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サクラ  作者: 真琴
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第7話

 保健室で氷水をもらい少しは良くなったものの、数日間は右足だけ引っぱるような感じの歩き方になった。しかもその期間中スポーツテストが重なり、体操服を忘れたごく数名と一緒になって、私は教室で自習をすることになった。

 五月の陽気が心地よい。教室はちょうど過ごしやすい温度で、半分開いた窓から春の風が吹き込んでくる。教室には、三年が二人と二年が一人、それに私の他に一年がもう一人いた。そしてその一年は、私が密かに目をつけていた男の子だった。

 「麻生くん、この問題答えて」

 ちょうど昨日の数学の授業で、先生に宿題の答えを黒板に書くよう指摘された麻生くん。彼はその男の子だった。麻生くん。初めて知った、彼の名前。ふうん、麻生っていうんだ。けれどその程度にしかまだ思っていなかった。

 席はどこでもいいというので、私は外の見える窓側の席に座った。空から覗き込むようにして見えるグラウンドでは、ちょうど20メートルシャトルランが行われている。しんどいんだろうな、それに比べればまだ私はましか。自習してるだけでいいんだから。

 「あのさ」

 外を眺めていると、急に誰かが声をかけてきた。

 「ここ、座っていい?」

 振り向くと、私の右隣にある席を指差して麻生くんが立っていた。

 「あぁ・・・・・・うん」

 私は正直急に声をかけられて戸惑っていたけど、麻生くんは全然私に話しかけるのは平気らしく、私の許可を得て隣の席に座るとポケットから文庫本を取り出して読み始めた。何を読んでいるのか気になった。でも、自分からは聞き出せない。ただ、比較的薄めの本でそんなに難しそうな内容ではないことが推測できた。

 「何見てんの?」

 「えっ」

 「いや、なんかこっち見てるなって」

 「あ、うん・・・・・・別に。何も無い」

 麻生君の隣に座っているのがなんかいやになって席を移動した、右足を引っぱりながら。そしたら麻生君はそれが目に入ったみたいで、「足けがしたの?」と軽々聞いてきた。

 「うん。ちょっと、足くじいたんだ」

 麻生君と私の間に、二つ席があるような形になる席に座って言った。

 「なんで?」

 「体育の時間、バレーだったんだ。トス上げてたらこけちゃって」

 「まぬけなんだな」

 「え?」

 「谷川に付き添いに来てもらったんだろ。まぬけだよ、あんた。あいつみたいな奴に肩貸してもらっちゃったら、あんた終わりだよ。いくら谷川が保険委員だからって、さすがに断るだろ、普通」

 麻生君の言っている意味が分からなかった。なんで谷川夏美に助けられるのが、そんなに悪いことなのか。まぬけ、と言われるほどのことなのか。どちらかといえば、足をくじくほうがまぬけなんじゃないだろうか。それに、どうして麻生君がこの事を知っているのだろう。

 「ちょっと待ってよ」

 「ん?」

 「麻生君は、何を言いたいの?」

 「何をって、言ったままのことじゃん。谷川とは関わらないほうがいい。そういうことだよ」

 「どういうこと?」

 麻生君は、全く私の言うことを理解してくれない。もし理解したとしても、麻生君はひねくれたことしか言わないような気もする。といっても、ちゃんと説明できるほどの語彙力と会話力がない私が結局は悪いのだけれど。

 「この前はあいつと仲良さそうだったけど、何も知らないんだな。あいつ香坂先生と仲良さそうだっただろ」

 「うん」

 「うんって、それだけ?やっぱ知らないんだな。まぁ、おまえが知ったところで変わる問題じゃないけどな」

 まるで私には何の力もない、みたいな言い方。でも決して悪口を言われているようには感じないし、麻生君が悪い人にも思えない口調。

 麻生君の性格が読めない。相手のことを知ってからじゃないとほとんど話すことができない私にとって、麻生君みたいなタイプは致命的だ。今までこんなことなかったから、私はどうしていいか分からず戸惑っていた。

 少しでも麻生君の情報を手に入れ落ち着きを取りもどすために、「てかどうして麻生君が、谷川夏美が私の付き添いで保健室まで来てくれたこと知ってんの?」と無理やり話題を変えた。

 「知ってるも何も、見てたからさ」

 「見てた?」

 「あぁ、保健室ベッド一つ埋まってただろ。あそこに俺いた」

 保健室のベッド、その言葉で思い出した。

 そういえばあの時一つのベッドが埋まっていた。風邪を引いた誰かが寝ているのかと思えば、まさか麻生君だったなんて。

 「だるかったんだよね、ちょうどバスケのテストだったから。体育は体を動かす唯一の授業、でもそれも結局は他のつまらない授業と変わらないんだよ。全ては点数。たとえば美術だって、人の感じるものは人それぞれなのにそれを数字で表すだろ。俺、あーいうの嫌なんだよ。だからサボった」

 あながち麻生君の言うことは正しいような気もして、

 「そっか・・・・・・点数か」

 特に深い意味も無くポツリとつぶやいてみる。

 麻生君は再び文庫本に目を落として、読み始める。

 麻生君が入学式に来なかった理由。なんとなく分かった気がした。点をつけられるのが嫌いだという麻生君。きっと、先生は嫌いだろう。だって先生って皆の個性とかそんなこといって、結局は生徒の学力にしか興味がない種類だから。その中のトップ、つまり校長の話なんて聞きたくないに違いない。ただでさえ入学式は厳かな雰囲気で、協調性のなさそうな麻生君にとってはつまらないもの以外の何物でもないだろう。

 麻生君は、周囲に溶け込まない性質だけれど、私は無難に来週から始まる中間テストの勉強をする。範囲が広く全然終わらない問題集の解答欄を、がむしゃらに埋めていった。

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