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第六話 大天使、降臨

 パーンッという大きな破裂音がして、黒い全身スーツの一部が弾け飛ぶ。スーツには亀裂が入り、中から白い布地が見えていた。

「な、何……?」

 驚く伊吹の前で、体を締め付けていた黒いスーツを脱ぎ、土偶体型の少女が姿を現した。背丈はチガヤよりも少し低いのに、幅だけはチガヤの倍はありそうだった。その背には小さな白い翼が生え、世界史の資料集に載っていた“ローマ帝国時代の服装”に似た服を着ている。

 彼女はスーツを脱ぎ捨てると、大量の汗を流しながら、全力で走った後のように激しい呼吸を繰り返した。両サイドでまとめあげられた長い髪が、豊満すぎるボディにべったりと汗で張り付いている。

「大丈夫?」

 チガヤが声をかけると、土偶体型の少女は何か言ったが、それは聴いたこともない言語だった。慌ててチガヤが彼女の星印に触れると、言葉として聞き取れるものになる。

「み、水……」

 喉に潤いが無いせいか、かすれた声だった。台座の周りで演奏していたメンバーの一人が、近くにあった水桶を持っていくと、彼女は桶に口を付けて一気に飲みした。

 水を飲んで落ち着いたのか、額の汗をぬぐって彼女は笑みを浮かべた。美人というには全体的に肉があり過ぎたが、なかなかに愛嬌のある顔だなというのが伊吹の第一印象だった。

「あの、もしもし……?」

 チガヤが彼女の顔を覗き込む。

「なぁ~に?」

 それが土偶体型の少女の声だと認識するのには少し時間がかかった。太った人特有の声ではなく、無駄に可愛い声質をしていたからだ。

「私の話してること、わかるよね?」

「うん。わかる、わかる~」

「あのね、ここはマ国のスコウレリアという街で……」

 チガヤは彼女が置かれている状況を説明しだした。ガチャによって召喚されたこと、自分たちのこと、見知らぬ言語を知っている言語に置き換える『脳内変換』のことを一通り話す。

「へぇ~、そ~なんだぁ~」

 聞き終えた彼女の感想は、それだけだった。

「何か質問とか、あるかなぁ?」

「はいはーい! ここに美味しい物はありますか?」

「うん、あるよ」

「やったぁー!」

 土偶体型の少女は諸手を上げて喜んだ。

「なんか、体つきの割に、頭の中が軽そうな子が来たな……」

「うん……」

 ボソッと言うサーヤに同調する。

「彼女、Sレアですね」

「嘘っ!?」

 ウサウサに言われて見てみると、確かに彼女の腕には星印が4つあった。紛れもなくレアリティはSレアを示し、チガヤのユニットの中では最上位に位置した。Sレアと知って、まじまじと彼女を見てみたが、どうにもレアリティの高さが感じられない。

 チガヤは彼女の手を引いて台座から降りてくると、伊吹たちを呼んでガチャの傍から離れた。

「それじゃ、自己紹介するね。私はチガヤ。あなたは?」

「マユタンだよっ!」

 土偶体型の少女、もといマユタンは人差し指を頬に当て、小首を傾げてみせた。若干、ポーズを取っている。そのポーズをスルーしてチガヤはニコッと笑った。

「よろしくね、マユタン」

「よろしくね!」

 いきなりチガヤを抱きしめたかと思うと、マユタンは伊吹とウサウサにもハグをした。それを見て、サーヤは2mの高さまで羽ばたいた。

「あたい、そういうのはいい……。潰されるのはごめんだ」

「軽めにするから、降りといでよ~」

 マユタンが、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「君も飛べばいいんじゃないの?」

 背中の小さな翼を見て伊吹が言う。

「あの高さは無理っ!」

 マユタンが手でバツを作る。

「飛行ユニット限定ガチャで出たのに、飛べないって……」

「飛べないんじゃないよ、高く飛べないだけ」

 そう言うと、マユタンは翼をはためかせて浮いてみせた。と言っても、ほとんど立っているような姿勢で、地面から10cmほど足が離れたに過ぎない。

「あっ、飛んだ飛んだぁ~!」

 浮いた彼女を見て、チガヤが無邪気な歓声を上げる。

「昔はね、もっと飛べたんだよ。でも太ってからは、これがやっとだったり」

 飛行ユニット限定ガチャは、これもアリなのか。この国のガチャには、返品制度はないのかと思ったが、物ではなく人を前にしては言葉もない。

「ということは、痩せたら飛べるわけか」

「もうダイエットはしないのだっ! せっかく、デブに人権が無い国から抜け出せたんだもん。美味しい物をいっぱい食べなきゃ損、損、損!」

 サーヤの指摘に不機嫌な顔をすると、マユタンは服の下に身に着けていたコルセットを外した。腰の周りだけは少し凹んでいたのに、一気に樽体型へと変化する。

「デブに人権が無い国って……」

「マユタンがいたのは、そんな怖い世界なのだ。来る日も来る日も、体をギュウギュウに締め付ける着圧スーツを着せられて、走れ走れと大地を転がされる日々……。飛べない天使はタダのデブと、何度も言われ……」

「天使、なんだ……」

 無論、その“天使”とは『脳内変換』で置き換えられた単語に過ぎない。伊吹の知っているそれとは、違いがあるのは自分でもわかっていた。

「そうですよぉ~、マユタンは天使。悲しいくらいに大天使なのです」

「大天使ってことは、普通の天使より偉いの?」

「何を言っているのです? 重いからに決まってるじゃないですか」

 彼女の言う階級がヒエラルキーではなく、重量を基準にしたものだと知り、やはり自分の知っている天使とは違うのだと再認識する。

「みんなも、マユタンに自己紹介しよっか」

 チガヤがサーヤに目で合図する。

「あたいはサーヤ。チガヤのユニットの中では一番の古株だ。スキルは……」

「『電気操作』」

 サーヤがスキル名を言う前にマユタンが言い当てる。一同が驚く中で、マユタンは続けざまにそれぞれの能力を言っていった。

「アビリティは『加湿香炉』っと。そっちの金髪の人は、スキルが『好意防壁』、アビリティは『光耀遮蔽』かなぁ? 男の子は……ちょっと判別しにくいのだ。たぶん、スキルが『快感誘導』に、アビリティが『無限進化』って感じ」

「すご~い、なんでわかるの?」

「なんでって? みんなは、わかんないの? マユタンは、相手の顔を見たら、スッと言葉が頭に入ってくるよ。でも、おかしいのだ。マユタン、こんな特技はなかったような?」

「僕らの能力がわかるってことは……。ちょっと、自分の顔を見てみて……と言っても、鏡はないか」

「ん? もしかして、マユタンの顔に何かついてる?」

 顔をぺたぺたと触っていたマユタンだったが、何かに気付いたのか、自分の手のひらを見つめて言った。

「スキル『能力解析』……」

 マユタンが口にした一言で合点がいった。能力を判別するスキルを持っているのなら、見ただけで相手の能力がわかっても不思議はない。

「このスキルがありゃ、能力鑑定士になれんじゃないのか」

「うん、なれるかも。それより、国に届けを出さなきゃだよ!」

 少し興奮気味になったチガヤはマユタンの手を引き、能力鑑定をしている部屋へと走って行った。

 特定スキルかアビリティを有している場合、国に対して届け出が必要なのは、能力鑑定を受ける際に聴かされていた。脳内で自動翻訳する『脳内変換』。能力を判別する『能力解析』。一定以上の負荷が肉体にかかる前に瞬間移動させる『強制離脱』。ユニットの肉体を数分前の状態に戻す『可逆治癒』。対象の能力を発動させなくする『発動阻止』。能力によって生じた事象を打ち消す『無効波動』。他に、ガチャで呼び出すユニットを限定するものが、いわゆる特定スキル、特定アビリティと呼ばれていた。

「能力鑑定士って、隣の部屋でユニットの能力を教えてくれる人だよね?」

「そう。国の依頼で仕事してるから、報酬もいいって聴く」

「へぇ~……報酬がいいんだ」

 サーヤに報酬の話をされ、稼げる能力って大事だよなと改めて思う。同時に、国の依頼で働いていると知り、占い師的に捉えていた能力鑑定士のイメージが、公務員的なものへと変わる。

「スキルはわかったけど、彼女のアビリティは何だろうね」

「あたいとしては、飛行関連の能力だと嬉しいね」

 サーヤは目を細めて半笑いする。能力云々の前に、自分たちが求めていたのは飛べるということ、ただ一点だったことを思い起こす。

「終わったよ~」

 隣の部屋から手を振りながらチガヤが走ってくる。一緒に行ったハズのマユタンの姿はない。

「早かったね」

 傍まで来たチガヤを伊吹が出迎える。

「うん、届け出の方は混んでなかったから」

「で、彼女は?」

「マユタンなら、アビリティを試したいからって、いろんな人に抱きついてるよ」

「へ?」

 アビリティと抱きつくという行為が、どう考えてもイコールで結ばれない。

「能力鑑定士にならないか……みたいな話ってなかった?」

「なかったよ。『能力解析』のスキルを持った人が、増えてるって話なら聴いたけど」

「そっか……。それじゃ、能力鑑定士の募集はナシか、あっても倍率が高そうだな」

 残念そうに言うと、サーヤは軽く息を吐いた。その残念がり具合から、マユタンが能力鑑定士になれたら、チガヤの家も裕福になれたんだろうか思っていると、近くで「うわぁっ!」という男性の声がした。

「な、何?」

 声がした方に目を向けると、マユタンが細身の男性に抱きつき、首元に熱いキスをしていた。濃厚なキスをされた相手の首元には、痣のようなキスマークが付いている。

「ひぃ~……」

 マユタンの腕を振り払うと、男性は一目散に逃げ出した。

「何、してるの?」

「見てのとおり、キスマークを付けているのですっ!」

「なんで……」

「それはぁ~、マユタンのアビリティの発動には、キスマークを付ける必要があるからなのですっ!」

 ビシッと指を差されて力説されても、伊吹は「はぁ……」としか反応できなかった。

「で、どんなアビリティなのさ?」

「ん~……言葉で言っても伝わらない気がするのだ。あとで使ってみるので、お楽しみに!」

 マユタンは人差し指で自分の頬を突き、体をくねらせるポーズを取った。今度は、サーヤが「そう……」としか反応できなかった。

「うん、楽しみにしてるね」

 チガヤはニコッと笑うとスタスタと歩き始めた。

「おうちに帰るよ~」

 振り返って言うチガヤに頷き、ユニットたちも後に続いた。



 家に帰ると、情報倉庫で別れたシオリンとブリオの他に、闘技場で観戦を続けていたワニックも戻っていた。「ただいま」を言い終わると、チガヤは早速マユタンの紹介に入った。

「新しい友達だよ~」

「マユタンだよっ!」

 チガヤに促されるように前に出たマユタンは、またもや人差し指を頬に当て、小首を傾げ、やはり若干ポーズを取っていた。

「……シオリンです」

 少し間をおいてシオリンが名乗る。

「オイラは、ブリオなんだな」

「俺はワニックだ」

 続いて男性陣も名前だけ言う。

「あのね、マユタンは能力を判別するスキルを持ってるんだよ」

「えへんっ!」

 スキルを紹介されると、マユタンは得意げに胸を張った。

「ほぉ~。では試しに、当ててもらおうか。まずは俺から」

「え~っと、スキルが『瞬間加速』で、アビリティが『水分蒸発』なのだ」

「まさに。この能力があれば、バトルで戦いやすくなるな」

「またバトルの話……」

 バトルの話に繋げるワニックに、チガヤが頬を膨らます。

「そっちのカエルさんは、スキルは『毒素感知』ってわかるのに、アビリティが見えないのだ。魚さんはスキルも見えてこない……む~、これは一体?」

「スキルやアビリティを持っていないユニットもいるんだよ。コモンは両方持ってないし、アンコモンでも持っている人は少ないから」

 チガヤに説明され、マユタンは「ふむふむ」と頷く。

「なるほど、なるほど。でもでも~、ちょっと不思議かなぁ~……なんて」

「何が不思議なの?」

「ユニットはガチャで出るのに、神殿にはコモンやアンコモンの人が居なかったのだ」

「それはね……たぶん、ガチャで出ても、すぐに強化素材にされちゃうからだと思う」

 重々しくチガヤは語ったが、マユタンは気にせずに話し続けた。

「強化? あっ、そういえば見たような。ユニットの片方がいなくなって、もう片方が少し変化するの。チガヤは強化しないのです?」

「ユニットは友達だもん。強化や進化なんて酷いことはしない。だから、イブキの『無限進化』もダメって言ってる」

 チガヤの発言にマユタンが首を傾げる。

「む~……。どうして、『無限進化』がダメなのです?」

「だって、進化だよ? 素材にしたユニットが消えちゃうんだよ?」

「それは勘違いなのですっ!」

 マユタンはポーズを取ってチガヤを指差した。

「勘違い……?」

「『無限進化』は名前だけっ! 普通の進化とは違うのですっ!」

「じゃ、僕のアビリティって何が起こるの? 前に見てもらったときは、進化素材対象は同一型ユニットじゃなくてもいいけど、特定の条件を満たした人限定で、それ以上はわからないって言われたんだけど……」

 腕組みをしてマユタンは考え込む。

「む~、確かにマユタンにも、よくわからないところがあったり……。他の人と違って、スキルもアビリティも、頭に入って来る言葉にノイズが混じるのですよ、君は。でもでも、一時的な効果だというのは間違いないのだ」

「一時的な効果って?」

「アビリティを発動したら、対象のユニットと何か起こっちゃう。けどけど、アビリティの使用をやめれば、対象のユニットが元に戻る……みたいな感じ、なのだ」

 発動したら特定の条件を満たすユニットと一時的に何かなる……。伊吹はゲームに出てくる合体するモンスターを思い浮かべた。大きくなった自分の姿を想像したが、どうにも強そうには見えない。

「君みたいに能力情報がノイズだらけの人は、神殿にもいなかったのだ。スキルもアビリティも、効果がハッキリしなくて気味が悪いのです。特に、アビリティは発動条件が2つもあって明らかに変、変、変!」

「発動条件って2つあるの?」

「そうなのです。特定の条件を満たすユニットの……何かの他に、能力名を声に出す必要があるのだっ!」

「能力名を声に出すの? え~っと、無限進化!!」

 試しに叫んでみたところで、何も起こらずに辺りが白けただけだった。

「条件を満たすユニットがいないとダメってこと……だよね」

「わかっているなら叫ぶな」

 サーヤに後ろから蹴られる。

「アテッ……でも、なんで僕だけ能力がアレなんだろ」

「変人だからじゃないのか?」

 からかうサーヤに、他のユニットたちが「あぁ……」と共感する。そんな言葉で納得しないでよ、と言いかけたところで、伊吹は自分が珍しいと言われたことを思い出した。

 ヒューゴに言われた「珍しいものに入ってたから気になっていた」というのがそれだ。ユニットの大半は捕えられた状態で召喚されているので、袋、檻、箱状のものが多いと聞かされている。確かに、仲間内でもガラスケース、袋、壺、拷問具、箱、そして着厚スーツと、誰かに何らかの理由で押し込められた物ばかりだ。それに比べ、自分は自らカボチャの中に入っているだけに、召喚対象として特殊なことは否定できない。

 召喚されるのは、何かに入った状態で、今いる世界を離れたいって思った人だけ、という条件を満たしていたとはいえ、自分は他のユニットに比べて、離れたいという動機が希薄だ。それが、見えずらい能力に繋がっているのでは……。

 そんな考えを話そうと思った頃には、話題は明日のことに変わっていた。

「明日のサニタの卵探しだけど、会社には寄らずに現地に直行しようと思うの」

 チガヤがサニタの名前を出すまで、伊吹は仕事のことをすっかり忘れていた。明後日までの期限で、サニタの卵を5つ集めるというのが今回の仕事の内容だが、チガヤがサニタの生息情報を調べている間に、あれこれ別のことを調べて、そのあとバトルしたせいで、記憶の片隅にも残っていなかった。仕事に対する意識が低いとも言える。

「何処で探すのさ?」

「イクビの山の方に行く予定。いろいろ調べたんだけど、ここからの距離とか、生息情報とか、周辺に棲んでいる動物とか考えると、そこが妥当かなって」

「イクビ? あそこまで歩いていく気?」

「ワイバーンに乗っていくつもりだよ」

 サーヤの質問にチガヤが答えたところで、シオリンがギョッとする。

「ワ、ワイバーンですかぁ……シオリン的には、そのぉ……」

「あっ、シオリンはワイバーンが苦手だったよね」

「苦手というか、怖いですねぇ……。あの食べてやるって感じの顔が特に」

「そんなことないんだけどな。でも、怖いのは仕方ないし、みんなで行く必要もないよね。明日は私とサーヤ、あとはワイバーンに乗ったことがない人で行こうと思う」

「まぁ、みんな連れてったら交通費がバカにならないからな」

 チガヤの方針にサーヤが頷く。

「ワニックとブリオも、お留守番になるけどいい?」

「俺は構わない。俺が乗ると、ワイバーンの方が落ち着かないしな」

「オイラ、高いところは苦手なんだな」

「それじゃ、明日はワイバーン乗り場に行って、そこからイクビに向かうね。卵を揃えられなくても、終わったら会社に行って報告はするから」

 ユニットたちが各々に返事をする。

「ご飯、食べたいんだな」

 話が終わったと見るや、ブリオはチガヤの服を引っ張り、テーブルの上にある果実の山を指さした。

「あっ、ごめんね。私たちが帰るまで、食べるの待ってたんだね」

「好きなの買っていいって言われたので、シオリン的に好きなものをチョイスしたんですよぉ~」

「道理で果実ばかりあるわけだ」

 そう言いながらも、ワニックはひょうたん型の実を手にし、口元に運んだところでチガヤを見た。

「食べていいよ。私はちょっと、やることがあるから」

 OKが出るとワニックだけでなく、ブリオやシオリンも果実を取って食べ始める。マユタンも待ってましたと言わんばかりに食いついた。その光景を微笑ましげに眺めた後、チガヤは伊吹とウサウサが寝ている部屋に入っていった。

 伊吹も気になって後を追って中に入ってみると、チガヤは部屋の中央にぶら下げている布を取り外していた。

「それ、取るの?」

「ううん、付け直すの。もっとイブキの方に寄せないと、マユタンが寝る場所を作れないでしょ?」

「そうだね……」

 やっぱりマユタンの部屋はここになるのかと、伊吹は少し残念な気持ちになった。ウサウサとの二人きりの夜も終わりだと思うと、ここで何かあったわけでもないのに寂しさが募っていく。

「三人部屋になると、さすがに狭いね。もうユニットは増やせないかな」

 チガヤは話しながら壁に杭を打ち込み、そこにロープを引っ掛けた。

「じゃあ、ガチャは今回が最後だね」

 取り外された布をチガヤに渡して伊吹が言う。チガヤは布を広げると、反対側の端を伊吹に掴ませ、「せ~の」の合図でロープにかけた。大きな布が再び部屋を分かち、伊吹のスペースは藁ベッド分しかなくなった。

「次はマユタンのベッドを作んなきゃ」

「手伝うよ」

 協力を申し出たことで、伊吹の食事タイムは藁ベッド完成後になった。その頃には、山のようにあった果物も数個に減っていた。



 翌日、市場の外れにあるワイバーン乗り場に行くと、大きな杭に麻縄で繋がれた状態で、コウモリの翼が生えたトカゲのような生き物が何匹がいた。鱗で覆われた細長い胴体を丸めているものの、翼を広げた時の大きさは優に5メートルはありそうだった。

 伊吹としては、ワイバーンと聞いて、ゲームなどで見聞きするドラゴンをイメージしていたが、そこにいた生き物はネットで見たアルマジロトカゲに似ていた。

「いらっしゃい」

 伊吹たちの姿が目に入ったのか、ワイバーンの間をかき分けて、緑色の皮膚をした小人が近づいてきた。尖った耳に垂れ下がったような鼻をした男は、チガヤの姿を見つけると近寄っていった。

「お久しぶりです、イゴルさん」

「あ~、どもども」

 チガヤに声をかけられ、イゴルは手を擦り合わせながら笑った。

「今日はね、イクビの山の方まで行こうと思うの」

「何名様でしょうか?」

「5人だけど、サーヤはカウントしないよね?」

「そうですね。鞍よりも軽い人を数に入れるわけにはいきやせん」

 イゴルはチガヤの後ろに控えているウサウサ、マユタン、伊吹の姿を確認する。

「4名様なら、ワイバーン1匹でもいけるとは思うんですが、ただ重量によっては……」

 そう切り出したイゴルの視線は、明らかにマユタンに向けられていた。どう考えても彼女は重いだろう、というのは容易に察しがついた。

「あっ、マユタンなら飛べるから、心配いらないよ」

「本当ですか?」

「むむっ、失礼なのですっ! 論より証拠、見せてあげるのだ」

 マユタンは翼をはためかすと、その巨体を浮かせてみせた。決して、飛んでいるわけではない。立っているときの姿勢のまま、何とかその場に浮いているだけだ。

「こりゃたまげた……」

「ね? 飛べるでしょ。だから4人分で」

「それでは、ワイバーン1匹3時間の利用で銅貨2枚になりやす。ライダーは不要ですよね?」

「うん、手綱は私が握るから平気。領収書をお願いね、宛名はスコウレリア第三事務所で」

 銅貨2枚を渡すと、チガヤはお目当てのワイバーンに駆け寄った。

「この子にするから」

「はい。では、領収書の方は、戻る頃までには用意しておきやす」

 イゴルに「どうぞ」と促され、ユニットたちがチガヤの元に集まる。

「イブキ、これを持っててほしいの」

 チガヤに渡されたのは、職場で仕事チケットと一緒に受け取っていた封筒だった。

「これ、何が入ってるの?」

「サニタの卵の採集許可証だよ。これを持たないまま卵を取って、国の監視員に見つかったら捕まっちゃうの」

「へぇ~」

「その辺の木になっている実や、川で泳いでる魚も許可証が要るから、お腹が減ったからって、勝手に取って食べちゃダメだからね」

「わかった」

 思いのほか厳しいんだな、という感想を抱きつつ、封筒の中の許可証を確認する。この国の字で書かれているだけあって、何が何だかサッパリだった。



 チガヤ、マユタン、ウサウサ、伊吹の順でワイバーンにまたがり、鞍と繋がっているベルトを締める。チガヤがワイバーンの頭を撫でて何かを囁き、手綱を引くと大きな翼が広げられて宙に舞いあがった。

 ある程度の高さまで飛び上がったところで、サーヤがチガヤの肩にとまり、ワイバーンは目的地に向かって飛び始めた。

 翼をはためかせる度に上下するため、乗り心地は決して良いとは言えなかったが、伊吹としては、前に座るウサウサに抱きつけるだけでも満足だった。

 離陸してから十数分で山の麓に降り立った。木々が生い茂る山と草原の境目、そんな感じの場所だった。

「さぁ、着いたよ~。後ろの人から順番に降りてね」

 まずは伊吹がベルトを外して降り、ウサウサ、マユタン、チガヤと続く。マユタンは大地に立つと、思い切り背伸びをすると、深呼吸して言った。

「歩かなくても遠くに行けるのは楽チン、楽チン。マユタン専用のワイバーンが欲しいのだ」

「痩せたら飛べるんだろ……」

「ダイエットは嫌いなのだっ! そうだ、ガチャを回すのです。飛行ユニットが出れば、これから楽が出来るのだ」

「……あたいらも、出したかったよ。浮くんじゃなくて、飛べるのを」

 苦笑するサーヤを見て伊吹も頷く。

「それじゃ、卵探しを始めるけど、あまり遠くに行かないでね。ここの基地局から離れると、言葉が変換されなくなるから」

「基地局?」

 チガヤの説明の中に聴きなれたような、それでいて違和感のある単語があって、伊吹は思わず口にしていた。

「基地局というのはアレだよ」

 山の中腹にある小屋を指してチガヤは言う。小屋は大きな木の上に建てられていて、壁にはアンテナのようなマークが描かれていた。

「あの小屋の中に『脳内変換』の能力を持ったユニットがいて、交代制で働いているの。私たちの言葉が通じてるのは、あちこちに配置された彼らのお陰なんだよ」

 知らない言葉で話している人の感情をくみ取って、自分の知っている言葉に頭の中で置き換える『脳内変換』の能力のことを説明された際、そんなことを聴いたような気がする。

「大変だよな。あの能力を持ってたら、ずっと『脳内変換』の作業をするハメになるんだからな。収入は良いらしいけど」

 見たこともない基地局勤務のユニットをサーヤが憂える。

「さぁ、卵探しを始めるよ」

「始めるって言っても、闇雲に探すだけなの? それって大変なんじゃ……」

 チガヤの言うことに伊吹が疑問を投げかけたところで、サーヤはニヤッと笑って訊いてきた。

「確かに、闇雲に探しても埒が明かないよな。そういうからには、良い案があるんだろ?」

「良い案? ん~……っと、あっ! サニタを餌でおびき寄せて、後をつけていけば巣を見つけられるんじゃない?」

 閃いたとばかりに、伊吹は得意げになって話す。

「おぉ~、そいつは名案だ。で、サニタの餌はどうする?」

「サニタの餌は……というか、食事は排泄物か」

 この国でトイレの役割を担っている生物、それがサニタだった。当然、餌は排泄物になる。

「排泄したら餌になる。なるほど、なるほど……。問題は誰が餌を用意するかだけど、やっぱり言いだしっぺがやるもんだよな、イブキ」

 サーヤが楽しそうに語りかけてきた理由を察する。最初から、自分に用を足させることが目的だったんだなと。とはいえ、女子にそれをさせるのは気がひける。結局は自分がするしかないのだという結論に辿りつく。

「では、僭越ながら餌を設置してきます」

 採集許可証が入った封筒をチガヤに返し、伊吹は山の中へと入っていった。

「頑張って~」

 チガヤのよくわからない声援を受けながら、雑草をかき分けて大きな木の前まで行く。ここまで来れば、チガヤ達から見えないだろうと、パンツごとズボンを下ろして立小便の体勢を取る。だが、パンツをおろしたところで、股間が光に覆われる。

 見慣れたその光はウサウサの『光耀遮蔽』だった。隠したいもの、見たくないものを光で覆うということは、伊吹の股間は彼女の位置から見えていることになる。

「見えてんじゃん……」

 慌てて大きな木の裏側にまわり、覆われていた光がなくなるのを確認する。

「ふぅ~……」

 ホッとすると同時に用を足す。あまり量は多くなかったが、検尿するなら充分な量が出る。

 しかし、周りにサニタがいる気配はなかった。虫だか鳥だかわからないが、キーキーという鳴き声だけが響いていた。

「僕は、何をしてるんだろう……」

 見知らぬ土地で立小便をしたことで、居たたまれない気持ちになるが、これも仕事なんだと割り切ることにする。

「小だと餌として弱いのかな? 大は小を兼ねるって言うし、大をするに越したことはないよな」

 お尻を出してしゃがみ込み、少し力んだところで、出した後に拭くものが無いことに気づく。普段なら、出してもサニタが舐め取ってくれるので問題ないが、今ここでしたら自分で何とかしなくてはいけない。

 運よく、おびき出す予定のサニタが来てくれれば万々歳だが、サニタが来ない場合も有り得る。

「何か拭くものを確保しないと……」

 パンツごとズボンをあげ、その辺に生えている葉っぱを摘んでいく。なるべく、葉の表面がすべすべしていて、拭いても痛くなさそうなものを選ぶ。十数枚ほど取ったところで、小をしたところに戻って再度チャレンジする。

 むき出しのお尻に草が擦れてかゆい。

 子供の頃、学校の帰り道にしたくなって、山の中に入ってしたことを思い出す。この歳になって、同じことをするとは思ってもみなかった。

 しかし、出ない物は出なかった。

 何分間か粘ったところで諦め、ワイバーンが降り立った所に戻ると、そこにいたのは手綱を握るチガヤだけだった。

「あれ? 他の人は?」

「サニタを追っかけて行ったよ」

「サニタが出たの? 餌は?」

「この子が用意してくれたんだ」

 チガヤがワイバーンの頭を撫でる。

「そうなんだ……」

 さっきまで力んでいた自分が憐れになる。

「お~い、イブキ」

 一直線にサーヤが飛んでくる。

「あっ、サーヤ。卵、見つかった?」

「ああ、5個以上ある。あれを取れば仕事は終わりだから、ちょっと手伝って」

「うん、わかった」

「こっちだ」

 サーヤの後を追って走っていくと、マユタンが草原に作られた巣の前に鎮座し、その後ろにウサウサが立っていた。巣は普段トイレとして利用しているものと同じく、かまくら型で茶色だった。

「まだ1個も取ってないの?」

「はい……」

 すまなさそうにウサウサが答える。いつもしている白い長手袋に、歯型らしきものが付いているのを見て、噛まれたんだなと伊吹は察した。

 その歯型を指して、サーヤは伊吹に問いかける。

「卵を取ろうとすると噛まれるから、こいつらをイブキのスキルで眠らせられないか?」

「それで僕を……。やってみるけど、あれって別に、催眠効果が約束されたスキルじゃないんだけど」

 言いながらも、伊吹は巣の前で鎮座するマユタンにどいてもらい、そこにデンッと座った。卵を守ろうと壁になっているサニタが、その一つ目を伊吹に向ける。

 いつもトイレで見ている黄色いボディと細長い脚も、こういうシチュエーションで見ると、一端のモンスターのように思えてくる。

「眠ってくれよ……」

 そっとサニタに触れて『快感誘導』を念じる。“欲を満たす”というスキル効果は今まで、睡眠、満腹感から来るゲップ、性的な興奮から来る嬌声という結果が出ている。さっき、食事をしたということは、可能性としては二分の一に思えた。

 願いが通じたのか、触れた順にサニタ達は眠りについていった。大きな一つ目を閉じ、黄色い球体が転がっているような状態になる。

「うまくいったね。それじゃ早速、卵の方を……」

 伊吹は巣の奥にある卵を5つ手に取った。

「私も持ちますね」

 ウサウサは手のひらでくるむように2個だけ取った。

「マユタンも」

 同じようにマユタンも手に取る。

「この卵、飛んでる最中に割れないように気を付けないとね。でも、振り落とされないよう、前の人に掴まってないといけないし……」

「こうすれば、良いのではないでしょうか」

 ウサウサは卵を胸の谷間に挟んだ。確かに安定感がありそうだし、両手が空くので名案のようにも思える。だが、伊吹は卵に対する嫉妬心からか、「割れてしまえ」という心境になった。


 ワイバーンを返し、卵を持って会社に行くと、見覚えのある小人が端っこで作業していた。昨日、一緒に戦ったシャノンのユニット、オトとケントだった。

「あの二人……」

「ああ、昨日の」

 確認の意味合いもあって、サーヤに二人がいることを伝える。逆に、二人を知らないチガヤがイブキの顔を覗き込む。

「知り合いなの?」

「うん、ちょっとね。少し、話してきていい?」

「いいよ。私は受付に卵を持って行くね……あっ、マユタンも一緒に来て。勧誘ボーナスが貰えるから」

 サニタの卵を抱えて受付に向かう二人を尻目に、伊吹はオトとケントがいる作業台へと向かった。自然と、サーヤとウサウサもついてくる。

 オトとケントは作業台に座り、封詰めと宛名書きをしていた。宛名書きと言っても、宛名リストにある文字を、ケントが『形態投影』のスキルを使って写しているに過ぎない。

「こんにちは」

「あっ、昨日はどうもっす」

 目が合うとオトは軽く頭を下げた。

「会社で会うのは初めてじゃな」

 スキルの使用をやめて、ケントが伊吹の方に体を向ける。

「昨日は、あまり役に立てなくて、すみませんでした」

「そんなことないっす。めっちゃ活躍してたっす」

「ワシらの方こそ、手助けしてもらったというのに、何も出来ず終いで申し訳ない」

 互いに謝り合うと、妙なバツの悪さを感じて、不思議と苦笑してしまう。

「あの、負けた後、怒られたりしました?」

「シャノンに、ということかの? 怒られはしたが、いつものことじゃてな。気にせんでくれ」

「シャノンは気が短いっす」

「大変ですね……」

 同情を禁じ得ずに言うと、ケントは首を横に振った。

「ワシらより、昨日の件で大変じゃったのはニコラスの方じゃな。Sレアなのにコモンに負けたと、なじられて気の毒じゃった」

「そういえば、彼は?」

 辺りを見回したが、長身長髪でイケメンな彼の姿は見当たらなかった。

「今日の作業はオラ達だけでもできるんで、他の人と一緒に帰ってもらったっす」

「ここにおると、コモンに負けたという噂話も耳にするんでの」

「そうだったんですか……」

 こんな状況になる可能性があるから、今までバトルに出る人がいなかったのではないか……。そんな気がしてきたところで、その心の内を悟ったかのようにケントが話し始める。

「負ければ陰であれこれ言われる。恥はかきたくない。それが、この会社からバトルに参加する者が、なかなか出なかった理由じゃよ。そこへ行くと、お前さん方は勇気がある」

「勇気というか、負けた後のことを考えていなかっただけで……」

「それでいいんじゃよ。恥をかくのを恐れていたら、何もできないしの。わかっておっても、ワシにはとてもとても……」

「そうっす! 勇気があるっす、一人ででも出るんっすから」

「いやぁ、それほどでも……ン?」

 “一人ででも”という言葉が引っ掛かる。確かに、昨日の戦いでチガヤのユニットで出たのは自分一人だが、人数的には五人だったので意味合い的におかしい。美女ガチャ目当てでエントリーした時は、一人ででもやるつもりだったが、それをオトが知っているとは思えない。

「一人ででもって?」

「あれ? 知らないんっすか? ワニの人、一人で出るって言ってたっす」

「はぁ!?」

 後ろで聴いていたサーヤが大きな声を上げる。あまりの声の大きさに振り返ると、大股で近づいてきているチガヤの姿が見えた。

「ちょっと、みんな聴いて!」

 傍まで来ると、チガヤは膨れっ面のまま話し始めた。

「ワニックがエントリーして、闘技場に向かったんだって!」

「その話、こっちでも聴いてたところ……」

「そうなの? もぉ~、どうして何も言わずに出ちゃうのかなぁ」

 ご機嫌斜めのチガヤを前に、“勝手にエントリー第一号”である伊吹は何も言えなかった。

「あたいらは仕事の関係で出られないって思ったのかもな。それで、うちの会社から誰も出ないなら、一人ででもってとこか」

「むぅ~」

 サーヤが冷静に分析したところで、チガヤは頬を膨らませたままだった。勝手にエントリーされたということもあるだろうが、彼女の場合はバトルで自分のユニットが傷つくのが嫌だという点が大きい。

「まぁ、どうしてエントリーしたのかも含めて、闘技場に行った方がよさそうだよね」

「……だな」

 伊吹の提案にサーヤが頷いたことで、そこにいる面子で闘技場へと向かうことになった。



 闘技場に入ると、既にユニフォームに着替えたワニックが、観客席に立っていた。

「おう」

 伊吹たちの姿を見つけたワニックが手を挙げる。ワニックを問いただしたいチガヤを先頭に、彼の元へと近寄っていく。

「ワニック、どうして黙ってエントリーしたの?」

「理由か? 戦いたい、それだけだ」

 実にあっさりした回答に、訊いたチガヤも言葉を失う。

「あたいらが来なかったら、一人で戦うつもりだったわけ?」

「ああ、そのつもりだ。ン? 一緒に戦ってくれるのか?」

「一人で戦わせるよりだったら、なぁ?」

 サーヤに同意を求められ、伊吹は黙って頷いた。バトルに対する考え方自体は、二戦目の時から変わってはいない。ただ、今回はチガヤの知らないところでエントリーしたことで、彼女が不機嫌なのを気にしていた。

「バトルに出ることは反対しないけど、勝手に出るのはやめてね。報告、連絡、相談は大事だって、会社の張り紙にも書いているでしょ?」

「いや、チガヤ以外は字を読めないし……」

 チガヤの主張に伊吹が小声で突っ込む。

「では、先に報告というか、宣言しておくとしよう。俺はバトルに出られる日を逃さない。以上だ」

「む~……」

 チガヤは何か言いたげだったが、合図係のアナウンスに言葉を飲み込んだ。

「次の試合は、キセル紡績工場VSスコウレリア第三事務所です。出場選手の方は、準備してください」

「さぁ、出番だ!」

 意気揚々とワニックが肩をまわす。

「僕たちも着替えないと」

 伊吹が言うよりも早く、着替えていないユニットたちは控室へと向かっていた。

 ユニフォームに着替えて戻ると、バトルフィールドには相手チームが整列していた。女性二人に、サメ顔の亜人種が二人、亀の甲羅の中に入った男が一人という構成だった。

 女性は二人ともグラマラスかつ大人っぽい感じの女性で、フリルの付いたビキニスタイルだった。一人はショートカットで、もう一人はウェーブがかった長い髪をなびかせている。

 サメ顔の亜人種はブリオのサメ版といった容姿だった。サメと言っても小型のものではなく、人食い鮫として映画に出てくるホオジロザメに似ていた。立っているときの大きさはワニックと同じくらいだが、引きずっている尾の部分を含めると4m近くある。

 亀男は背丈は伊吹と同じくらいだが、緑色の皮膚をしていた。亀の甲羅の中に入っているといっても、着ているのではなく、そういう生物なのだという特徴が各所に見られた。頭に髪の毛は無く、眉やまつ毛もない。顔立ちは端正だが、甲羅があるせいで、どことなくシュールな趣きがあった。

 対する自チームは、ワニック、ウサウサ、マユタン、サーヤ、伊吹という面子だ。マユタンはバトル初参戦だが、さも当たり前のように整列している。そのことが少し気になっていた。

「マユタン、ユニフォームを着て並んじゃってるけど、バトルのこと知ってるの?」

「勿論なのですっ! 勝てば銀貨が貰えて、美味しい物がたくさん買える夢の舞台……マユタンは頑張るのだ」

 マユタンは巨体を揺らして軽く踊ってみせた。サーヤが伊吹の耳元に近づき、一言付け加える。

「バトルのルールは、あたいが説明しておいた。ここに来る途中で」

「そうだったんだ」

 何が行われるのか知らないまま、彼女を付き合わせていたら……というのが杞憂に終わったことに安堵する。

「ところで、相手の能力はわかるか?」

 ワニックに訊かれると、マユタンは対戦相手の顔を凝視した。

「サメさんは二人とも無いのだ。亀さんはスキルが『回転飛行』で、アビリティが『血行促進』……」

「能力名だけ言われても困るぞ」

「『回転飛行』は体を回転させることで空を飛ぶスキルで、『血行促進』は……言葉のままなのだ」

「ちょっとズルくない?」

 対戦相手の女性のうち、ショートカットの方が絡んでくる。

「これはマユタンのスキルなのだ! ズルい呼ばわりされる覚えはないのです。ちなみに、この人は、胸に触れた人を吹き飛ばす『爆乳地雷』という変態チックなアビリティに、落ちてきたら嫌だと思うものを落下させる『嫌悪招来』のスキルなのだ」

「クッ……」

 ショートカットの女性が、苦虫を噛み潰したような顔する。

「いいじゃない、ミサ。見せてあげましょう、私たちの力を」

 隣にいた長い髪の女性が、優雅に髪を掻き上げる。

「仕方ないから見てあげるのだ。この人は、能力によって生じた事象を打ち消す『無効波動』のアビリティと、自分を美しく見せる幻術『美的補正』のスキル……おやおや?」

「あら、どうしたのかしら?」

「『無効波動』を使えば、能力を知られないで済むのだ。マユタンの『能力解析』も打ち消せるはず……」

 相手チームの視線が長い髪の女性に集まる。

「確かに『無効波動』を使えば、『能力解析』の効果を一時的に打ち消すことも可能でしょう。でも、また『能力解析』を使われれば見られてしまう。使って消してを繰り返すだなんて、優雅さに欠けると思いませんの?」

 そういう問題なのか、と考えていると審判団がやって来て、いつもの説明を始めた。今回も、ニーナ、ソフィー、フォンシエという初戦から変わらぬ顔ぶれとなっている。

 説明を終えると、審判団はフィールドの端に行き、持っている杖を重ね合わせ、観客席にいる合図係に開始のサインを送る。合図係は、それ受けて角笛を吹いた。

 笛の音が場内に鳴り響くと同時に、伊吹は髪の長い女性の肩を掴みにかかる。

「なっ!?」

 伸ばした手が彼女の体をすり抜ける。『快感誘導』を発動させるどころの話ではなかった。

「大丈夫? ナナ」

 ショートカットの女性が、髪の長い女性を心配する。

「平気よ、ミサ。それより、ポジションにつきましょう」

 二人の女性は後方へと下がり、サメ顔の男たちと亀男が前へと出る。自軍は旗の前にウサウサ、相手の男たちと睨みあう形でワニック、マユタン、伊吹が並ぶ。サーヤは上から全体を見られる位置につく。

「なんですり抜けたんだろ?」

「スキルだろ。名前、何だっけ?」

 サーヤに訊くと、話はマユタンに流れた。

「『美的補正』なのです。自分を美しく見せる幻術……」

「自分を美しくする幻術ですり抜けるの? 顔の形が変わるとかじゃないわけ?」

「背も伸ばしたんだろ」

 質問は巡り巡ってサーヤのところで解決する。整形どころじゃない詐欺スキルに、画像ソフトも真っ青だなと、伊吹はナナ本来の顔が気になった。

「お喋りは、もういいだろ!」

 サメ男が伊吹に噛みついてくる。

 咄嗟に相手の鼻先を押して横にかわす。

「鼻に触るんじゃねぇ!」

 今度は尾の部分で叩きにかかるが、スピードが無いので容易にかわせた。伊吹の横ではマユタンも同じような回避行動を取っている。

「俊敏なデブだと!?」

 思いのほか速く動くマユタンに、サメ男は苛立っていた。

 一方、ワニックは亀男と対峙していた。亀男は甲羅の中に体を入れると、『回転飛行』のスキルでコマのように回転し、宙に浮いた状態でワニックにぶつかっていった。

 ぶつかってきたところを掴もうにも、回転しているだけあって掴みづらく、ワニックの手には擦り傷が増えていく。

「なんと面妖な攻撃か」

 ワニックが掴みあぐねていると、亀男は高度を取って旗へと近づき始めた。

「狙いは旗か!」

 旗の元にワニックが慌てて駆け寄る。

 亀男は旗を取るにはワニックが邪魔だと判断したのか、体を縦にすると急降下した。回転ノコギリのように回る亀男の甲羅が、ワニックの頭めがけて落ちてくる。

「ぬっ!」

 落ちてきた甲羅を手で受け止めるが、高速回転する甲羅の摩擦熱で、ワニックの手は一気に熱くなっていった。

「ええいっ!」

 何とか甲羅の側面を押して、亀男を突き放したものの、ワニックの手は傷だらけになってしまった。

 亀男は体を横にして、再びワニックの頭上へと移動する。

「さて、どうしたものか」

 硬い甲羅に覆われた相手を前に、ワニックは有効打を思案する。また縦になって落ちてくるなら側面を叩く、横で来るなら下から突き上げる、そんな結論に至ったところで、亀男は体を横にしたまま、縦に回転して落下してきた。

「何だと!?」

 対抗策が見つからず、ワニックは両腕で亀男の攻撃を受け止める。今度は、腕に切り傷が増えていく。

「ワニック、奴に『瞬間加速』を!」

 攻めあぐねているワニックを見てサーヤが叫ぶ。

「相手に? よくわからんが、やってみよう」

 『瞬間加速』は4秒間だけ2倍のスピードで行動可能だが、その後に4秒間のスピード半減タイムが待っているスキルだ。それを相手に使う理由が、ワニックにはわからなかった。

 それでも、手のひらを相手に向けて『瞬間加速』を発動させる。

 加速がかかった亀男は更に回転し、急上昇していったかと思うと、4秒後には回転数が一気に落ちて落下した。

 スピードの増加と減少は、亀男にとってはデメリットしか与えなかったのだ。

「地面に落ちれば、こっちのものだ」

 亀男の甲羅を掴んで持ち上げると、ワニックは相手の陣地に向かって思い切り投げつけた。亀男は反対側の壁に激しくぶつかり、甲羅に大きな亀裂が入る。

 中でぐったりしているのか、亀男はピクリとも動かなくなった。

 その状況を見た転移係によって、亀男は審判団側に移され、回復役による治療が始められる。

 ワニックが亀男と戦っている頃、伊吹とマユタンは相変わらずサメ男たちの攻撃を避けていた。攻撃しようにも、手や足を伸ばせば、大きな口に挟まれそうで怖かったのだ。

「いつまでも避けられると思うな!」

 サメ男がいきり立って、伊吹に掴みかかって来た瞬間、生えるようにして地面から鉄壁が現れ、サメ男の体を突き上げた。ウサウサのスキル『好意防壁』だった。壁の高さは3mほど、厚みも50cmを超え、今までで最も強固なものになっていた。

 マユタンの前には1mほどの石壁が現れ、サメ男の股を押し上げる形となった。体勢を崩して倒れたところに、マユタンがデンッと座ると、サメ男は重さで起き上がることが出来なくなった。

「打つべしっ! 打つべしっ!」

 マウントポジションを取ったマユタンは、サメ男の顔をリズムよく殴る。それを見ていた相手の女性陣が焦り始める。

「ちょっとナナ、ヤバくない?」

「雲行きが怪しいわね。彼らが、こんなにあっさりやられるなんて……」

「あたし、これから前に出るけど、あの壁なんとかなんない? 邪魔なんだけど」

「それは……」

 ナナは気まずそうにミサから目を逸らす。

「このままじゃ負けるって。見た目とか、気にしてる場合じゃないよ、もう」

「そ、そうね……」

 しぶしぶといった感じで頷くと、ナナは右手を前に突き出して空気の波を起こした。その空気の波に触れると、『好意防壁』で出現した壁は消え、壁に乗っていたサメ男が地面に叩きつけられた。

 『無効波動』のアビリティを発動させたナナ自身も、『美的補正』のスキル効果が失われ、本来の姿である幼女並みの身長と体型が露わになった。髪型などにはスキル発動時の面影があるものの、色っぽさの欠片もない姿に早変わりする。

「子供?」

 ナナの姿を見た伊吹が率直な感想を述べると、言われた方はわなわなと身を震わせた。

「失礼ね、私の何処が子供だというのかしら!」

 言い方や声は『美的補正』発動時と同じだったが、見た目的に説得力は皆無だった。

「ナナはね、ああ見えても、あたしより年上なんだからね」

 ミサがフォローするも、それが逆に憐れに思えてくる。

「俺と闘ってるのに、よそ見をするんじゃねぇ!」

 ナナたちと話している間にサメ男が起き上がり、再び伊吹に殴り掛かってくる。

 大きく振りかぶっての一撃だったが、それが届く一歩手前というところで、再びウサウサの『好意防壁』で体が突き上げられる。

「ぐへっ……」

 鉄壁による突き上げを二度も喰らい、サメ男は壁の上でのびていた。

「また邪魔な壁を……ナナ!」

「こうなったら、何度でも消してあげるわ」

 『無効波動』によって再び鉄壁が消され、サメ男の体が地面に叩きつけられる。鉄壁を消して得意がるナナに対抗心を燃やしたのか、ウサウサは『好意防壁』を発動してサメ男をもう一度、鉄壁で突き上げた。

「しつこい女ね!」

 ナナは再び『無効波動』で壁を消すと、やはりサメ男の体が地面に叩きつけられた。それでも、ウサウサは表情を変えずに『好意防壁』を発動し、またサメ男を壁で突き上げる。

「何なの、あなた!」

 『無効波動』によって壁が消され、再度サメ男が地面に叩きつけられると、ウサウサは口をつぐんだ。

「あら? 打ち止め? 私の『無効波動』を前に、諦めるしかないことを悟ったのかしら」

 勝ち誇った笑みを浮かべるナナに、ウサウサは首を横に振ると、サメ男を指さして言った。

「いい加減、彼が可哀想なので……」

 サメ男は陸に打ち上げられた魚のようにヘタッとしている。その目は、まさに死んだ魚のような目をしていた。

「誰が、こんな酷いことを……」

 自覚のないナナの言葉に伊吹は耳を疑ったが、誰も彼女の発言に触れなかった。

「あたしの出番ね。まずは……」

 ミサはマユタンに狙いを定めると、人差し指でビシッと指した。すると、マユタンの頭上に雲が発生して稲妻が走った。

「キャッ!」

 無駄に可愛い声を出してマユタンが身をすくめると、雷は彼女の下になっていたサメ男に直撃した。

「ぐげげげ……」

 雷に打たれて痺れたサメ男が、転移係によって移動させられる。

「あんたが避けるから、味方に当たったじゃないの!」

「雷は怖いのです~っ!」

 テケテケと走ってマユタンは伊吹の後ろへと隠れる。勿論、マユタンの方が大きいので、隠れる部分の方が少ない。

「僕を盾にされても……。雷のスキルでやられたら、二人とも一発だよ」

「『嫌悪招来』は雷のスキルじゃないっての。落ちてきたら嫌だと思うものを落下させるって、さっきそこのデブが言ってたじゃん。次は、お前だ!」

 ミサは自らの能力を説明すると、今度は伊吹を指さした。マユタンの時と同様に、伊吹の頭上に雲が発生する。

「ヤバい……」

 そう思って避けようとしたが、マユタンに掴まれていて動けなかった。

 伊吹は雷に打たれることを覚悟したが、落ちてきたのは金ダライだった。頭にぶつかるとガコンッと大きな音をだし、金ダライは伊吹の前に転がった。

「何よ、それ……。あんたの落ちてきたら嫌なものって、そんなんなの?」

 金ダライを見てミサは呆然とする。

「これが落ちてきたら嫌な物?」

 伊吹の後ろに隠れていたマユタンも、前に出ると金ダライを手に首を傾げる。

「よく見てたコントの影響かな」

 伊吹はバラエティ番組の見過ぎで助かったと、制作者に対して伝わりにくい感謝の念を抱いた。

「これなら、いくら当たっても平気だ」

 恐れるに値しないと判断した伊吹は、ミサに向かって突進する。

「もう一度!」

 ミサが伊吹を指さしたことで雲が発生したものの、金ダライが落ちる頃には伊吹の姿は既にそこになかった。

 伊吹はミサの腹部に手を伸ばしたが、彼女がしゃがんだ為に、柔らかな膨らみが伸ばした手の先に突き出る。胸に触れた者を吹き飛ばす『爆乳地雷』のことを思い出し、違う場所を触れようとするものの、伊吹の体は思うように動いてくれなかった。

 そのままの勢いで、おっぱいにタッチすると、伊吹が立っていた地面が爆発した。爆風で1mほど上に吹き飛ばされ、そのままドサッと地面に叩きつけられる。

「……っく!」

「フッ……所詮、男ってこんなもん。おっぱいの前に無力だわ」

 大きな胸を揺らして、ミサが伊吹の前に立ち塞がる。

「なんて危険なおっぱいなんだ。違う場所を触ろうとしたのに、体が勝手に……」

「それが男の性ってもんなんでしょ?」

「そんなことはないと、僕が証明してみせる!」

 伊吹がミサの肩を掴もうとすると、彼女は伊吹の手を取り、自ら自分の胸へと誘導した。ドーンという大きな音と共に、伊吹が立っていた地面が爆発する。

 またもや吹き飛ばされ、伊吹は再び宙に舞って落下した。

「やっぱり男は、おっぱいの前に無力!」

 ミサが力強く拳を握る。

「おっぱいなんて脂肪なのですっ! そして、脂肪ならマユタンの方が多いのだ! えへんっ!」

「おかしな理屈なのに、なんかイラッとする!」

 ミサとマユタンが変な会話をしている間に、伊吹はフラフラになりながらも立ち上がる。その様子を腕組みして見ているワニックにサーヤが問う。

「ずっと見てる気?」

「ああ、あとは女しかない。俺は女には手を出さんし、それに……」

「女の子は僕が倒す、か」

 伊吹が前に言った言葉を引用し、サーヤは黙って見守ることにした。

 その見守られている伊吹は、ミサの胸元を見ながら感触を思い出していた。服の上からだが、初めて触ったおっぱいの感触を。

「思ったより硬い……」

 感想が口に出ていた。

「硬いって何が?」

「おっぱい……」

 力なくミサのおっぱいを指さす。硬いと言われたショックでミサの顔が青ざめる。

「もっと柔らかいものだと思ってた。何だろう? しこりがあるっていうのかな、それとも下着が硬いのかな……。とにかく、硬くて少し……がっかりした」

「か、硬いわけないでしょ!? 私は別に盛ってないし、ほらっ!」

 そう言って自分の胸を持ち上げたミサは、『爆乳地雷』のアビリティによって吹き飛んだ。爆発で宙に舞いあがり、仰向けになって倒れたところで、伊吹が歩み寄る。

「でも、ありがとう。触らせてくれて」

 伊吹は倒れたミサに手を差し出した。その手を掴んでミサが立ち上がろうとしたとき、伊吹は『快感誘導』を発動させた。

 伊吹の手から放たれた赤い波動がミサの体を駆け巡る。

「いやあぁぁんっ! あはぁんっ」

 力強く手を握った分、強い波動が全身に行き届き、強烈な快感がミサを襲った。高らかに嬌声を響かせ、快感に身をよじったミサは、気持ちよさそうな顔でピクピクと痙攣する。

「ミサ、しっかり!」

 ナナが『無効波動』を繰り返すものの、快感に沈んだミサは起き上がらない。

「『無効波動』って、なんでも打ち消すわけじゃないんだね」

「そんなの認めない! 私の『無効波動』で打ち消せないものなんて!」

「だって、こうして話してるってことは、『脳内変換』も作用してるわけだし……」

「ぐぬぬ……」

 歯ぎしりをするナナを見て、伊吹は少しだけ気の毒になった。もう、この子しかいないわけだし、さっさと旗を取って終わりにしようという気になる。

「きっと、ミサは発動後だったから効かなかっただけ。さぁ、私に使ってみなさい。今度こそ、打ち消してあげるわ」

「いやぁ、そこまでしなくても……。僕のスキルを打ち消したって、自慢にならないと思うよ。そんなに凄いもんでもないと思うし」

「嘘おっしゃい。ミサを一撃で倒すなんて、あなたのチームで最も強力なスキルに決まってるわ」

「ん~……強力なのはウサウサの『光耀遮蔽』のような気がするけど」

 それは、自分が今まで受けてきた精神的なダメージの総量で出した結論だった。

「何なの? その能力は?」

「後ろにいる彼女の能力で、隠したいもの、見たくないものを光で覆う能力だよ」

 伊吹はウサウサを指して説明した。

「さっさと発動させなさい、打ち消してあげるわ!」

「そう言われても、本人の意思でどうにかなるもんじゃないし……。何というか、血しぶきとか、人の裸とか、そういうのを目にすると自然と発動するんだけど」

「は、裸ですって? それじゃ、あなた……脱いで頂戴」

「なんで、そうなるの!?」

「発動するには、裸になる必要があるんでしょ?」

「そうかもしれないけど、なんで僕が君の能力を証明するために、脱がないといけないの?」

 半ば呆れたように言うと、ナナは腹をくくったように唇を噛みしめた。

「確かにそうよね。私の力を示すのに、あなたに頼むのはおかしなこと。だったら、私が……」

 そう言ってナナはフリル付きビキニの肩紐を外しにかかる。

「ちょ、ちょっと待って」

「何よ……」

「なんで君が脱ぐの?」

「だって、そうしないと私の能力を証明できないじゃないの」

「『光耀遮蔽』が発動した後、その光を消しちゃったら……」

 光を消せば当然、彼女の裸体が晒されることになる。ウサウサのアビリティの為に、この世界では拝むことが叶わないと思っていた“女体の神秘”が目の前に現れる。その期待感と、公共の場で見た目的に幼い子に肌を露出させるという背徳感の間で、伊吹の心は揺れていた。

 場内では“脱げコール”が巻き起こっていたが、目の前のことで頭がいっぱいの伊吹の耳には入ってこなかった。

「脱ぐなんてダメだよ」

 かろうじて理性が勝り、脱ぐのを止めに入る。

「どうして? 脱ぐのは私の勝手でしょ」

「そうかもしれないけど、とにかくダメだって……」

「ダメって、何がダメなのよ? 私が脱いでもダメってこと!? 私じゃ、隠す対象にもならないって、そういう意味!? 私の裸じゃ、裸とさえ認識されないほど、お子様レベルだって、そう思ってるんでしょ!?」

「いやいやいや……」

 もはや、彼女の思考は何を言っても無駄な領域に達していた。

「私の能力だけじゃなく、体までバカにするなんて……」

 ナナは悔し涙を浮かべながら、ビキニに手をかけると躊躇いがちに、それでも着実にずらしていった。

 もう少しで乳房が出るかと思われた時だった。

「勝者、スコウレリア第三事務所」

 判定と共に角笛が吹かれた。

 よく見ると、マユタンが相手の旗を手に、嬉しそうに走り回っている。そんなに彼女に「空気読めよ!」という罵声が観客席から浴びせられたが、当の本人はまったく気にする様子はなかった。

「グスン……」

 伊吹の前ではナナが涙を浮かべていた。

 その涙に、言葉で伝えることの難しさを痛感する伊吹だった。


 バトルが終わった伊吹たちは、市場で食材を買い込んで家路に就いた。今日の食事は粉物を揚げたものらしいが、形状的には単なる棒でしかなかった。特に味が付いているわけでもないそれに、花の蜜を付けて食べるのがマ国流だった。

 家に帰った伊吹たちはテーブルを囲むと、真ん中に蜜を付ける為の大きな花を置き、その中に棒を突っ込んでは、かじるという妙な食事を始めた。もっとも、ずっとここで暮らしているチガヤからすれば、これもありふれた食事風景ではある。

「今日、勝てて良かったね」

 伊吹は久しぶりの勝利に、ちょっとした充実感があった。

「ああ、やはり勝利してこそ、戦い甲斐があるというもの。俺一人では今日の勝ちはなかったな」

 感慨深げにワニックが言ったところで、チガヤが何か言おうとしたが、それをサーヤが制して話し始める。

「エントリーしたことを知らずに、あたいらが行かなかったら、今日の勝ちはなかったってわけだ。情報伝達って大事だよな」

「うむ、そうだな。これからは、何をするか皆に伝えるとしよう」

 それを聴いて満足したのか、チガヤは急に機嫌がよくなって、パクパクと食事をし始めた。

「情報と言ったら、マユタンの『能力解析』あってこその勝利なのです! だから、明日の食事は、マユタンに選ばせてほしいのだ!」

「うん、そうだね」

「やったー!」

 流すように言ったチガヤの一言に、マユタンが大喜びする。

「そういやさ、ガチャ神殿でキスマーク付けてたけど、そうしなきゃ発動できないアビリティって何さ?」

「『遠隔受信』なのだ」

 サーヤの質問にマユタンは物を食べながら答える。

「『遠隔受信』?」

「離れている場所の音を拾って、周りの人に聴かせる能力なのだ。拾える音はキスマークが付いている人の周りだけ。だから、チュッチュしたのだ」

 食べているものを飲み込むと、マユタンは席を立ってテーブルから離れた。

「使ってみるのです」

 マユタンが両手を前に出すと、手のひらからポコポコと黒い球体が浮き出た。その黒い球体には赤い唇が付いていて、パクパクと閉じたり開いたりを繰り返している。

「うわぁ……キモ……」

 動く唇を見たサーヤが顔を引きつらせたが、マユタンは気にせずに十数個ほど球体を出現させた。球体は地面に落ちても、相変わらず口をパクパクさせている。

「この球の数だけ、今もキスマークが付いてるのだ。試しに、ひとつ……」

 近くにあった球体にマユタンが触れると、その球体を通して音が聞こえてきた。波の音と共に、男性二人の会話が聞こえてくる。

「あれがそうなのか?」

「ああ、俺も見るのは初めてだが、上陸した人がケイモ老師を見たと言っている」

「そうか、それじゃ浮遊島で間違いないんだな。騒がしくなりそうだな、特に例の連中が」

「反乱のときの残党か? まったく、いい迷惑だよ。なんだって、このイクビ海岸に流れ着いちまったんだか」

 会話の中に出てきた“ケイモ”と“浮遊島”という言葉に、伊吹は情報倉庫で調べた内容を思い出す。元の世界に戻るスキル『次元転移』の使い手ケイモ、そして彼が住むという浮遊島のことを。

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