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サクラ  作者: 真琴
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第6話

 幸いなことに、体育館からそう遠くない位置に保健室はあった。身体測定のときに保健室には行ったから、場所に迷うことはなかった。

 壁伝いに歩くゆっくりとした私の歩調に、谷川夏美は何の文句も言わず合わせてくれた。そればかりか、「大丈夫?」とまで心配されて動揺した。胸がドキドキしたまま、自分の足で保健室へ向かった。

 「保健室」という上に掲げられたプレートが見えて、私はやっとホッと息をつくことができた。そして改めて谷川夏美を見てみた。身長は私とだいたい同じくらい、どちらかといえば私のほうが小さいだろう。また、顔はよく見るとどこかのしっかりした天才子役に似ているような印象を受ける。若葉先生もそういえばそんな雰囲気を持っていたけど、谷川夏美のはこれと同じような感じがした。そして、一番思ったこと。もしかしたら、谷川夏美は優しいのかもしれない。私は反省した。本当にその人に触れてみない限り、人間性なんて分からないんだと思った。

 「失礼します」

 谷川夏美が私の代わりにドアをノックする。別に手を怪我したわけじゃないんだから、ノックくらいできるのに。でも、違和感はなぜか無かった。

 保健室は全体的に白がベース。壁も床も棚もベッドも、そのほとんどが白。清潔感があって、ここにいると心の恐怖や不安が全て取り除かれそうだ。

 上靴を脱ぎ靴下で床に上がると、

 「あぁ、谷川さん。久しぶりね。今日はどうしたの?」

 保健の先生は女の人。白衣がとても似合っていて、目が細いせいかどこか微笑んでいるようだ。谷川夏美とはなぜか知り合いらしく、二人の間には私には到底見る事のできない絆の糸があるように思えた。

 「今日は私じゃありません。この子が足首をひねっちゃって。それで、私は保険委員として付き添いで来たんです」

 「あら、そうなの。じゃぁ、ここに座って」

 先生はすぐ横の長いすに座るよう促し、私は言われた通り座る。「ひねったのはどっちの足?」と聞かれたので「右です」と答えると、「靴下脱いで」先生は急に真剣な顔つきになって私の右足首を触り始めた。適度な力で足首の所々を押し、「ここ痛い?」と何度か聞かれて、「ちょっと痛いです」「いいえ」などと答える。

 こんなやり取りが数十秒続き、先生は顔をあげて言った。

 「軽く腫れてるけど、大丈夫よ。氷水につけて、包帯で固定したら一週間もすれば治るはず。用意してくるから、ちょっと待っててね」

 「は、はい」

 ちょっと足をひねっただけなのに。何かが違っていた。

 「先生、すごいでしょ」

 先生のテキパキした動きに見とれている私のそばで、谷川夏美が感心するように目を輝かせて言った。

 「私先生に憧れてるんだ。優しいし、どんな子にも平等に接するし。学校に来たくない子には、無理に来なくてもいいんだよって慰めるし。他の先生とは違うんだよね、うん。どこか違う」

 そして一拍置くと、

 「あなたもそう思わない?」

 私の顔を見、意味深な表情で言った。本人にはそのつもりは無いのかもしれないけど、少なくとも私にはそう見えた。谷川夏美はクールな分、何かを秘めているような気がした。

 「誰か寝てるね」

 「え?」

 「ほら、ベッド。一つカーテンが閉まってる」

 谷川夏美が指差す方向には三つのベッドが置いてあって、そのうち一番奥にあるベッドのカーテンが、確かに何かを包みこむように閉まっている。風邪でもひいたのだろうか。

 「はい、おまたせ〜。氷水持ってきたよ」

 香坂先生が、透明なビニール袋に冷たそうな氷水を入れて持ってきた。

 「ありがとうございます」

 「袋を破っちゃわないようにだけ、注意してね。って、高校生なんだからそんなことしないか」

 「どういうことですか?」

 「先生、実は昔小学校で働いていたことがあったの。その時わんぱくで怪我をして保健室に来てばかりの男の子が、しょっちゅう氷水を廊下にばらまいて担任の先生に怒られてたのを、今でも覚えてるのよ」

 香坂先生は、チャイムが鳴るまで私と谷川夏美に、小学校での思い出話をしてくれた。嫌いな算数の授業になると、必ず保健室に来て遊ぶ二年生の話や、好きなコイが泳ぐ池の周りで遊んでいて池に落ちてしまい、全身びしょびしょの状態で着替えを取りに来た子の話。どれもおもしろくて、時間があっという間に過ぎていった。

 この話を聞いて、香坂先生は谷川夏美の言うとおり、生徒思いで優しい先生なんだなと思った。入学当時は自分の居場所なんてあるはずないと思っていた私。だから、高校でこんな楽しい時間を過ごせるなんて、正直考えてもいなかった。

 もしこれから不安になったり寂しくなったり、時間をもてあましたくなったら、ここに来て香坂先生と話したい。まだ居場所が見つかったとは言えないけど、ここにいたい、と思える場所が高校にできたことは、私にとってすごく大きな事なんじゃないか。そんな気がしていた。


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