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始まりの花~正妃レイナの回想~前編

 天蓋付き寝台ベッドの白いカーテンが揺れる。大勢の泣きそうな顔が、私を見つめていた。……いよいよ、最期の時が近付いているのね。


 病室はかなり広いのだけど、よしみを結んだ仲間と家族が押し寄せたせいで入りきれず、廊下まで人が溢れている。だけど、見渡した中に陛下の姿はない……。それを寂しく思いながらも、私は集まってくれた皆に感謝して、別れの言葉を告げる。


「……皆。お別れの時間みたい」


 視界が霞む。知らず知らずの内に涙が溢れた。ぼやけていく景色と入れ替わるように、懐かしくも鮮やかな光景が蘇る。……これが走馬灯というものかしら?




────私が陛下に見初められ、妻になったのは14の時。陛下が、籠の鳥だった私を見つけてくれたの。


「やぁ、とても可憐な花が咲いているね。僕も摘んでいいかな?」

「……え」

 陛下はそう言って、大きな両手で包みこむように私の手を取った。その温かさを、私は生涯忘れなかったわ。


◁◁◁◁◁


 20まで生きられない、不治の病と宣告されていた私は、亡き父の親友だった炎の精霊王・ルベウスの庇護下で生かされていた。森と結界、花畑で囲まれた一軒家おうち、箱庭のような小さな世界で私は弟と育ったの。


 初めて彼と出会った日、私は花束を抱き締め泣いていた。見つからない治療法、刻一刻と減っていく寿命、何も残せないまま死んでいくのが怖くてたまらなかった……。ルベウス達に心配をかけたくなかった私は、花を摘みに行くと言い訳して一人花畑でうずくまっていたわ。

 

 花畑なら、うつむいていても不自然じゃない。絶好の泣き場所だったの。

 そんな時に彼に声をかけられて、私はとても驚き、思わずバネ仕掛けの人形のように飛び上がってしまったっけ。呆然とした私の手を取って彼は笑っていた。


 ルベウスの結界はとても強固で、蟻一匹通さない。侵入者なんて、考えた事もなかったんだもの。だから私は、父親代わりのルベウスと、母親代わりのアイリス、年子の弟のゼロしか知らなくて、初めて見る青年に怯えるどころか興味を持った。


 図鑑に載っているライオンのような、威風堂々としたルベウスよりも、ずっと線の細い男の人。顔立ちは中性的で、栗色の髪や柔和な雰囲気は少しアイリスに似ている。何というか、親しみを覚える、警戒心を抱かせないタイプなのよ。だけど、彼の瞳はそんな印象を裏切った。


「綺麗な真紅の瞳……貴方は、光の一族(ルークス)?」

「そうだよ。澄んだ夜空のような瑠璃色の瞳、君は涙の一族(ラクリマ)のお姫様かな」

 世間知らずな私でも知っている。暖色系統の瞳は、異種族と戦い、人の上に立つ事を選んだルークスの証。そして寒色系統の、特に瑠璃色の瞳は異種族と共存し、人との架け橋になる道を選んだラクリマの証。……私達は、対を成す種族なのだ。


 こんなに優しそうなのに、好戦的なルークスだなんて。どうしよう、逃げた方がいいのかな? 戸惑う私は、それでも彼の手を振り払えなかった。彼は私を安心させるように、親しげに微笑んだの。

「はじめまして、お姫様。僕はガラクシアス=ルークス。ここから遠い里で、族長をやっている」

「は、はじめまして。私はお姫様なんかじゃないわ。レイナというの」


 呑気に自己紹介してる場合じゃないと、冷静な自分が囁く。ラクリマは異種族に愛される性質のため、対異種族の切り札になる。その上、発現する異能は特殊で、私達の涙は若返りの秘薬だ。

 ラクリマが仕えた主は、異種族の加護と若さを得たおかげでことごとく成功し、後世に名を残す名君となった。そのため私達一族はキングメーカーとも呼ばれ、権力者に狙われているのだ。……彼も、ラクリマの力目当てかもしれない。


「そんなに怯えないで。僕も、僕の治める里も、他の一族ルークスと違って争いを好まないから。ルークスの強みは多様な能力だけど、中には戦闘向けの能力を持たない者もいる。ルークスなのに穏やかな性格のせいで戦えない者もね。僕らの里は集落を追われ、迫害された人材や、行き場のない孤児達で構成されているんだ」

 嘘をついているようには見えなくて、私は黙って彼の言葉に耳を傾ける。


「僕もね、戦闘向けじゃない能力のせいで追い出された口さ。僕の能力は転移に特化してる。おかげでここに入れたんだよ」

 炎の精霊王の結界さえ通り抜けられる異能。なのに戦闘向けじゃないというだけで蔑まれるの?


 ……この頃の私は、劣等感に苛まれていた。病弱で何も出来ない自分が嫌で、健やかに育つ弟と違ってルベウス達のお荷物、ラクリマの出来損ないとさえ思っていた。皆は私を大切にしてくれるけど、愛されれば愛されるほど心苦しかったの。


 だからだろうか、親近感を覚えたというか、この時すでに彼に惹かれていたのね。

「私、貴方ともっとお話がしたいわ」

 彼は笑顔で応えてくれた。

 他愛ない事も、辛い事も沢山聞いてもらって、私も彼の話を聞いた。



「君に似合う可愛らしい白い花が沢山咲いていて、ここは楽園のように美しいね。初めて見るけど、何て名前の花なのかな」

 花畑を見渡して彼は尋ねる。

「この花はパピの花というの。とても生命力が強くて、どんな劣悪な環境でも咲くのよ。それに願いが叶うおまじないに使えるから、ルベウスが私のために植えてくれたの」

「願いが叶うおまじない?」


「そう。……内緒よ? 私を育ててくれた人、アイリスは有翼人なの。賢者と名高い有翼人に、ひそかに伝わる特別なおまじないなんですって」

 私はパピの花の花束を、胸の前まで持ち上げた。


「パピの花を乾かすと、不透明な乳白色になってすっごく壊れやすくなる。ドライフラワーになった状態を“ハリの花”と言って、大切に飾っていたら、深い蒼色ブルーに輝く宝石の花になるの。宝石になった花は“ルリの花”と呼ばれ、それこそが、どんな願いも叶えてくれる魔法の花なのよ。……でもね、ハリの花はとても儚くてすぐ散ってしまうから、ルリの花を見た人はいないわ」


「素敵なおまじないだね。レイナは信じているの?」

 彼の問いに、私は力なく首を横に振る。

「本当は私、信じてなんかないの。花畑に来る口実に使ってるだけ」──私はルリの花(奇跡)なんて信じないわ。

 彼は不思議そうに首を傾げた。


「何故信じないの?」

「………………私ね、生まれつきの病気なの。20まで生きられないって言われたわ。アイリスは気休めでおまじないを教えてくれたのよ」

「そっか……その病気、治らないの?」

「うん。ルベウスもアイリスも手を尽くしてくれてるけど、無理そうよ。人に感染うつったりする病気じゃないだけ、マシかな」

 

 私が病気と聞いて、彼は悲しそうに顔を曇らせた。けど、引いたり離れていく素振りはない。……嫌がられなくてよかったと思っていたら、彼は意外な行動に出た。絵本に出てくる王子様みたいに、片膝をついて跪き、私の手の甲にキスをしたのよ!


「僕には叶えたい夢がある。おまじないを、ルリの花を信じるよ。だからレイナ、僕はパピの花も君も欲しい」

「……叶えたい夢?」

「そう。今の世には争いが多すぎる。この大陸は精霊や異種族の力が強くて、人間との対立が絶えない。ルークスのやり方は、余計な血を流すだけ、争いを激化させるだけで止められなかった。僕はね、こんな世界を変えたいんだ。君達ラクリマの生き方はとても素晴らしい! 共存共栄こそが、僕らが選ぶべき道だと思う。だから必死でラクリマの一族を探して、そして──君を見つけた」


 彼の言葉に私の胸は熱くなった。

 綺麗事、大それた夢だと人は言うかもしれない。でも、彼は夢を叶えるために、信念を持って行動している。結界に引きこもり、燻っている私には、彼がとても眩しく映ったわ。


 ……一目惚れなんて言われても信用出来ないから、ラクリマの力を求めての行動だとはっきり言ってくれた方がいい。それに転移を使えば私なんて簡単に攫ってしまえるのに、彼はどこまでも誠実だ。

 私が病気だと知っても、選んで────必要としてくれた。その想いに答えたい。


「断られても僕は諦めない。何度だって通うよ。例え、炎の精霊王を敵に回しても……」

「いいわ」

 私は即座に返事をすると、持っていた花束を手渡す。

「花も私もあげる。でも、私はおまじないなんて信じないわ。貴方の願いは私が叶えてみせる」


 外の世界に憧れて、箱庭から出たいと願うだけで、何も出来ずに、死に怯えているだけだった私と決別するの。

「ありがとう、レイナ。君の想いに応えられるよう、努力するよ。だから、僕の妻になってくれるかい?」

「──まだ、言って無かった事があるの。私、病気のせいで子供が出来ない体なのよ。協力はするけど妻には……」


「それでも構わない。僕の隣にいるのは、君しか考えられないんだ。レイナ、もう一度言うよ。僕の妻になって」

「気持ちはとても嬉しいわ。でも、妻だなんて……結婚するのは、もう少しだけ、か、考え」させて。

 私が言い切るよりも早く、彼は私を抱き締め、耳元でそっと囁く。

「良い返事を期待してるよ」


 初めて男の人に求婚されて、私は舞い上がっていたわ。病気のせいで恋なんて出来ないと思っていたし、何もなかった私が生き甲斐を見つけたんだと、嬉しくてしょうがなかった。……若干の後ろめたさはあったけど。


────ラクリマには、絶対に破ってはいけない禁忌がある。


 一つは、決して(若返りの秘薬)を悪用しない事。不老長寿は人を容易く狂わせるわ。愚かな権力者だけでなく、自分の身も滅ぼしかねないから固く禁じられている。

 そしてもう一つは、王の選出に恋愛感情を挟まない事だ。恋情で王を選んではいけないし、逆に仕える王を異性として愛してはいけない。


 恋に曇った目では、冷静な判断が出来ないから。分かっていたのに、私は禁忌を破ってしまった。もう、手遅れだったの。彼──ガラクシアスを王にすれば、ずっと傍にいられると思った。すでに恋に盲目になっていたのね。




 密かに逢瀬を重ねて一月が経つ頃には、私の意志は固まっていた。ルベウス達にガラクシアスと結婚すると切り出したら、猛反対にあったわ。


「──結婚など! 余は認めぬぞ!!」

 ルベウスの怒りは想定内よ。父親は娘の結婚を認めないものだもの。揺らめく炎のような髪は逆巻き、黄金色の瞳は吊り上がる。あまりの熱量に肌がチリチリと灼けるようだった。こんな鬼神のようなルベウスを前に、怯え一つ見せないガラクシアスはやっぱり大物よ。


 烈火のごとく怒るルベウスよりも、はらはらとはしばみ色の瞳から涙をこぼす、アイリスの方が見ていて辛かった。


 アイリスはずっと、私の病気の治療法を探してくれていたから。でも、私は延命よりもガラクシアスと生きる道を選んだ。私の決断は、彼女の努力を無碍にする事。……分かっていても、私はもう決めたのだ。


「レイナ、わたくし達は貴女を心配しているのですよ? 貴女はまだ14歳、結婚なんて早過ぎます!」

「……まだ、じゃない。もう14歳よ。私に残されているのは、あと六年だけなのよ? 私には時間がない。彼を王にするためなら何でもするわ!!」


「姉さんは、その人を王に選んだんだね」

 ゼロはとても優しい子なの。私の病気が治るようにと、ハリの花をいつも作ってくれる。私よりも濃い金髪は陽だまりのようで、臆病で後ろ向きな私とは大違い、内面も太陽のように明るくてまっすぐだ。


「ええ、そうよ。ゼロ、貴方なら分かるでしょう? 王を定めたラクリマが、王を裏切る事はない。死ぬまで忠誠を捧げるのよ」

 ゼロの瞳は私の内心を見透かすようで、怖い。それでもやましさを隠して私は言い切った。


「レイナと僕は、同じ夢を見ています。平和な世界になれば、ラクリマの一族も隠れて暮らす必要はなくなる。僕を信じて、レイナを嫁に下さい!!」

「ガラクシアスは優しい人よ。私、ガラクシアスが王となった平和な国が見たい。彼の理想を叶えたいの。何も出来なかったって、後悔したまま死んでいくのが怖いのよ……」


 普段から我が儘を言わない私の懇願、さらに少ない寿命を持ち出されたら、優しいルベウス達は認めざるを得ない。……私は卑怯者よ。こう言えば、私に甘い家族は協力してくれると思ったの。ガラクシアスのためなら、私は悪魔にだって魂を売る。


────私に初めて宿った熱が、キングメーカーと言われたラクリマの本能なのか、恋情なのか、経験の乏しい私にはわからなかった。全ては、ガラクシアスのために。それが私の行動原理になっていた。




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