 隣国に交流に赴いたはずの義兄さんが……ガラクシアスが、よそで作った赤ん坊を姉さんに押し付けたんだ!!

 もう、あいつに期待するのはやめた。あの苦しみのない、四人だけの箱庭(楽園)に帰ろう。


「姉さん! こんな所出て行って、ルベウスとアイリスと、またあの森で暮らそうよ」

 ぼくは姉さんに手を差し出す。姉さんが血の滲むような努力をしているのを、ぼくはずっと見ていた。影で泣いていたのも知っている。嫌われ役を買ってでもガラクシアスを守って来たのに、あいつは姉さんをどれだけ裏切ったら気が済むの!?


「ごめんね、ゼロ。私はガラクシアスの……陛下の傍にいるわ。以前も言ったでしょう、私は陛下を王に選んだのよ。王を定めたラクリマが、王を裏切る事はないわ」

 ぼくの手を突っぱねた姉さんは、恋に溺れる愚かな女の顔じゃなくて、ラクリマの……キングメーカーの表情かおをしていた。──姉さんは、そこまでガラクシアスのことを想っていたの?


「私は陛下に“愛してる”なんて一度も言われた事はないし、言った事もないわ。いい? 私と陛下は愛なんて甘い物で結ばれていない。唯一無二の戦友……いえ、盟友とでも言うべき関係よ」

 会話を続けていくほどに、姉さんの覚悟が伝わって来た。ぼくはなんとか姉さんの弱音を引き出したかったけど……。


「私はね、陛下を後世にまで語り継がれる偉大な王にする。安らぎや子供は与えてあげられないけど……揺るぎない地位と、富と名声。比類無き大帝国を私は築いてみせる。これは、他の誰にも出来ない事よ」

 立ち竦むぼくに背を向けて、姉さんは行ってしまった。張りつめた背中を追いかけたかったけど、ぼくの足は動かない。


 ルベウスが姉さんの後を追っていくのが、見えた。アイリスも気遣わしげに姉さんを抱き寄せている。ぼくの事なんて、誰も見ていない。

 ……何かが、壊れる音がした。差し出したままだった手を下ろして、もぞもぞ動くポケットを押さえて、気付く。いつの間にか、ぼくは泣いていた。


────本当は、前からわかっていたさ。姉さんの一番はガラクシアスで、ルベウスが思いを寄せるのは姉さん。アイリスは姉さんが諦めた病の治療の研究を続けていた。アイリスが助けるのは、傍にいるのはいつも姉さんの方。きっと、皆はぼくの事も気にしてくれているんだろうけど……一番では、特別ではないんだ。


「どうして、ぼくは誰の特別にもなれないの……?」


 見返り(とくべつ)を求めるぼくは悪なのかな? 愛している分だけ、尽くした分だけ、報われてほしいと思うのはそんなに悪いこと? パピの花園で一人、ぼくは泣き続けた。すれ違った心が、擦り切れて血を流す。胸が痛いよ……。涙を拭ってくれる人は、ぼくには誰一人居やしない。居やしないんだ…………………………。





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