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04ハミルトン姉は、こうして結婚を決めた


 ミハエルと二人、馬車にゆられて帰ったのは、社交シーズンに用いる王都の屋敷だった。


 毎年、この季節の3ヶ月だけ滞在するのだが、今は、騎士団に所属しているミハエルが生活の拠点にしている家でもある。


 屋敷の中までしっかりとエスコートを終えると、私たちはそれぞれの部屋に下がった。


 侍女のサラに手伝ってもらいながら寝支度を整え、ベットに入る。

 横になってから考えることは、最近ずっと繰り返している同じ考え事だった。


 実は少し前、女性しかいない修道院に入りたいと父ジョエルに話したことがある。


 その頃には父とも、短い時間とほどよい距離があれば言葉を交わすことが出来るようになっていたが、その時は猛反対された。


 あまりの剣幕に驚いて、部屋から逃げ出してしまったほどで、あとで平謝りされたが、それでも修道院に入ることは許してもらえなかった。


 父は、無理に外に出ようとしなくていい。私の面倒は一生見るつもりだと言ってくれた。


 けれど、このハミルトン伯爵家は、ミハエルが継ぐことになっている。


 もともと彼が本家筋の子なのだから、それが正当なのだけれど、つまり遅かれ早かれ、行かず後家になった私の面倒は、ミハエルに見てもらうことになるのである。


 もし、そうなった場合、あの子のことだから、別館や別邸に義姉を追いやることなど出来ないような気がする。

 下手をしたら、将来の奥さんや子供たちと同居させかねない。


 そんな肩身の狭い思いは、さすがにしたくなかった。


 「…………」


 取るべき道は、やはり一つしかないのだろう。


 今年の社交シーズンは、それをするために王都に来たのだから、今さら躊躇うわけにはいかない。






 3日後、マーラ伯母さまにハミルトン邸までご足労ねがった。


 伯爵領にいた時に手紙を出し、今回の社交シーズンに予定を開けていただいていた。


 本来なら、こちらが訪ねていく立場なのだけれど、勝手の分からない伯母さまの家に行くと、逆に迷惑をかけかねないので、ハミルトン邸へと招待したのである。


 応接間にマーラ伯母さまをお通ししたあとは、人払いをさせてもらった。


 「こんな風に改まってちゃって、一体どうしたかしら? 手紙には、お話しがあるとだけ書かれていたけれど、手紙には書けないような内容なのかしら?」


 人払いしたことで何かあると期待させたのか、彼女はどこか楽しげだった。


 「あの、実は、伯母さまにお願いしたいことがありまして。今さらといいますか、もう20歳なので、行き遅れ感もあると思うのですが……私、結婚をしようかと」


 伯母さまの目が、こぼれ落ちんばかりに見開かれた。


 「結婚といいましても、お相手がいるわけではなくて。それで、伯母さまに縁組み等の媒酌人をしていただきたくて。こういう事は、お父さまにお願いするのが筋だと思うのですけれど、お父さまは」


 「――ま、待って。ロゼット、貴女それ本気なの?」

 「……はい。色々と考えて、そう決めました」


 マーラ伯母さまは、しばらく呆気に取られていたようだったが、次第に、その表情を固くしていった。


 「わたくしは、貴女たちの母親代わりとして、これまで努めてきたつもりよ。だから、貴女が男の方に対していちじるしい苦手意識を持っていることを知っているし、理解もしているわ。それでも結婚をしたいと言うの?」


 「はい。男性が苦手と言っても、ミハエルやお父さまのように、時間をかければ慣れることが出来ると思います。こんな事を言うのは、相手の方にとても失礼だと分かっていますが、出来れば、その辺りの事情を考慮していただける男性を」


 「ロゼット、誤魔化さないで頂戴。そう言うことではないでしょう。突然そんな事を言い出したからには、何かあったのではないの?」


 まるで悪さをした子供を叱るような口調に、少しだけ嬉しくなった。


 「いえ……ただ、さすがにもう自分の身の振り方を決めなければと思ったのです。私だけのことならいざ知らず、私の面倒を見てばかりのミハエルも、もう年頃ですから」


 そう言った私を、伯母さまは探るような目でじっと見つめてきた。


 「立ち入ったことを聞くようだけれど……あなた、そのミハエルと結婚するつもりはないのかしら?」


 どきり、と心臓が軋んだ。


 ミハエルとの結婚。


 それを考えたことは、あった。でも――


 「……ミハエルのことは、もちろん愛しています。でもそれは、家族として、弟としてなんです。ですから、ミハエルをそういう対象としては見られません」


 嘘をついた。

 本当は、そういう風に言われてしまったのは、私の方だった。


 だから、ミハエルと結婚することは出来ない。


 「それに……私たちは、公の場に出席するたびに、そういう関係を否定してきていますから、今さら結婚するなどと言ったら、色々なところから批判を浴びることになると思います」


 「……そう。そうね」


 マーラ伯母さまは、何か考え事をするように目を伏せた。

 しばらくそうしていたが、考え事をまとめたのか、上品な仕草で顔を上げる。


 「結婚相手を見繕うのは、構わないわ。だけれど、貴女の相手となると厳しい条件を付けねばならないことになるでしょう。そのためには、セオドア公爵夫人としての地位を使うことになると思うわ。もしそうなったら、セオドア公爵夫人としての面子も立てなくてはならなくなるの。つまりね、一度結婚相手の打診や仲介をはじめたら、貴女が正式に婚約するまで、途中で止めることなんて出来ないかもしれないの」


 「…………」


 「だから、もう少しよく考えてみて頂戴。それにね、どうせ貴女のことだから、ミハエルやジョエルに何も言ってないのでしょう?」


 今度は、ぎくり、と肩が揺れた。


 「あの…反対されると思うと、言い出しにくくて」


 「気持ちは分からなくもないけれど、この事をもし他人の口から聞かされてごらんなさい、そちらの方が相当のショックだと思うわよ」


 「……はい」


 「まずは、それを片付けることが条件ね。大丈夫よ。男二人に反対されたからといって、わたくしは手を引くつもりはないから。かわいい姪の頼みですもの。その時は、セオドア公爵夫人の強権を遠慮なく行使させていただくわ」


 マーラ伯母さまはそう言って、にこりと貫禄ある笑顔で笑った。






 その日の夕方、王城に出仕していたミハエルが、お屋敷に帰宅した。

 私がこちらの屋敷にいる間は、どうにも帰宅時間を早めてくれているようだった。


 だから私も、毎日のように玄関ホールまでミハエルをお出迎えしていた。

 一緒に夕食をとって、その日にあった出来事をミハエルは話して聞かせてくれる。


 家族の団欒を楽しんだ夕食後、あとで話があるからリビングルームに来て欲しい言えば、ミハエルは快く頷いた。


 暖炉や安楽椅子のある、安穏とした雰囲気のその部屋で、私はマーラ伯母さまに結婚の相手を探してもらえるよう頼んだことをミハエルに話した。


 「……え?」


 ミハエルは、自分の耳を疑うような顔をした。


 「だからね、私ももう20歳なのだし、少し遅いだろうけど、どなたか良い人に貰っていただこうと思うの」


 「――――」


 絶句するほどだったのか、ミハエルは愕然としたまま動かなかった。

 けれど、段々と狼狽えていくような素振りを見せた。


 「――で、ですが姉上、それは……」


 「ええ。それなりに無理をすることになると思うわ。でも、伯母さまも私の事情を理解してくれる人を探してくれるみたいだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


 心配させないために言ったのに、その言葉は返ってミハエルを不安にさせたようだった。


 眉の間に皺を寄せて、滅多に見せない表情になっていた。


 「――カトリーヌ様の言葉を、気にされているのですか?」


 「え?」


 思いがけない名前に驚いてしまったが、私は笑って首を横に振った。


 「いいえ、違うわ。本当はずっと前から考えていたのよ。でも、すぐには決心が付かなくて、今日まで引き延ばしてしまったの」


 「……前から?」


 「そうよ。さすがに、この年齢になっても弟の世話になっているのは恥ずかしいもの。将来、旦那様になってくれる人がいるなら、なるべく早くお会いしておく方がいいと思うし。ほら、ミハエルと距離を縮めるにも、すごく時間がかかったでしょ」


 ミハエルが、わずかに俯いてしまった。

 眉間の皺はそのままだったのに、何故だか泣きそうな面差しに見えて、胸が騒いだ。


 「――もう、決められてしまったのですか?」


 「え? …ええ」


 目蓋が固く閉じられた。

 まるで苦悶しているようだった。


 どうしてそんな様子になるのかのか分からなくて、戸惑ってしまうが、ミハエルはゆっくりと視線を正面に戻した。


 「わかりました。姉上がそれを望むなら、私に異存はありません」


 いつものように柔らかく笑う彼を見て、ほっとしてしまった。


 「そう言ってくれて、ありがとう。良かったわ。もっと反対されると思っていたから、すごく心許なかったの」


 「…………」


 ミハエルは、笑っていた。


 不意に違和感を感じた。

 いつもと同じように見えたのに、それが酷く作り物めいて見えてしまった。






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