第1話
道を点々と淡いピンクに染めていく春の花びらが、暖かい風に吹かれて揺れ動いた。また散る、散る。太い木の幹から伸びる細くて短い枝に咲く小さな花びらは、この世の中で一番短い命だと思う。そして私のこの高校三年間も、きっとそれと同じように一瞬輝いてすぐ消えていく。
私の高校生活は、せめてこれよりも長く生きていてほしい。せめて数日でもいいから、弱くても伸びていてほしい。父にうるさく言われてしょうがなく受けた高校だけど、そこに通うことになったぶん、せめて最低限のラインを超える高校生活は送りたいと思った。
そんな苦い期待をこめながら通った門には、「入学式」と達筆な文字で印刷された縦長の看板が立てかけられている。ケータイで写真を仲良く撮る女子、クラス一緒になれるかな〜と話す子。本当なら、今ごろ私もこんな形で高校生活をスタートさせていたはずなのに。あんな事が無かったら・・・・・・。
ほとんどふざけて高校を受けたような私には、たった一人の友達がいた。話べたであるわけでもないのになかなか友達が出来なかった私に、博美は中一のある日声をかけてくれた。それ以来私と博美はいつも一緒で、しかもクラスも三年間離れ離れにならず過ごす事もできた。だから私は、小学校のときとは比べ物にならないほど楽しい学校生活を送ることができたのだ。
父の言うことは絶対に従おうとしない私が父の言うとおりの高校を受けたのも、博美の影響だ。博美は元々勉強のできる子で、対して私はテストの点がどうであろうと何とも思わない人間だったから、小学校の頃から勉強はさぼりがちだった。でも、博美が受ける高校にどうしても私も行きたくて、それでがんばって博美に追いつこうと勉強した。
必死だった。一人になるのは嫌だった。小学校、誰からも相手にされず孤独な時間を過ごした六年間。自分でもよく耐えてきたなと思うくらい、それは精神的な戦いの連続だった。ただクラスで浮いてるだけで、いじめられることがなかったのが唯一の救い。他は全部、地獄同然だった。あの頃の自分を思い出すと、鳥肌が立つ。あの時には戻りたくない、絶対に。そのためには何だってする。そして、博美と同じ高校に行くことこそが、今の日常を保っていくために必要不可欠な条件だった。
受験当日は、不安でいっぱいだった。博美は最後の模試まで合格八十パーセントの数字をキープしていたから、博美が合格ることは間違いないだろう。問題は、私だ。博美は友達が私以外にも大勢いたので、私が落ちても博美は困らないだろう。でも、私は困る。だから、結果はどうあれそれに左右されるのは私だけだ。
合格発表の日。私は早く結果を知りたくてたまらなかったけれど、その反面結果を知るのが怖い、という感情もあった。でも私は博美と一緒に合格発表を見に行く約束をしていたから、結局のところそんな思いは無理にでももみ消す他なかった。
結果、私は合格。博美は落ちた。
それ以来、博美は私から離れていった。学校であいさつしても無視された。「どうして無視するの?」なんて聞けるはずがなかった。博美は怒っているのだ。合格るか合格らないかの瀬戸際だった私が合格ったのに、合格確実と言われたのに落ちてしまった博美の気持ちを考えたら、そんなのすぐに分かることだった。だから、結局今でも博美と私の間には高い壁がはられている。壁を壊す方法が浮かばない私と、ますます壁を頑丈にしていく博美。もう、やり直すことは不可能だった。ただ悲しくて、ものすごく不安だった。これから私はどうすればいいのか。高校進学をやめようかとも思ったけれど、今さらそれは許さないと言う父にこればかりは逆らってもどうにもならず、私はしばらくの間充分な睡眠をとれない毎日を過ごした。